選挙戦に一石を投じた緑の党の気候保護・緊急プログラム

永井 潤子 / 2021年8月8日

緑の党の共同代表、アナレーナ・ベアボック氏とロバート・ハーベック氏は、8月3日、ベルリンの北にあるビーゼンタール自然公園に記者団を招いて、同党の気候保護・緊急プログラムを発表した。9月に行われる連邦議会選挙の後、次期政権に参加する緑の党の意志を改めてアピールし、政権与党となった場合の気候変動対策を中心とする政策の具体案を示したものだ。

良好な関係を維持するベアボック連邦首相候補とハーベック共同代表©️gruene.de

二人の共同代表が揃って記者会見をするのは、6月の党大会でベアボック氏が正式に次期連邦首相候補に選出されて以来のことだった。40歳の女性であるベアボック氏の連邦首相候補指名はセンセーションを巻き起こしたが、その後同氏の事務的ミスや経歴美化、著書での盗作疑惑などで緑の党は批判にさらされ、世論調査での支持率も大幅に下がった。そのため受け身にならざるを得なかった緑の党が、そのマイナスを挽回しようと攻勢に出たものだ。他党に先がけて、次期政権に参加した場合、最初の100日間に実施する政策の具体案を示したことも注目された。記者会見の場を首都ベルリンではなく、郊外の自然公園で行ない、記者会見の後、記者たちとともに湿原復活の状況を視察したことも、緑の党らしいと受け取られた。

「世紀の大課題、気候保護に対する緊急プログラム」と銘打った緑の党の政権与党としての具体策の前文には次のように書かれている。

我々は気候変動危機の規模を食い止める手段を今ならまだ持っている。我々の生活、我々の豊かな生活、我々の自由を維持することのできる手段を、今ならまだ失っていない。今、我々が断固とした行動をとればとるほど、我々にとって貴重なものを守ることができるのだ。大連立政権(注:キリスト教民主・社会同盟/CDU・CSUと社会民主党/SPDによる連立政権)は、この数年間気候変動対策について議論するばかりだった。今や議論ではなく実行しなければならない時が来ている。次期連邦政府は、気候変動対策に全力を挙げなければならない。

このような前文を持つ緑の党の気候保護・緊急プログラムは、次の10項目からなっている。

1.再生可能エネルギー拡充のスピードをさらに早める

2. 脱石炭の時期を2030年に前倒しする

3.経済界や産業界もカーボン・ニュートラルという目標に適応させていく

4.建造物や建築部門においても「気候攻勢」をスタートさせる

5.移動・交通部門での変革促進

6.「緑の水素」の強化・推進

7. 自然と農業を気候保護と調和させる。

8. 気候保護を社会的な面に考慮しながら実現させる

9.連邦財政を「気候財政」とする

10.欧州連合(EU)を気候保護の 先駆者として、気候保護の外交を展開する

10項目のそれぞれに具体策が書かれているが、このプログラムの一番注目すべき点は、次期連邦政府に緑の党が参加する場合には、連邦気候保護省を新設し、この省に拒否権を持たせるというものだ。つまり、他の連邦各省が提案したことがすべて気候変動防止のためのパリ協定にかなっているかどうかをチェックし、かなっていない場合にはそれをストップさせる権限を同省に持たせるというものだ。ベアボック氏が言う通り、これは確かにこれまで誰もしなかった提案で、過激な提案だと言うことができる。再生可能エネルギーのさらなる促進という部門では、公共の建物や工場などを新たに建設する際には、屋根に太陽光パネルを設置することが義務付けられるという。また、風力については、土地面積の2%を風力施設にあてることや、北海やバルト海の洋上風力も促進し、2035年までに風力発電容量を35ギガワットまで増やすなどと書かれている。脱石炭については、これまで2038年に実現するとされていたものを、2030年に前倒しする。さらに交通手段の改革の支援策には、25億ユーロ(約3250億円)の予算を計上すること、200万トンのCO2を減らすため、アウトバーンの走行速度を130キロに制限することなどが謳われている。

