断熱材と「暑さ寒さも彼岸まで」

やま / 2013年2月17日

「ドイツの省エネ住宅はしっかり断熱しているからエコ住宅だ」と日本でも言われているようです。事実、ドイツ全国では断熱材で覆われ、省エネ化された住宅の外壁の総面積は約8億1千万㎡(810k㎡)に及びます(ちなみにベルリン市の面積は約890k㎡です)。「しかし、このような断熱は実際に温室効果ガスの削減となるか? 本当に持続可能か?」と疑う声が増えています。実は断熱材だけに頼る省エネ対策に問題があるようです。


人間が寒いと厚着をするように、家も超厚着を

窓、屋根、外壁、床(地階)といった外気に面した建材の熱貫流率の最高値が省エネ条例で決められています。これは建材の熱の伝えやすさを表した値で、W/m²k(ワット・パー・平方メートル・ケルビン)と記されます。数値が小さいほど熱が伝わりにくいので断熱効果が高いことになります。レンガ、コンクリート、石灰ブロックなどで作られた外壁に断熱材を付け、上塗りに漆喰を使い、仕上げる方法を複合外断熱システム(ドイツ語ではWDVS)と呼びます。断熱性に対する規制は厳しくなり、20年ほど前は断熱材の厚さが8cmで十分だったところが、今は20~30㎝以上にものぼります。エネルギーロスの非常に少ないパッシブハウスの推進団体では、まだまだ断熱効率を高める意向です。この団体が省エネの重点を、超厚い断熱材と高度な気密性に置くのは、団体の創立者が建築家(デザイン重視)ではなく物理学者(数値重視)だからかもしれません。

断熱材、発泡スチロール
ドイツでは発泡スチロール(EPS Expanded polystyrene)が断熱材としては、格安なので一番多く使用されています。パッケージ材としてよく使われている素材です。原料は石油で、1950年にドイツで発明されました。「環境汚染、地球温暖化の原因であり、限りのある石油を原料とする断熱材を、よりにもよってエネルギー節約に使うとは矛盾している」とスイスの建築界は、化学産業が強大な、隣国ドイツの省エネ対策について、批判的な態度をとっています。1973年のオイルショックの際、石油依存からの脱却を図る急速な解決方法が求められました。その1つである省エネ対策は、ロビー活動の抵抗が一番少ない住宅産業から始められました。しかし暖房・給湯のエネルギー消費量が少なくなれば利益が減ると恐れた企業もありました。そのうちの2社、国際展開する石油企業Shellと世界最大の総合化学メーカー、ドイツのBASFが、発泡スチロール(EPS)を生産し、新しい市場を獲得しました。発泡スチロール(EPS)は多くの環境問題を抱えているのにも関わらず、今も売り上げは上々です。

今は安いが、後はどうなる?
特にEPSで断熱された外壁には緑藻と呼ばれるコケのような生物が付き、汚れが目立ちます。その緑藻の生育を防ぐため、断熱材メーカーは“特別な毒”を用意しました。ドイツ連邦環境庁が調査を行った結果、農業ではすでに15年前から禁止されている物質が幾つか、この“特別な毒”に入っていることがわかりました。せっかく断熱した外壁に緑藻がついて汚れないように、施主はこの“特別な毒”を塗ります。断熱材メーカーが薦めた“特別な毒”を壁に定期的に塗らないと、クリーンな外壁は保証されないからです。外面に塗ってある毒は雨に洗い落とされ、地面に落ち、地下水を長期間汚染することになります。
去年の5月、フランクフルトのある現場で外壁を覆う発泡スチロールが燃えて火事となる事故がありました。火はあっという間に燃え広がり、有毒ガスが発生しました。「EPSは漆喰で上塗りしてあれば決して燃えることはない。この火事は施工中に生じた例外だった」と、断熱材メーカーはすぐにマスメディアを通して、事故の原因を弁解しました。「今回は人的被害がなかったといえ、人の住んでいる住宅で断熱改修工事中にEPSが燃えたら、とは想像したくない」と消火活動に携わった消防士は話していました。

さらに使用後のEPSの処理が問題です。この板状の断熱材だけではなく、施工工事に使われる接着剤、漆喰、塗料などは、すべて有害廃棄物として処理しなければなりません。木材、亜麻、麻、セルロースなど持続可能な断熱材も市場に出ていますが、コストが高いので使用量はEPSと比べると、はるかに少ないようです。今は格安のEPSですが、この有害廃棄物の処理のコストをだれがいつ負担するのでしょうか。

計算違いの省エネ効果
ドイツ政府は断熱の普及を推進するため、経済的な補助を約束しています。「外壁に断熱材を付ければ暖房費が60%は下がる」と企業は売り込んでいます。しかしながら、断熱による省エネ効果に期待しすぎているのではないでしょうか。「室内の熱エネルギーは窓、屋根、外壁を通して屋外へ逃げる。しかし外壁を通って逃げるエネルギー量は普通の家では約18パーセントしかない。だから外壁の断熱性能をいくら高めても、そのような効果はありえない」と専門家の間では疑いの声が高まっています。

エコ住宅とは発泡スチロール保温容器ではない
20年前から比べると暖房用オイルの価格は3倍も上がっています。省エネは身近で効果のある取り組みです。しかし発泡スチロールで保温された容器を住宅と呼べるでしょうか。工業化が進む以前は、便利な設備や建材に頼らずに住宅が建てられていました。それぞれの土地の気候と風土を利用した建物です。地産の建材を取り入れた古い建物は、窓から太陽熱が十分入り、壁が厚いので蓄熱性が良いと言われ、ドイツではまだ現役で使われています。実際の消費量を調べてみると、伝統住宅は光熱費を予測されたほど使っていないことがわかりました。持続可能な住まいの鍵はその土地で生まれた伝統住宅にありそうです。自然(寒さ)は厚い壁(断熱材)や防備(設備)を作って抵抗しなければならない敵ではありません。寒い冬が終われば必ず暖かい春が訪れます。毎年繰り返してくる波と考えるべきではないでしょうか。まさに「暑さ寒さも彼岸まで」です。

追伸
環境汚染や地球温暖化の原因が、私たちの今までの生活に直接つながっていると意識すれば、断熱以外の省エネ対策があることに気がつくかもしれません。
たとえばドイツの一般的な一軒家(床面積150㎡)の外壁を断熱します。厚さ20cmの代わりに厚さ28cmの断熱材をつけた場合、年間CO2排出量がさらに300kg減ります。これは、

  • 牛肉22.5kgを生産する際に……(ドイツ人の肉消費量は年間60kg)
  • 中型自動車で2000km走る時に……(ドイツの自動車・利用者の35%が走る距離は年間1~2万km)
  • 旅客一人当たりがフランクフルト・ローマ間を飛行機で飛ぶ際に……(2010年に飛行を使って海外旅行をしたドイツ人旅客数は史上最高で7100万人)

 

……排出する量と同じだそうです。

*写真はWiki・WDVSから

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