タブーだった原発稼働延長の問い掛け

ツェルディック 野尻紘子 / 2021年8月29日

今年ほど世界各地で気温が50度前後まで上昇したり、大規模な山火事が 起きたりしたことは過去になかったのではないだろうか。世界各地で大豪雨があったり、大規模な洪水が発生したりしたのも今年だ。ドイツも例外ではなく、ノルトライン・ヴェストファーレン州やラインラント・プファルツ州は7月に大変な豪雨と洪水に見舞われ、町や自然が荒らされ、200人近い人達が命を落とした。ドイツの気候学者たちを含む国際的な研究者グループは、このほど、この大災害が気候変動に帰することにはほとんど疑いがないと分析した。また、このような災害が繰り返される可能性も大きくなったと指摘した。しかし、このような出来事に対してできることが全く無い訳ではないと、ドイツ公共第一テレビ(ARD)の報道番組「コントラスト」が8月26日に伝えた。石炭火力発電を止めれば良いのだという。

現在の予定では、2038年まで稼働することになっているノイラート褐炭火力発電所 ©️RWE

ドイツのエネルギー転換のシンクタンクである「アゴラ・エネルギーヴェンデ」のパトリック・グライヒェン所長は「ドイツの二酸化炭素排出量が今年、1990年以来初めて1年間で5000万トンも増える」と先ごろ語った。昨年はコロナ・パンデミックが原因で、ドイツの二酸化炭素排出量が1990年比でマイナス40.8%に下がった。しかし今年は、コロナ禍が少々収まって、社会や経済活動が再び活発になってきており、二酸化炭素の排出量が1990年比でマイナス37%に戻ってしまう見込みだという。この事実は、以前からの「2020年までにマイナス40%に減らす」という政府の二酸化炭素の削減目標が昨年は守れたが、それはコロナ禍での例外だったことを示している。

地球の気温は、産業革命前に比べてすでに1.1度上昇している。ドイツ政府は今年6月に環境保護法を改正し、二酸化炭素削減の目標値を2030年までに1990年比でマイナス65%、2040年までにマイナス88%、そして2045年にはカーボンニュートラルを実現すると決めた。しかしこの新しい目標値では、パリ協定で定めたように、気温の上昇を1.5度以下に収めることができないと発言するのは、ドイツ政府の環境問題審議会のメンバーで気候学者であるフンボルト大学のヴォルフガング・ルフト教授だ。

同教授によると、気温の上昇を1.5度以下に収めるために、今年、人類が世界全体で 排出を許される二酸化炭素の量は400 GT(4000億トン)でしかない。そして、一国が排出できる二酸化炭素の量は、その国の人口数に左右される。世界中の一人々々が一定量の二酸化炭素を排出することができるようになっているのだが、それは、その国の人たちが過去にどれほど二酸化炭素を排出したかにも関わりがある。「世界共通であると同時に細分化された個々の責任」がパリ協定の原則だという。ドイツは過去に大量の二酸化炭素を排出した国の一つなので、気温の上昇を1.5度以内に収めるために残されている二酸化炭素の量は、発展途上国などと比べると少ない。しかし、ドイツ政府はそのことを無視しており、6月に改正した環境保護法で定めた排出量の削減ではまだ足りない。本来ならば、さらにその半分に減らなくてはならないのだ。ということは、ドイツは気温上昇2度に向かっていることになるという。ルフト教授は、「ドイツは環境保護の先駆者ではない」と言い切る。見解を問われた連邦環境省は、「パリ協定の取り決めは、あまりにも厳格なので考慮しなかった」と答えたそうだ。

1750年から2019年までの世界の地域別二酸化炭素の排出量の推移

現状がこうなので、アゴラのグライヒェン所長は、 ドイツで9月に行われる総選挙後に誕生する新政府は、政権についたら即座に、国民に真実を伝え、「過去になかったような環境保護政策パッケージ」を作成するべきだと警鐘を鳴らす。アゴラ自身も「100日間プラン」というものをまとめており、その内容は、まずアウトバーンに130 km の時速制限を導入すること、ソーラー発電と風力発電を増やすこと、そして脱石炭火力発電を早めることとなっている。

