第63回ベルリン国際映画祭

永井 潤子 / 2013年2月24日

記者会見での映画祭最高責任者ディーター・コスリック氏(撮影 東 敬生)

2月7日から17日まで11日間にわたって開かれた第63回ベルリン映画祭には今年も合計400本以上の映画が参加、約30万枚のチケットが売れるという盛況ぶりだった。約20ある部門のうち最も注目を集めるコンペティション部門には、24作品が参加、そのうちの19作品が金熊賞を争った。

今年の参加作品では中欧・東欧の作品が目立ったが、入賞作品にもそれが反映されていた。金熊賞に輝いたのは、ルーマニアのカリン・ペーター・ネッツァー監督の「チャイルズ・ポーズ」。交通事故で貧困層の少年を死なせた息子を、さまざまな手段を使って罪から逃れさせようとする、富裕層に属する母親の執念を描いた映画で、母親と息子の世代間の問題だけではなく、現在のルーマニアの上流階級、警察や法曹界を含めた社会の腐敗ぶりを描き出した作品である。 この母親役の女優、ルミニータ・ゲオルギューは主演女優賞の候補にも挙がっていた。

銀熊賞はいくつもあるが、そのうちの金熊賞に次ぐ審査員大賞を受けたのは、ボスニア・ヘルツェゴビナのダニス・タノヴィッチ監督の「アン・エピソード・イン・ザ・ライフ・オブ・アン・アイアン・ピッカー(くず鉄拾いの生活のひとつのエピソード)」だった。ダニス・タノヴィッチ監督は、ボスニア紛争が勃発した時、ボスニア軍のカメラマンとして従軍、ボスニア紛争をテーマにした初の劇映画、「ノーマンズ・ランド」で2001年のカンヌ国際映画祭で脚本賞とアカデミー外国語映画賞を受賞したことで知られる監督である。今回はボスニア・ヘルツェゴビナの少数民族、ロマ族の貧しい一家の実話を取り上げ、その家族に演じてもらったのがこの映画だ。

夫はくず鉄を集めて妻と幼い娘二人の家族を養っているが、生活は非常に苦しい。そんななかで妻が流産するという事態が起こる。早く手術しないと妻の身が危ないのに、病院は健康保険に入っていないことを理由に手術を拒否、高額の手術費用を払わなければ駄目だと追い返してしまう。分割払いを認めて欲しいという夫の痛切な願いも聞き入れられなかった。妻の体調は刻々と悪化、夫は雪の降るなか、同じように貧しい隣人や親戚の助けを借りて打開策に奔走する。その家族思いの夫、ナジフ・ムジッチ氏に今年の主演男優賞が与えられた。自分たち一家が実際に直面した苦しい体験をカメラの前で再現した、まったくの素人の男性が、並みいる男優たちを退けて主演男優賞を獲得したのだった。ついでながらムジッチ氏はなかなかハンサムな男性でもある。

ダニス・タノヴィッチ監督はこの映画にロマ族の家族だけではなく実際の隣人や親戚を登場させ、9日という短い撮影期間で、制作費も僅か1万7000ユーロ(約210万円)で完成させたという。ヨーロッパでのロマ族の貧困や差別の問題を考えさせるこの映画を金熊賞に推す評論家やジャーナリストもいたが、銀熊賞の審査員大賞と主演男優賞の二つを獲得する結果になった。

銀熊賞の脚本賞は「クローズド・カーテン(閉ざされたカーテン)」のイランのジャファル・パナヒ監督が受賞した。私自身はこの映画を見損なったが、見た人の話によると現実と幻想が入り交じって理解するのがなかなか難しい映画だったという。パナヒ監督は2006年、女性のサッカー観戦が禁じられているイランで、男装してまでサッカー観戦をしようとする女性たちをテーマにした映画、「オフサイド」でベルリン映画祭の審査員大賞を受賞したが、 “反体制プロパガンダ“を行ったという罪に問われ、イラン政府当局から6年間の自宅軟禁、20年間の映画制作と旅行禁止の判決を受けた。ベルリン映画祭事務局は2011年、パナヒ監督をベルリン映画祭の審査員にあえて選んだが、イラン当局はやはり参加を許可せず、ベルリン映画祭はパナヒ監督への連帯を示すため、同監督の5作品を特別上映したといういきさつもある。軟禁状態のパナヒ監督が密かに自宅で取った映画が今年のベルリン映画祭に参加し、受賞したことにイラン当局が怒りを強めているとも伝えられ、今後の成り行きが心配される。

監督賞には「プリンス・アヴァランチ」のデヴィッド・ゴードン・グリーン監督(アメリカ)が選ばれた。主演女優賞はチリのセバスチアン・レリオ監督の「グロリア」でタイトル・ロールを演じたパウリナ・ガルシアに与えられた。映画関係者のなかには、もう若くはない女性の生き方をテーマにしたこの「グロリア」を金熊賞に推す人も多かった。

私自身が不思議な魅力を感じたのは、カザフスタンのエミール・バルガジン監督の「ハーモニー・レッスンズ」だった。少年の学校での激しいいじめ問題を取り上げながら、ソ連崩壊後のカザフスタン社会のマフィア的な組織や暴力支配の実態を浮き彫りにした作品で、悲劇的な結末にも関わらず、印象に残るいくつかの場面があった。この映画の撮影監督には芸術貢献賞が贈られた。

もうひとつ、今年の映画祭では栄誉金熊賞が、フランスのユダヤ系監督クロード・ランツマンに与えられた。現在85歳の同監督は12年間にわたって世界各地のホロコーストの生存者と膨大なインタビューを行い、1985年、9時間半もの長さの「ショア」を完成させ、世界的な話題となった。今年のベルリン映画祭では「ショア」を含め同監督の7本の作品が回顧展として上映された。

日本映画は3年連続でコンペティション部門に招待されていないが、日本映画では小津安二郎監督の「東京物語」が回顧展で、またそのリメーク、山田洋次監督の「東京家族」がベルリン・スペシャル部門で上映された。さらに、木下恵介監督の「婚約指輪」など5作品がフォーラム部門で、改めて紹介された。なお、同部門に参加、映画祭とは別のキリスト教関係者が選ぶエキュメニカル賞の特別奨励賞を受賞した池谷薫監督の「先祖になる」については別途取り上げる。フォーラム部門にはこの他、舩橋淳監督の「桜並木の満開の下に」と鶴岡慧子監督の「くじらのまち」が参加した。

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