コロナ禍の寂しいクリスマス
ドイツの長くて暗い冬をなんとか乗り越えることができるのは、クリスマスのおかげかもしれない。日が短くなり気持ちの沈みがちな11月が過ぎれば、クリスマスのある12月がやってくる。そうすれば街のあちこちが賑やかなイルミネーションで飾られ、明るさを取り戻す。誰にどんなプレゼントを用意しようかと考えるのは少し面倒だが、プレゼントを受け取り喜ぶ人の顔を思い浮かべると心が踊る。友人や同僚と鵞鳥料理を食べながら一年を振り返るのも、クリスマスの楽しい恒例行事だ。しかし今年は、いつものようなクリスマスを過ごすことができない。すべてコロナのせいだ。
秋頃から再びコロナ新規感染者が増え、この第二波の襲来に対してドイツでは11月2日、飲食店の営業禁止や接触制限など、部分的ロックダウンが導入された。この時点では、この措置でうまく感染状況を抑えることができれば、 クリスマスは例年のように過ごせるかもしれないという期待があった。しかし、この措置の効果は現れなかった。それどころか11月後半から、日々のコロナ新規感染者数は2万人を超えて高止まりし、死亡者数も増えるばかりとなった。11月30日までとされていた部分的ロックダウンは、まず12月20日まで、そしてその後、来年の1月10日まで延長された。接触制限も、今まで2世帯10人まで集まってもよかったが、12月1日からは2世帯5人までとなった(ただし、14歳以下の子供は人数に入れなくてよい)。
ドイツのコロナ対策は、メルケル首相と全国16州の州首相が基本方針を作り、各州がそれに基づいて条例を作るという手順を踏む。このメルケル首相と州首相によるコロナ対策会議は通常2時間の予定で行われるが、たいていそれより長引き、7時間続いたこともあった。州により感染状況が異なり、厳しい規制を求める州とそれに反対する州の意見調整が困難だったからだ。しかし12月13日の日曜日に開かれた緊急対策会議は、なんと1時間あまりで終わった。誰も反論する余地がないほど、ドイツ全国の感染状況が悪化していたからだ。このとき決まった措置を説明する記者会見でメルケル首相は、「11月2日に導入した措置は十分な効果をもたらさなかった」と、厳しい現状を認めた。
12月13日の会議では、以下のような措置が決まった。
◎ 12月16日から1月10日まで、食料品や生活必需品以外を販売する小売店は営業禁止とする。今まで営業が認められていた美容室も営業禁止とする。その他で営業可能なのは、 薬局、ドラッグストア、保健用品店、眼鏡や補聴器を扱う店、ガソリンスタンド、自転車屋、自動車修理工場、銀行、郵便局、洗濯サロン、新聞販売店、ペット用品店、卸売店、クリスマスツリーを売るスタンドなど。
◎ 12月16日から1月10日まで、学校の出席義務を一次的に免除する(休校にするか、リモート授業にするか、または冬休みを延長するかなどは各州に委ねる)。幼稚園も同期間閉鎖。ただしエッセンシャルワーカーの子供は引き続き通える。
◎ 12月16日から1月10日まで、企業は可能な限り休業にするか、ホームオフィスにすること。
◎ 12月16日から1月10日まで、公共の場での飲酒を禁止する。
◎ 飲食店のテイクアウトは可能だが、店の前に人が群がり、密状態が発生することを防ぐため、店の前で飲食することは禁止する。
◎ 大晦日と新年に、人が群がったり集まったりすることを禁止する。
◎ 大晦日用の花火の販売は禁止し、地方自治体が定めた場所での大晦日の花火打ち上げも禁止する。個人による花火の打ち上げは、自粛すること。
◎ 宗教を問わず、礼拝は行ってよいが、マスク着用、1.5mのソーシャルディスタンスをとることが義務化され、室内で歌を歌うことは禁止する( ただし詳しくは、今後連邦内務省と宗教団体が話し合いをして決める)。
◎ 国内外ともに不要不急の旅行は自粛すること。
これはあくまで基本方針であって、実際に出された条例は、州ごとに異なる。例えばベルリンの州首相ミュラー氏は、「精神のエネルギー補給は必要」と述べて、書店の営業を認めた。その代り、第一波のロックダウンでは通常の営業が認められていた花屋は、今回は店内に客を入れることは禁じられ、店先での受け渡しや配達しかできない。 それに対してデユッセルドルフを州都とするノルトライン•ヴェストファーレン州では、花屋の通常営業も認められており、何が生活必需品かという定義が、州によって異なることがわかる。
