政治の世界で完全な男女平等を目指す「パリテート法」ーブランデンブルク州の決定

永井 潤子 / 2019年3月3日

「パリテート法」の成立を喜ぶブランデンブルク州議会の女性議員たち©️Landtag Brandenburg

2019年1月31日は、ドイツの女性史上画期的な日となった。この日、ベルリンをとりまくブランデンブルク州の州議会が、政治的に完全な男女平等を目指す「パリテート法」を採択したのだ。パリテートというのは、同等とか同じ割合という意味で、この法は「候補者均等法」と訳せるだろうか。この法律が効力を生じるのは2020年6月だが、それ以降はブランデンブルク州議会選挙に候補者を立てる全ての政党が、比例代表のリストに男女同数の候補者を立てなければならなくなる。ドイツでこうした法律を制定したのは、この州が最初である。しかし、この法律が成立したことが、さまざまな波紋を投げかけている。

ドイツの連邦首相は、13年以上前から女性のメルケル首相で、政権与党のキリスト教民主同盟(CDU)の党首も、女性のアネグレート・クランプ=カレンバウアーさん、さらに連立パートナーの社会民主党(SPD)の党首もアンドレア・ナーレスさん、これまた女性である。緑の党や左翼党の共同代表の一人は、もちろん女性、そしてこの2党はすでに50%のクォーター制(女性割当制)を実施していて、これらの党の連邦議会議員は、女性の方が男性より多い。女性政治家の活躍が目立つ面だけを見ると、ドイツは女性優位の国と見えるかもしれないが、実際はそうではない。例えば、2017年の連邦議会選挙で当選した議員のうち、女性の割合は30.7%で、ドイツ統一以来増え続けてきた女性議員の割合は今回減り、20年前の状況に逆戻りしてしまった。それは今回初めて連邦議会に進出した右翼ポピュリズム政党「ドイツのための選択(AfD」の議員の90%が男性であることや、保守のキリスト教民主・社会両同盟(CDU・CSU)の小選挙区での直接選挙の当選者がほとんど男性だったこと、それに伝統的に女性の地位向上に力を入れてきたSPDが今回得票を減らしたことなどによる。

ドイツの女性が参政権を得たのは、第一次世界大戦後の1918年11月で、女性たちがその選挙権を初めて行使したのが1919年1月の国民議会選挙だったため、昨年から「女性参政権100年」が大々的に祝われている。その一方で100年経っても完全な男女平等には程遠いという意識が、女性たちの間で高まったのも事実である。そんな中、ブランデンブルク州議会の野党、緑の党が、州議会議員の完全な男女平等を実現するため、全ての党の候補者を完全に男女同数にする法案を提出した。ドイツの選挙制度は少し複雑なのだが、基本的には直接選挙と比例代表の2本立てで政治家が選ばれる。有権者は選挙の時に2票を投じる。最初の1票は小選挙区で立候補した候補者への直接選挙で、2票目は政党への支持票である。この政党支持票の得票率に従って、各政党が事前に用意した比例代表の候補者リストの順に議員が選ばれることになる。ブランデンブルク州の緑の党が最初提案したのは、直接選挙と比例代表の両方で完全な男女同数の候補者を立てるというものだった。しかし、それではドイツの憲法である連邦基本法で保障された政党の自由が制限される恐れがあるからという理由で、ブランデンブルク州の政権与党であるSPDと左翼党が反対し、小選挙区での直接選挙の候補者を除く、比例代表制のリストだけを男女交互にして、同数の候補者を立てるという妥協案が生まれた。(このリストを女男女男とするか男女男女とするかは決められていないが、緑の党のリストなどは女が先に来ている)。この妥協案が、与党のSPD、左翼党、それに野党の緑の党の賛成を得て1月31日の州議会で承認されたのである。

この「パリテート」法がブランデンブルク州議会で多数の賛成で承認された後SPDのクララ・ガイヴィッツ議員は、「女性が参政権を取得して以来100年経つのに、依然として女性の議員数は少ない。野党の緑の党の提案でこの法律が成立したことは、大変喜ばしい」と語り、同党の議員会派代表のミケ・ビショフ議員も「政治上の男女同権で、我々は先駆的な役割を果たす」と意気軒高だった。緑の党の議員会派代表のウルズラ・ノンネマッハー議員も「我々の進めた大きな一歩が、連邦段階でも良い問題提起となった。緑の党は、元々はフランスの「パリテ法」にならって、直接選挙と比例代表の両方で完全なパリテートを実現することを提案したが、比例代表のリストだけに適用されるという妥協案になった。それでもこの法律が誕生したことに満足している」と語っている。この「パリテート法」が効力を生じると、これに反対したAfD、保守のCDUそれに自由民主党(FDP)なども、比例リストを完全に男女同数にしなければならなくなる。AfDは「パリテート法」をクレージーな法律だとして全面的に否定しており、リベラルなFDPも、もともとクォーター制には党内の女性たちも反対で、こうした政党はこの「パリテート法」は憲法に違反するとして、連邦憲法裁判所に提訴する構えを示している。

