政府の環境・気候保護対策は、落第点!

池永 記代美 / 2019年6月30日

ベルリンの学校では、昨年8月20日から始まった一年が終了し、6月20日に夏休みに入った。その前に通信簿を受け取らねばならず、ちょっと憂鬱な気分の生徒もいただろう。いつもは成績をつけられる側の生徒だが、毎週金曜日にドイツ各地で生徒たちが行っているデモ、「Fridays for Future」(FFF) のベルリンの現場で、「ドイツの温暖化対策 6、倫理 6、責任感 6」と書かれた通信簿風のプラカードを見かけたことがあった。6というのは、ドイツでは落第点だ。しかしこのプラカードを作成した生徒だけでなく、実は一般のドイツ市民も、ドイツ政府の環境・気候保護対策について厳しい評価を下していることが、5月28日に発表された「2018年環境意識調査」で明らかになった。

「2018年環境意識調査」では、現在の環境への取り組みは不十分と市民がみなしていることがわかった。

「環境意識調査」はドイツ連邦環境省とドイツ連邦環境庁が、1996年から2年に一度行っており、今回発表された調査は12回目にあたる。 市民の考え方や行動、要求をできるだけ把握し、政策に反映することが調査を行う目的だという。調査の対象は14歳以上の市民4000名で、調査は2018年の後半に行われた。

そもそもドイツ市民にとって、環境・気候保護はどれだけ重要な問題なのだろうか。それを明らかにするために、調査では最初に、国際政治やドイツ社会のいくつかの問題と比較して、環境・気候保護が自分にとってどれだけ大切かを尋ねている (重複回答可)。その結果、教育環境を「とても大切な問題だ」とする人が最も多く69%。それに「公平な社会」 (65%) が続き、環境・気候保護 (64%) は3位となった。この3項目は前回2016年の調査に比べると、いずれもポイントを上げている。前回の調査でトップだった戦争とテロリズムは、70%から50%に20ポイントも下がり、難民・移民問題 (63%から49%) や、犯罪と治安 (59%から52%) も、市民にとって重要度が下がったことが明らかになった。最近ドイツが大きなテロの被害にあったり戦争に巻き込まれたりしたことはなく、難民の数が2015年をピークに年々減少していることが反映されたのだろう。その一方、環境・気候保護が前回調査では6位だったのに3位に上昇したのは、調査が行われた昨年後半は、記録的な猛暑と干ばつの直後のことであり、その記憶が市民の間に強く残っていたことが一つの要因になったのだろう。

ではどういう観点から、環境・気候保護が大切かという質問に対して、将来の課題を解決するには環境・気候保護は避けて通れないとする回答が最も多かった (67%)。これは、FFFのデモで生徒たちの「汚れた地球を受け取るのはご免だ」、「私たちの将来を破壊するな」という主張を一般市民も共有していることを表している。また一般的には、環境・気候保護の強化により、経済活動が制約され、資本主義社会で不利になるという見方がされるが、この調査でドイツの人々は違った捉え方をしていることがわかったのは興味深い。環境・気候保護は豊かさを維持するために必要という人が57% (2010年の調査では32%) 、競争力を維持するために必要という人が51% (同26%)、雇用創出のために必要という人が46% (同29%)となっている。環境・気候保護は経済成長の妨げではなく、環境・気候保護抜きで経済成長はできないと、人々の認識が変わったことは、大きな変化と言えるだろう。

ベルリンのような大都市にも、日光浴を楽しむ緑地や泳げる湖がふんだんにある。

今の環境のクオリィティについてのドイツ市民の評価は、日本の都会生活を体験した者にとっては、羨ましい結果に思える。自分の住む地域の環境が「とても良い」、もしくは「十分良い」と答えた人は、前回調査に比べて下がったとはいえ77%(前回は85%) もいる。ドイツ全体の環境については、60% (前回は75%) が「とても良い」、もしくは「十分良い」と回答した。これは今世紀に入って一番ポイントの高かった2002年の調査に比べると、22ポイントも下がっている。地球全体の環境に関しては、その数字が大幅に下がり、前回と同様8%でしかない。大気汚染や生態系の危機など、ドイツの日常生活の中で、環境や自然が損なわれていることが頻繁に報道されているにも関わらず、回答者の半数以上が、地元の環境は良いと答えたのはちょっと不思議な気がしたが、他の国に比べるとまだマシだという相対的な評価なのかもしれない。