今回の措置強化で注目されたことの一つは、クリスマスがどうなるかという点だった。ドイツ人にとってクリスマスは一年で最も大切なお祝いで、日本の正月のように離れた所に住んでいる家族や親戚が一同に集まるのが習慣だ。そこで接触制限に関しては、12月24日から26日の3日間だけ、例外が設けられた。それは一つの世帯に加えて、世帯数に制限なくさらに4人まで集まってよいというものだ(この場合も14歳以下の子供は数に入らない)。しかしその4人は、祖父母や親、子供、孫などの直系家族か、兄弟姉妹やその配偶者と家族といったように、狭い範囲に制限されている。この規則に従えば、それぞれ家庭を持つ3人の子供がいる夫婦が全ての子供とその配偶者を招けば、世帯に属さない大人を6人招くことになり、ルール違反になってしまう。
クリスマス前の営業禁止は、おもちゃ屋さん、アクセサリーショップ、インテリア小物店など、この時期の売り上げが年間売上げの多くを占める店舗にとって大きな痛手となったはずだ。それに家族や友人と一同に集まることができず、祖父母や孫を抱きしめることもできないのは辛いことだ。それにも関わらず、12月13日のコロナ緊急対策会議で措置の強化が州首相の抵抗なくすんなりと決まったのは、前述したようにドイツの感染状況の悪化もあるが、その直前の12月9日にメルケル首相が連邦議会で行った演説の影響も大きかった。
メルケル首相は9月の末頃から、ドイツのコロナ対策は十分ではない、感染者数が増えてから対策を取るのでは手遅れだと機会あるごとに訴えてきたが、感染者数の少ない州の首相たちがそれに反発してきた。12月9日の演説は、そうした状況に対するメルケル首相の不満や怒りが爆発したとも取れる激しい内容のものだった。握った拳を振り回したり、演説台をバンバンと叩いたり、願い事をするように胸の前で両手を合わせるなど身振りも激しく、メルケル首相がこれほど感情を露わにしたのは初めてだと、ドイツのメディアも驚いた。
その内容は、
科学者たちが、クリスマススに祖父母やお年寄りと会う前の1週間は人との接触を減らすようにと嘆願しています。それなら冬休みを12月19日からではなく、16日から始めることをもう一度検討すべきです。私たちがこの3日間をどうするか適切な解決方法を見つけられなければ、この世紀に一度の出来事に対して、後世、なんと言われることでしょうか!
というように、主に演説の前日に発表された国立科学アカデミー•レオポルディーナの提言を根拠にしたものだった。しかし、理性に訴えかけるだけではなく、この日の演説は、メルケル首相の心の底からの叫びのように思えた箇所も多かった。
ホットワインやワッフルの屋台を出している皆さんがどれだけ丹精込めておられるのか、よく理解できます。しかし(屋台の前に人が群がるのは)、食事や飲み物は家に持ち帰るという規則と相入れません。ですから本当に申し訳ないですが、こうしたことのために1日に590人もの人が亡くなるという代償を払うのは、私にとっては受け入れ難いことです。(略) クリスマス前に多くの人と接触し、その結果、祖父母と過ごす最後のクリスマスになってしまうのでは、私たちはやるべき事をやらなかったことになります。(略) もう一度頑張らなければなりません。もうウイルスとは何ヶ月も付き合ってきました。どんな対策が取れるかを学んできました。いつも人とは距離を取らなければならない、人に会えない、会うとすれば防御ガードやマスクが必要になるなど、人間らしいことができません。でもそれは、人の命を破壊するようなことではありません。人の命を守りながら、どのように経済活動も保っていくか、それを見ていかなければなりません。
メルケル首相の強いアピールは、ドイツ市民にも届いたようだ。12月17日にドイツ第一公共放送ARDが発表した世論調査によると、13日に発表されたコロナ対策強化について行き過ぎだとみなす人は14%しかおらず、適切なものとする人は69%、まだ不十分であるとみなす人は16%という結果になっている(調査期間:2020年12月15日と16日。調査対象人数:1004人)。また、これだけ制限されることが多くなっているにも関わらず、今回の措置が自分にとってあまり負担にならない、もしくは全く負担にならないと回答した人は64%もいる。マスク着用に反対する人や、様々な措置を基本的人権の侵害とみなす人が少数派なのには安心した。メルケル首相の言うように、コロナ克服のために、もうひと頑張りが必要だ。
このように今年のクリスマスは、いつもと違う静かでちょっと寂しいものになりそうだ。そんな中で希望を持たせてくれるのが、欧州連合(EU)でも来週には、コロナ•ワクチンが承認されるようだというニュースだ。EUではアメリカやイギリスのような緊急使用承認ではなく、通常承認の手続きを取っているため時間がかかっていたが、予定通り承認が下りれば、すべてのEU加盟国に同時にワクチンが分配されるという。ドイツは年内12月27日にワクチンの接種を始める予定だ。来年はいつものようなクリスマスが送れることを祈るばかりだ。