津波防御壁は必要かードイツメディアの指摘
東日本大震災4周年にあたってドイツのメディアの多くは、福島原発事故現場のその後の様子や「原発難民」の生活に焦点を当てた報道をした。そんななか、津波で大きな被害を受けた三陸海岸のルポルタージュ記事で、復興事業として建設が進められている各地の津波防御壁(注:巨大な防潮堤のこと)の問題点を指摘したのは、南ドイツ新聞(Süddeutsche Zeitung)のクリストフ・ナイトハート記者だ。
同記者はまず宮城県、気仙沼市の仮設住宅を訪れ、住民たちとのインタビューを通じて「復興計画が遅れているため、多くの人にとって仮設住宅での仮の生活が、永久のものとなった」と書き、「仮設住宅で暮らす『津波難民』は今なお、約10万人にのぼるといわれ、家を流された人たちのなかには仕事を失った人も多く、生活の基盤の全てを失い、仮設住宅から出る見通しのない人たちの間では、体調を崩したり、鬱になって自殺したりする人が増えている」と被災者の実態を伝えた。
だが、3月11日に掲載されたMauerpark(壁の公園)という見出しのこの記事の中心テーマは、莫大な予算をかけて公共事業として行われる防潮堤建設の問題点である。政府や被災地の各県は津波対策として三陸海岸に高い防潮堤を作る計画で、その建設も始まっているが、こうした上からの復興計画に対して現地の人たちの間に不満や批判が強いことに同記者は気づいたのだ。
気仙沼近郊の漁業で知られる唐桑町では、高さ9メートルの防潮堤がすでにほぼ完成しているが、2011年3月の津波では14メートルもの高い波が襲ったという。もし再び同規模の津波が襲った場合には、高い費用をかけて造った壁もなんの役にも立たない。住民の一人は「高い防潮堤などいらない。我々に必要なのは、津波が来た時に早く逃げられる広い道路だ」と語った。「前からあった防潮堤は役に立たなかった。今までのものより高い新しい防潮堤も、大きな津波が来たら破壊されてしまうのではないか」というのが多くの人の意見だ。
気仙沼の南にある漁村、小泉村の浜辺には高さ14.7メートルの防潮堤が2キロにわたって造られる計画だが、約2億ユーロ(約2600億円)の費用がかかる。この計画に反対する運動を続けているのは、地元の小学校教諭、阿部正人氏らだ。この巨大な防潮堤は単に広い畑地を守るためで、住宅を守るためではない。約1500人の村人は、300年前まで村落があった高台に移ることを希望しているという。「巨大な防波堤を多額の予算と長い年月をかけて造っても、役に立つことより害の方が大きい」と反対派は主張している。東日本大震災級の大きな地震が起こった場合、防潮堤が立つ浜辺の地盤が緩み、津波が来る前に壊れてしまう可能性も否定できないという。
東北大学の環境学の鈴木孝男教授は「こうした巨大な防潮堤を造ることは、小泉村の沿岸漁業を破壊する」と警鐘を鳴らす。小泉村の沿岸はアワビなどの貝類の漁場として有名だが、「こうした貝類の生殖には陸地までなだらかに続く穏やかな海が必要で、巨大な防潮堤は漁業環境に悪影響を及ぼす」と鈴木教授は見る。その上、同教授によると、この海岸一帯の浅瀬は「渡り鳥の国際的な中継地」だという。
同大学の津波工学研究室の今村文彦教授もコンピュータのシミュレーションで、2011年3月の津波では、9メートルの防潮堤を乗り越えた津波の第1波に第2波、第3波、第4波が続き、いわゆるランアップ効果によって波は最終的に39メートルの高さに達したことを示して、警告する。
しかし、「防潮堤の建設は、利益より害の方が大きいという専門家たちの批判や教師たちの反対の声も、高齢者の多い住民集会の投票には全く反映されないのが現実だ」という指摘で、ナイトハート記者の三陸沖のルポは終わる。政府の東北復興計画である公共事業に対する批判はテレビなどでは伝えられず、高い防潮堤ができれば、津波が防げると信じる人や公共事業で地元に多額のお金が落ちることを歓迎する人も高齢者には多いという。同記者は、こうした公共事業を担当する建設会社と自民党との関係も示唆している。