これらの比較的楽観的な調査結果と異なり、環境・気候保護政策を進めていく上で、警鐘を鳴らすような結果も明らかになった。それは、様々な主体、つまり産業界、連邦政府、市民、地方自治体、環境団体がどれだけ環境・気候保護に努力していると思うかという質問で、多くの者が落第点をつけられたのだ。合格点をもらったのは、環境団体だけで、71%の人が「十分努力している」、もしくは「どちらかといえば努力している」と評価している。しかし、同様の評価を下した人は、地方自治体に対しては24% (前回は49%)、連邦政府に対しては14% (前回は34%)、産業界にいたっては8% (前回は15%) しかいない。この点について、調査を行ったドイツ連邦環境庁のあるスタッフは、市民がこれほど政府に対して厳しい評価を下すとは思わなかったと、感想を述べた。ただし批判的な目は、市民自身にも向けられ、19% (前回は36%) の回答者しか、市民が環境・気候保護に努力しているとみなしていないことが明らかになった。

市民が環境・気候保護を重要視すればするほど、それに対する努力が十分に行われていないと不満を持つのは、当然のことかもしれない。しかし前回の調査に比べて、政府や地方自治体の努力に対する評価が大幅に下がったことは、懸念すべきことだ。これは少なくとも、環境・気候保護の分野において、政府や地方自治体が市民の信頼を失ったことを意味し、5月下旬に行われた欧州議会選挙での緑の党の躍進を裏付けるものとも言える。しかしこのような状態では、政策の有効性や意義を市民に正しく理解してもらい、実施していくことは困難だ。政府や地方自治体は、市民の信頼を回復することにまず取り掛からなければならない。

市民の環境意識が高まり、シュルツェ環境相は仕事がしやすくなったはずだ。これからの活躍に期待したい。

今ドイツが抱える最大の課題の一つはエネルギー転換だが、それに対しても市民は、テンポが遅い (81%)、コスト負担が平等に行われていない (77%) という不満を持っていることが明らかになった。 こうした調査結果を踏まえて、スヴェンニャ・シュルツェ連邦環境相(社会民主党、SPD)はこのように語った。

この調査で、ドイツ市民が環境・気候保護対策の重要性を十分理解していることが、明らかになりました。それだけでなく回答者の多くが、環境・気候保護対策が不十分だとみなしていることも、はっきりしました。私はこの結果を、自分に使命が与えられたと受け止めています。国は気候保護対策を行うためのよい枠組み作りをしなければなりません。ですから私は、公平な二酸化炭素税と拘束力のある気候保護法の導入のために努力しているのです。市民はエネルギー転換がもっと早く達成されることも望んでいます。私もまさに同じ意見です。風力や太陽発電施設の建設の障害となっている要因を取り除くことが、今こそ大切なのです 。

この言葉には、連立パートナーのキリスト教民主同盟(CDU)やキリスト教社会同盟(CSU)との確執から、なかなか自分が思い描いた環境政策を実施できなかったことへの彼女の恨みも込められていたように感じた。ここでいう障害の一つの例は、太陽光や風力の発電設備の設置に対する助成は一定の発電容量分までしか行わないという、政府自らが作った規則だ。しかし、風力発電設備や送電網の建設に反対する住民運動も、その一つであることは確かだ。政府だけでなく、市民の努力も不十分ということが明らかになったこの調査の結果は、シュルツェ環境相にとって明らかに追い風になる。ドイツの環境・気候保護対策が前進することを期待したい。

 

 

 

 

 

 

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