脱原発決定から1年

永井 潤子 / 2012年6月10日

気がついたらもう1年が経つ。ドイツ政府が 脱原発の方針を閣議決定したのは、去年6月6日だった。国内に17基ある原発のうち福島の原発事故後早々と運転を停止した8基の再稼働はせず、そのまま閉鎖、残りの9基は2015年、17年、19年に1基ずつ操業停止、2021年に3基、2022年に最後の3基も止めて全廃するという脱原発に向けての具体 的な行程表が決定された。同時に核エネルギーに代わって風力など再生可能な自然エネルギーへの転換をはかって行く方針も決められた。この政府案をドイツ連邦議会が激しい論議の後賛成多数(賛成513票)で承認したのが、6月30日で、歴史的な決定とみなされた。反対票(79票)の多くが「11年後に脱原発 を実現するという政府案は時間がかかりすぎる」という理由での反対票だった。ドイツの憲法である連邦基本法に脱原発を明記するべきだと主張した左翼党の議員たちもその要求が入れられなかったため反対票を投じたが、脱原発そのものに反対した議員はごく少数だった。この日、原子力法や再生エネルギー法改正案など8つの関連法案が連邦議会を通過し、7月8日、連邦参議院もメルケル内閣の脱原発の方針を承認、法的手続きがすべて完了した。福島第一原発の事故から 3ヵ月あまりのスピードぶりだった。

ここまでは鮮やかな決定だったが、その後は脱原発にともなうさまざまな課題に対する具体的な対応があまり進んでいないというのが、実情である。当時のレットゲン環境相が「国家的プロジェクト」と呼び、メルケル首相も「脱原発はドイツにとって大いなるチャンス」と誇らしげに語ったのだったが。そのメルケル首相がこの一年、“エネルギー転換という革命的な事業“に対して指導力を発揮して来なかったという各方面からの批判が少なくない。例えば、メルケル政権に脱原発を進言したドイツ連邦政府の諮問機関 「エネルギーの安全供給に関する倫理委員会」の共同委員長の一人、テップファー国連環境計画元事務局長は「連邦政府がこれまでにしてきたことには、一貫性と重点的な努力に欠けている」と批判、もうひとりの共同委員長だったドイツ研究振興協会のクライナー会長も「エネルギー転換は自然に起こるものではなく、厳格なプロジェクトマネージメントとモニタリングが不可欠である」と政府の対応を批判している。メルケル首相はこの一年、もうひとつの重要な課題、「ユーロ危機」と闘わなければならなかったという同情すべき点もあるのだが。産業界には脱原発のプロセスを総括的、かつ効果的に進めるため、「エネルギー庁」の新設を求める声もある。

この1年間、ポジティブな展開が見られなかった訳ではない。「エネルギーの安全供給」という重要な問題では、これまでのところ成功を収めている。原発8基の操業停止のあと、冬場の電力供給が最大の難関と見られてきたが、今年の1月までは国民に特に省エネが呼びかけられることもなく無事に過ぎた。しかし、2月初め、ドイツに寒波が訪れ、全国的に気温がマイナ10度以下、所によってはマイナス20度近くになる日が続いた。そのため電力の需要が急増、供給が追いつかず、ブラックアウトに陥る危険が何度もあったという。ドイツの暖房はオイルやガスによるセントラルヒーティングが主力だが、寒くなるとセントラルヒーティングに温水を送るポンプを動かすのに沢山の電気が必要になったり、深夜電力利用の蓄熱式暖房の設定温度を高くしたりする家庭や事業所などが急に増えて、危機的な状況になったという。ロシアから供給される天然ガスの量が一時的に25%も減ったことも、電力供給能力を低下させたという。関係者は停電を避けるため、電力の供給と需要のバランスを保つためにハラハラするような努力を何度も強いられた。それでも同じように寒波に襲われたフランスに例年通り電力を輸出できたのは、再生可能エネルギーが増えたためだという。フランスでは電気による暖房が主力のため、冬場の電力使用量が大きく、今まで毎年冬に大量の電力をドイツから輸入してきた。ついでだが、去年ドイツが脱原発を決定した直後から「ドイツは脱原発を決定しながら、実際は原発でつくられた電力をフランスから輸入している」という根強い非難の声を多くの日本人から聞くようになった(日本ではこのことが今では”常識!”になっているという)。しかし、これは事実とは大きく違う。フランスでは夏も川の渇水で原子炉を冷やす水が足りなくなるため、むしろドイツからフランスへ電力を輸出することが多い。ドイツはフランスばかりでなく、ヨーロッパの9ヵ国と電力を融通しあっており、たまにはフランスから電力を輸入することもあるかもしれないが、全体としてはドイツの方がフランスへの電力輸出国である。誰が事実に反する噂を流しているのだろうか。

