日本のマスメディアの無意味な報道とかすかな光

永井 潤子 / 2013年11月10日

先頃、1年半ぶりに日本に一時帰国した。今回の帰国の主な目的は、10月初めから2週間、ドイツ在住の韓国人女性たちと一緒に韓国と日本をグループ旅行することだったので、東京の我が家にはその前後10日ほどしかいられなかった。その短い滞在の間に強く感じたのは、日本のマスメディアの報道の緊張感のなさだった。

 

テレビはNHKも民放も朝から食べ物やお料理の話、それに季節の話題など、それほど重要でないと思われることを長々と取り上げていて、「世界では毎日重要なことがいろいろ起こっているのになぜそういう問題をもっと取り上げないの?」と思うほどだった。テレビを見る時間が少なかったせいもあるが、私が知りたいと思ったドイツやヨーロッパのまともなニュースはほとんど伝わってこなかった。国内のニュースにしても台風が近づいた時に各地の記者の、「風が強まっている」とか「海岸に大きな波が押し寄せている」といった現場からの同じような報告が繰り返し行われる反面、台風の進路にあたる福島の原発事故の現場で、どのような台風対策がとられているのか、私の1番知りたいことは、いっさい伝えられなかった。

プリントメディアの報道でも「あれ?」と思うことがあった。それは東京で開かれた日米の外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)に出席するため来日したアメリカのケリー国務長官とヘーゲル国防長官が東京の千鳥が淵の戦没者墓苑に参拝して献花したというニュースの伝え方についてだった。このニュースを初めて聞いたとき、私はすぐ、「アメリカ政府はワシントン郊外のアーリントン国立墓地に匹敵するのは、安倍首相が言う靖国神社ではなく、千鳥ヶ淵の戦没者墓苑だと考えているのだな」と受け取った。安倍首相は今年5月、アメリカ訪問に際してアメリカの外交専門誌『フォーリン・アフェアーズ』とのインタビューで、アーリントン国立墓地を引き合いに出し「靖国神社は国のために命を捧げた人々を慰霊する施設であり、日本の指導者が参拝するのは極めて自然で、世界のどの国でも行っていることだ」と述べたと伝えられていたからだ。しかし、私が読んだ朝日新聞には外国の高官がこの戦没者墓苑を訪れるのは異例のことだとは書かれていいたが、その意味についての解説はなかった。その後たまたま見た10月20日付の「サンデー毎日」には、墓苑に献花する二人の写真が掲載されていたが、そこには「厳粛な表情で歩を進めるヘーゲル米国防長官とケリー米国務長官。献花のために10月3日、東京千代田区の千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れた。同墓苑は第2次世界大戦中に海外で亡くなった身元の分からない日本軍人や民間人の遺骨を納めている。米国の閣僚が同墓苑を訪れるのは極めて異例という。日米の同盟関係の強さを内外に示す狙いがあったようだ。(後略)」と書かれていた。「日米の同盟関係の強さを示す狙いがある」という見方は、日経新聞などにも書かれていた。

こうした報道に違和感を持っていた私は、後になってフランスのAFP通信がその意味をきちんと伝えていたことを知った。AFP通信によると二人に同行した米国防省の高官は同行記者団に対し、「千鳥ヶ淵戦没者墓苑はアーリントン国立墓地に最も近い存在」だと伝え、「ケリー国務長官とヘーゲル国防長官は日本の防衛大臣がアーリントン国立墓地で献花するのと同じように戦没者に哀悼の意を示したのだ」と述べたという。今回の訪問は日本側の招待ではなく、アメリカの意向によるもので、同墓苑を訪問した外国の要人としては1979年のアルゼンチン大統領以来、最高位の政府高官だということである。AFPは「安倍首相が靖国神社をアメリカのアーリントン国立墓地になぞらえたことに対する牽制と見られる」とはっきり指摘し、「靖国神社に対する安倍政権の考え方にアメリカのオバマ政権は合意できないことを示した」と見ている。日本のマスメディアの記者たちは、どうしてこういうことを報道しないのだろうか。本筋の日米外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会についての報道はチェックしなかったが、私たちの気がつかないところでバイヤスのかかった報道がなされることもあるのではないかという懸念を抱いた。

Genpatsuwhiteout日本のマスメディアの報道ぶりに驚いた私だったが、ベルリンに戻る直前に脱原発のデモに参加している友達から、ある衝撃的な事実を教えられた。それは霞ヶ関で働く高級官僚の一人が匿名で「原子力ムラ」の政、官、財の癒着ぶりを告発する小説を書いたというのだ。若杉冽というペンネームで書かれた「原発ホワイトアウト」(講談社)を早速買って読んだ。本の帯には「現役キャリア官僚のリアル告発ノベル!!」「原発はまた爆発する!」とある。登場人物として脱原発俳優、参議院議員の山下次郎、保守党一匹狼議員の山野一郎、新崎県知事、伊豆田清彦などの名前があげられているが、それぞれ山本太郎、河野一郎、新潟県知事の泉田裕彦がモデルであることは容易に想像がつく。読んでみてその「日本を貪り食らうモンスター・システム」の凄まじさに驚いたが、元経産省の高級官僚、古賀茂明氏によると、ほぼ事実だという。毎日新聞が行った覆面インタビューのなかで、著者の若杉氏は「福島第1原発の事故後安全対策が何一つ変わっていない状況で原発の再稼働を許してはいけない」という気持ちから内部告発的なこの小説を書いたと語っていた。また、「多くの情報を手に入れることができる高級官僚のなかから第2、第3の若杉冽が出てくることを期待している」とも述べていた。大きなリスクを冒して書かれたこの「原発ホワイトアウト」、霞ヶ関ではこの高級官僚は誰かという犯人探しもすでに始まっているという。出来るだけ多くの人に読んでもらいたいと思うこの本の定価は本体1600円だが、印税の一部は、「東日本大震災子ども寄付金」に寄付されるということである。

原発に関しては小泉元首相が「最終処理場のない原発を推進させるのは無責任、国民のほとんどは脱原発に賛成なのだから総理がその方向を打ち出せば、脱原発は実現できる」などと講演会などで主張しだしている。また、参議院議員の山本太郎氏が天皇主催の園遊会で、放射線に汚染された福島の子供たちの現状や原発事故現場で働く作業員たちの劣悪な労働条件などを記した手紙を天皇に手渡したことが波紋を投げかけている。こういう手段に出たことには同意できないにしても、無意味なマスメディアの報道にもかかわらず、原発事故から2年半あまりが過ぎた日本の社会で「何かが少し動き出した」と感じるのは、楽観的に過ぎるだろうか。

 

One Response to 日本のマスメディアの無意味な報道とかすかな光

  1. Sachie says:

    私もつい先日までの3週間日本に滞在していて、同じ事を感じました。
    毎日の夕方のニュースを彩るのは各地の紅葉がどうだとか、ゆるキャラグランプリがどうだとか、そんな事に時間をさいていて驚きました。これらのニュースの中で福島第一4号炉の燃料移動の事や、秘密保護法の事が伝えられていたのを耳にしたのは、ほんの数分だったような気がします。遠く離れたドイツでさえ、このふたつの事はニュースになっているのに、何だか不思議な錯覚に陥りそうになりました。