「風車に蓄電」は「鬼に金棒」
日本ではエネルギー政策面においてドイツの現状に関心が強いと聞いています。中には両国を比較して、コンクールの審査員のように評価点を出すオモシロイ人もいるそうですが、こちらではエネルギー政策とは、いつまでにどの目的に達するかが重要であり、競争ではなく共通の目的を実現するための共同事業と考えています。今回ご紹介したいのは日米独、3カ国の技術を利用した無風状態が続く場合の蓄電システムです。
デンマークとの国境に近い北ドイツの村ブラーデルップ(Braderup)。北海に面したこの地域は平坦でドイツの最も「風が福(吹く)」地域として知られています。ここに「ブラデルップ・ティニングシュテット市民ウインドパーク有限合資会社」(BWP Braderup-Tinningstedt)とテクノロジー企業であるボッシュ社が共同で、欧州最大のハイブリッド蓄電器を利用した風力発電施設を建造しました。
日米独の技術を取り入れたハイブリッド蓄電システム
風力発電の欠点は風の有無で発電量が安定せず、常に一定の電力を送電できないことです。ボッシュ社が開発したハイブリッド蓄電システムにより、供給が不安定な自然エネルギーを上手く調整して既存の送電網に送ることができます。
強い風が吹き発電量が短時間で上がった場合、反応が速いリチウムイオン二次電池が蓄電の役目を果たします。リチウムイオン二次電池は携帯やラップトップなどに使われている充電池と構造は、ほぼ同じです。このウインドパークではソニー社のバッテリーモジュール1900個が稼動しています。
そよ風が吹いてる期間はレドックス・フロー電池が、電解質溶液の入ったタンクを利用して電力を貯蔵します。この電池はニュールンベルグVanadisPower社の製品で、ボッシュ社が親会社であるアメリカの UniEnergy Technologies社と共同開発したものです。「リチウムイオン電池と比べると“鈍い”システムです。しかし電力を長期間、貯蔵することができます。電解質溶液の入ったタンクの数を増やせば貯蔵量を簡単に増やすことが可能です」とボッシュ社のヴォルフガング・モレンコップさんは説明します。
風力発電力を、適した電池に貯蔵したり、送電網に放出するのがボッシュ社が開発した蓄電マネジメントシステムです。(図参照)このシステムを取り入れると、たとえ1週間風がまったくなくても、40世帯の家庭が1週間消費する電力量を蓄電できるそうです。
送電網がパンクする、或いは発電所が何らかの原因で運転を止めてしまうなどと、極端な事態が生じた場合、貯蔵された電力が必要となります。このマネジメントシステムでは最大限の電力を供給するまでの時間が極めて短く、すぐにピーク負荷を補うことができます。
委託したのは「市民ウインドパーク」の個人投資家たち
「風が吹いているのにもかかわらず風車が止まっていることがよくあります。発電できるのに、送電網が受け入れきれないからです。実にもったいないと感じました」と過去の状況を話すのは「市民ウインドパーク」の責任者であるヤン・マルティン・ハンセンさんです。発電した電力を蓄電する方法はあるはずだと思い、彼は情報と知識を集めたそうです。
ハンセンさんをはじめ200人の個人投資家が「市民ウインドパーク」を形成し、6機の大型風力発電機を建てたのは去年の末のことでした。1機当りの発電容量は3.3MWです。ちなみに電力1MWとは1時間で1MWh(1000kWh)の電力量を発電できることです。ドイツの1世帯あたりの平均消費電力量は年間3600kWhですから、その電力量が3.6時間で発電できることになります。6機の建設・設置に投資された金額は約3千万ユーロ(約41億円)。ボッシュ社が数百万ユーロと技術を提供して「北部エネルギー貯蔵有限合資会社」が設立され、いつでも約2.5MWhの電力を放出できる発電所ができました。このプロジェクトは税金免除の利点や国の助成などを一切受けていないそうです。
ドイツ北部の将来のエネルギーパワー
市民が共同体をつくり、エネルギー転換を自ら進める例はブラデルップだけではありません。石炭、石油、ガスを燃料とする火力発電から撤退し、持続可能なエネルギーを望む傾向があらゆるところで見られます。不安定ですが、無限にエネルギーを供給してくれる風力発電を効率よく利用するためには貯蔵システムが必要です。電力を貯蔵できれば問題の多い高圧送電網の新設1)は不要となります。第一に電力の地産地消が可能になるからです。第二には余剰な電力を貯蔵することにより、送電網が過負荷ではない時期に電力使用量の多い南ドイツへ送電でき、パンクを防ぐことができるからです。
広い沿岸に建つ風力タービン。ここでは景観や騒音などの問題に対して、苦情はないようです。「この地域のウインドパークに私たちと同じハイブリッド蓄電システムが設置されるとすれば……。そしてドイツ全国のウインドパークに、さらにヨーロッパ諸国のウインドパークに、この蓄電システムが設置されるとなれば、将来、すばらしいエネルギー供給産業が生まれるでしょう」とハンセンさんは鬼に金棒といった表情でした。
ボッシュ社のウェブサイト 、英文
http://www.bosch-presse.de/presseforum/details.htm?txtID=6818&tk_id=107
1)高圧送電網の新設・近代化費用は320億ユーロ、こちゃん
https://midori1kwh.de/2012/06/24/2008
ボッシュ社について
創立者は技術家、発明家、そして企業家であったロベルト・ボッシュ(Robert Bosch 1861-1942)。特に知られている発明品は自動車用の磁気点火装置。ロベルト・ボッシュは社の従業員のためにドイツで初めて8時間労働制を取り入れた。労働者のための社会給付や公正な賃金はその当時進歩的だった。彼は早くも財団法人をつくり、ホメオパシーを基礎とする病院の経営、研究開発、国際交流などに力をいれた。ちなみにボッシュ財団法人は、法律やジャーナリズムを専攻する青年のために日本留学奨学金を提供している。
ウインドパークの写真、 flickr: windwaerts