「原発がなくなればCO2などの温暖化ガスが増える」という原発推進派の主張に反し、原発9基の操業を停止したドイツで、去年はCO2の量が減った。EUのなかで唯一ドイツ経済は好況で、原発に代 わって火力発電所による発電が増えたにも関わらずである。こうした傾向が今後も続くかどうかは不明だが、「原発はCO2削減にすら貢献しないことが分った」とドイツのグリーンピース代表は主張する。

脱原発決定当時電力の17%を占めていた再生可能エネルギーの割合はその後20%を超え、2022年までに35%に増やすという目標は.予定より早く達成できる可能性があると見られるようになった。しかし、自然エネルギーが増えれば増えるほどそれにともなうさまざまな問題が起こってくる。例えば、太陽光発電や風力発電は、その時々の天候状況に支配されるので、こうした自然エネルギーが増えると電力の安定供給の調整は複雑かつ困難になる。一方、現在すでに起こっているのは、国の自然エネルギー促進政策のおかげでソーラーパネルが増えるにつれて電力の料金が上がるという問題である。社会民主党と緑の党が連立を組んだシュレーダー前政権のもとで、再生可能エネルギー法が成立、太陽光など自然エネルギーによる電力を固定価格で買い取る制度が導入された。発電開始時の固定価格で20年間、全量の買い取りが保証されるという有利な条件のため、ソーラーパネルの設置が増え続けているが、高い価格での買い取りに必要な費用が電気料金に上乗せされ、一般消費者が負担しなければならないことが問題視されている。そのため保守・中道連立政権である第2次メルケル政権は今年春、買い取り価格を大幅に引き下げ.買い取り量も制限するなどの見直し策を決定したが、各州代表による連邦参議院は5月、この案を拒否した。

最大の課題は大規模な送電線の敷設問題だ。将来は海上の風力発電(洋上風力発電パーク)に力が入れられる見通しだが、北の北海やバルト海で生産される電力を南の電力消費量が多い工業地帯に送るには、長い高圧送電線が必要になる。ドイツの四大送電網運営会社の試算によると、ドイツ国内の北から南へ、あるいは東から西へ、電力をスムーズに送るためには新たに約4000キロの送電網を敷設する必要があるという(現存の送電網は約3万5000キロ)。その費用は200億ユーロ(約2兆2000億円)にのぼると見られる。莫大な費用を理由に四大送電網運営会社は国の補助が必要だと主張するが、一方、エネルギーの地産地消を推進し、地域ごとのエネルギー政策に力を入れれば、大規模な送電網の敷設は必要ないという考え方も市民運動家たちを中心に根強く存在する。

脱原発に意欲的だったレットゲン環境相は、 5月13日に実施されたノルトライン・ヴェストファーレン州議会選挙をトップ候補として闘い、かつてないほどの敗北を喫したため、直後にメルケル首相から解任された。新しいアルトマイアー環境相とレスラー経済相は、脱原発決定1年にあたって共同記者会見を行ない、今後は山積する困難な課題に両省がこれまで 以上に協力して取り組んで行く意向を強調した。メルケル首相も各州政府代表との会談を定期的に開き、各州の利害を調整しながら脱原発の実現を目指すことを決定している。

 

2 Responses to 脱原発決定から1年

  1. みづき says:

    >実際は原発でつくられた電力をフランスから輸入している」
    >という根強い非難の声を多くの日本人から聞くようになった
    >(日本ではこのことが今では”常識!”になっているという)。
    >しかし、これは事実とは大きく違う。

    そうなんです。
    私も、この春に日本に一時期国したのですが、日本の友人と
    原発のことを話すと「ドイツは脱原発とか言ってるけど、
    結局、原発大国のフランスの電気を買ってるんでしょ」と
    言われることが多かったです。

    日本のメディアがそういう調子で報道したんでしょうね。
    外国のことは、なかなか真実を知ることが難しいですから、
    「みどりの1kWh」のようなサイトで情報を知ることが
    できるのは、とても貴重でありがたいことです。

  2. Pingback: ドイツのエネルギー転換を「失敗」と言うのは妄言 | みどりの1kWh