アウトバーンでの時速制限については以前から議論されており、導入も簡単だが、まだ実行に移されていない。ただ、二酸化酸素の削減効果は、あまり大きくない。再生可能電力の増産もそんなに難しいことではないが、まだ十分に進んではいない。難しいのは石炭火力発電の停止を前倒にすることで、そうすると、送電網の安定性が問題になるのだ。再生可能電力の生産には天候が左右し、発電にムラができ、そのために送電網の安定確保が難しくなる。現在、送電網の安定を支えているのは原発と石炭火力発電、それにガス火力発電だ。将来的には、ガス火力発電と、余剰電力を蓄積し、必要な電力を供給する大量の蓄電池がそれを担うことになる見込みだが、現在はまだ十分な量の蓄電池が存在しない。生産は急ピッチで進んでいるが、十分な電池が完成するのは2025年ごろだという。

ドイツでは、全ての原発が2022年末に、全ての石炭火力発電が2038年に停止する計画になっている。そして現時点では、原発停止直後の2022年以降に送電網の安定を図るのはガス火力発電と石炭火力発電ということになる。しかし両者とも二酸化炭素を排出する。特に、石炭火力発電は発電量が多いので、排出する二酸化炭素の量も多い。そして、その石炭火力発電の停止が早まると、送電網の安定確保が非常に難しくなり、頻繁にブラックアウト(停電)の起こる危険が大きくなる。現時点ではまだ、原発か石炭火力発電が必要なのだ。

この番組では次のような問い掛けが行われる。石炭による火力発電では大量の二酸化炭素が排出される。原発はほとんど二酸化炭素を排出しない。だから、ドイツ最後の原発6基を停止する前に、ドイツにある多数の石炭火力発電を先に停止してはどうだろうかという問いだ。環境保護のために、例えば原発を2025年まで稼働させてはどうだろうかと言うのだ。2025年まで時間が稼げれば、その間に必要な蓄電池の大量生産は可能になる。

番組は、以前にドイツのシーメンス社やフランスのアレバ社で仕事をしており、現在もドイツの原子炉安全委員会のメンバーである原発の専門家ウルリッヒ・ヴァース氏に質問する。同氏は、技術的面からも管理の面からも、また部品の確保の点からも、ドイツの原発の稼働期間を伸ばすことに問題はないと答える。

現在ドイツの原発は、総発電量の12%を占めている。石炭火力発電の割合はその倍の24%だ。この石炭火力発電の排出する二酸化炭素は、ドイツの二酸化炭素排出量の約30%を占めるそうだ。原発を2025年まで稼働した場合には、石炭火力発電所の半分が閉鎖でき、そうなると石炭火力発電所が排出する二酸化炭素も半分に減らすことができる。この番組は、「原発は電力が必要になる時、1分以内に発電を開始し、必要がない時にはすぐに停止することができる。つまり再生可能電力との相性が良いのだ」と主張している。また、「原子力発電所が停止して解体される前に、イデオロギー抜きでこのことを考える必要があるのではないか」と番組を結んでいる。

番組を終わりまで見て、びっくりした。原発の稼働継続はドイツではタブーのテーマだ。ドイツ市民は、2011年の脱原発決定を心から支持し、喜んでいる。その決定を揺さぶるようなことを公共放送が口にしたのだ。もちろん、原発の運転継続を考えてはどうだろうかという声は、以前から絶えてはいない。また、この頃の自然災害の多発がそう思わせることもあるだろう。しかし、もしドイツで原発の運転延長が決定されたりしたら、政府は厳しい批判の的になり、ドイツ中でデモが繰り広げられることになるだろう。 例えば、まだ原発を運転している独電力大手のRWE はつい先日、再生可能エネルギーへの投資を強めると発表した際に、ジャーナリストから原発の運転延長に関する質問をされて、「我が社には、その準備はありません」とキッパリと言い切っている。原発の被害は、福島第一の事故を思い出すだけでも、何としてでも避けたいと思う。また、廃棄物の処理の問題はまだ全く解決していない。ただ、早足で進むように見受けられる気候変動の猛威も恐ろしい。ということは、私たち自身は、とにかく二酸化炭素の排出量を減らさなければいけないのだ。それ以外の道があるだろうか。私たちは、消費や移動の際に、生活の全ての面で、もっとエネルギー消費を減らさなくてはならない。そのことを肝に命じて生活しなくてはいけないのだ。

参考:“Kontrast  Klimaschutz sofort – aber wie?”

 

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