ブランデンブルク州議会の建物 ©️Landtag Brandenburg/Stefan Gloede

 

連邦基本法の第3条第2項には、男性と女性は同権であると明記されている。制定当時から長年それだけしか記されていなかったが、東西ドイツ統一後の1994年、超党派の女性政治家の努力で、この3条第2項に、「国家は事実上の男女平等を目指し、存在する不利益を取り除くため努力する」という文言が追加された。一方、政党について規定する連邦基本法第21条は、政党に候補者を選ぶ権利を保障しているとも解釈されている。「パリテート法」に賛成する人たちは、基本法第3条2項などを根拠とし、反対派は基本法21条が保障する政党の自由を根拠にする。

ちなみにブランデンブルク州議会議員の現在の女性の比率は39%で、同州では今年9月に州議会選挙が行われるが、まだこの法律は適用されない。効力を発するのが来年2020年6月だからで、2024年の州議会選挙から適用される。16州ある各州議会の中で1番女性議員の割合が高いのが、ブランデンブルク州同様旧東ドイツに属するチューリンゲン州で、女性議員の割合は40%である。この州は唯一左翼党の政治家が州首相を務めている。これに反して女性議員が最も少ないのは、緑の党の政治家が州首相を務める唯一の州、南西ドイツのバーデン・ヴュルテンべルク州で、25%弱というのは意外な感じがする。ブランデンブルク州の「パリテート法」導入をきっかけに、チューリンゲン州、ドイツで人口が一番多い西側の州、ノルトライン・ヴェストファーレン州などでも同法の導入を巡って議論が起こっている。

連邦段階でも、カタリーナ・バーレイ連邦法務相(SPD)は、2017年の総選挙の後、連邦議会が「灰色の背広だらけになった」と語って、フランスの「パリテ法」を模範に選挙制度の改革を提案したが、保守的な男性議員の多い現在の連邦議会で、まともに議論されるまでには至っていないという。フランスでは、2000年6月ジョスパン首相の時代に、「パリテ法」が制定されたが、紙の上のことで、実際の効果はあまりなく、2017年5月に就任したマクロン大統領の時代になってから、ようやく効果をあらわしはじめたと言われる。しかし、ドイツの女性たちの間では、今、「パリテート法」が新たな女性運動の合言葉のようになっている。ドイツ女性評議会(Der Deutsche Frauenrat)は、連邦段階での「パリテート法」を要求し、「パリテート法」抜きの選挙法改正には賛成しないよう各政党に請願する運動を開始した。

現在ドイツの有権者のうち女性は男性より多く、51.5%を占めている。その点からいえば女性の政治家を50%にするべきだという主張はもっともだが、反対派は各政党の党員の中の女性の比率は少ないので、女性の候補者を50%にするのは実情に合わないと主張する。例えば、現在の各政党の党員の女性比率は、最も少ないAfDが16%、CSUが20%、FDP23%、CDU26%、SPD32%、多いと言われる左翼党も37%、最も多い緑の党でも 39%に過ぎない。しかし、カッセル大学、経済法研究所所長のジルケ =ルート・ラスコフスキー教授は、ドイツの女性たちの被選挙権(選ばれる権利、立候補する権利)は、長年にわたって大幅に制限されてきており、こうした現状こそ連邦議会について決めた連邦基本法第38条第1項に違反していると主張する。第38条第1項には、ドイツ連邦議会の議員は、普通・直接・自由・平等・秘密選挙によって選挙されると記されている。ラスコフスキー教授は現在の不平等な女性の被選挙権は、この項の平等規定に違反すると解釈し、民主的で平等な選挙権・被選挙権を実現するという根本問題こそ重要で、現在の党員の女性比率を基準にすることには反対する。

憲法学者の間でもいろいろ意見が分かれており、それを反映してこの法律の誕生に対する新聞論調も賛否両論あった。「政治的な爆薬」という見出しの記事を載せたのは、フランクフルトで発行されている全国紙、フランクフルター・アルゲマイネだった。ブランデンブルク州の女性政治家たちは、この「パリテート法」が連邦基本法に違反するとして反対派から連邦憲法裁判所に提訴されることを予期しているが、それも悪いことではないと考えている。平等を望む女性の権利か政党の自由かという長年の議論に憲法裁判所の判断が下されることは、良いことだと考えるからだ。「パリテート法によらずにパリテートを実現する道」を考えるべきだと主張する学者もいるが、結局それは各政党の自由意志に任せることに他ならない。だが、自由意志に任せてきた100年の結果が、現在の状況だというジレンマがある。当分この「パリテート法」をめぐる議論が続くと思われる。

 

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