こうした緑の党の緊急プログラムの多くは、同党の綱領にすでに記されていることだが、拒否権を持つ連邦気候保護省の新設などには、緑の党の気候変動に対する危機感が現れており、Freidays for Futureの若者の共感を得ることは間違いなさそうだ。しかし、一般の人のなかには、市民の自由を制限し、一人一人に過大な負担を強いる過激な提案と見る人も少なくなかったようだ。新聞報道によると、ソーシャルメディアでは、批判が殺到したということである。

気候を救い、人間を守る。次期連邦政府のための気候保護・緊急プログラム

ドイツの新聞はどのように論評しているだろうか。

南西ドイツ、バーデン・ヴュルテンベルク州のロイトリンゲンで発行されている新聞、「デア・ロイティンガー・ゲネラル=アンツァイガー」は、緑の党が今、気候保護をテーマに緊急プログラムを発表したのは、同党としての理にかなったものと見ている。

ラインラント・プファルツ州やノルトライン・ヴェストファーレン州の洪水による大災害や南ヨーロッパの猛暑と森林火災による大規模な被害は、気候変動が貧しい国々に被害をもたらすだけではなく、すべての個人を危険に陥れる可能性があることを如実に示した。緑の党がその専門領域を選挙戦の中心テーマに据えたのは、同党にとって、良い結果をもたらすだろう。連邦気候保護省を新設すること、再生可能エネルギーの拡充を強力に促進すること、脱石炭の時期を早めることなどの緊急計画は、あることを明らかにしている。つまり、緑の党が参加した連邦政府は、気候保護対策を何よりも優先させるということである。

フランクフルトで発行されている新聞「フランクフルター・ルントシャウ」も称賛する言葉を記している。

緑の党の二人の共同党首、ベアボック氏とハーベック氏は、次期政権に参加する場合の気候保護・緊急プログラムを発表することによって、賢明な選挙戦のスタートを切った。このため、競争相手も同じように旗幟を鮮明にする必要に迫られる。政治家たちはアール川やエルフト川の氾濫による未曾有の大災害から、どのような教訓を得たのか?特に気候変動に対する緊急対策が、どのような形をとるべきか、明確にしなければならなくなる。こうした問題は、これまでは緑の党のトレードマークだとみなされてきたのだった。緑の党は政権に参加する場合、最初の100日間に行うべきことについて手の内を見せたのだ。

これに反して、同じくフランクフルトで発行されている全国紙「フランクフルター・アルゲマイネ」は次のように批判する。

緑の党の「緊急プログラム」に書かれていることの多くは、たとえ緑の党が参加していなくても次期連邦政権で実行されると思われる。緑の党は森林火災で失われたものをどのように埋め合わせするのか、緑の党が政権に参加している各州で、進展させることのできなかった問題の解決策を、今後、どのようにして促進しようというのか、気候変動防止の「優等生」であるドイツが、世界中の気候変動に無関心な人たちをどうやって変えていくのか、これらすべての問題は、緊急プログラムでも、選挙プログラムでも明らかにされていない。

南西ドイツ、バーデン・ヴュルテンベルク州のルードヴィヒスブルクで発行されている新聞「ルードヴィッヒスブルガー・クライス・ツァイトゥング」も、懐疑的な記事を載せている。

多くの人にとって、また経済界にとっても、緑の党の気候保護政策は、ひどく高いものにつく。気候変動対策で金銭的負担が大きくかかる経済的弱者には、最低賃金を12ユーロ(約1560円)にあげて対応すべきだというが、多くの企業は、それを支払う事ができないだろう。脱石炭に関する妥協案を前倒しにすることについては、選挙後の連立交渉で政治的な抵抗にあうだろう。風力や太陽光エネルギーによる再生可能エネルギーを3倍にする案や拒否権付きのスーパー連邦気候保護省を新設するという案など、すべては他党との連立交渉で承認されるとは思われない。緑の党は連立交渉で多くを得るため、最大限の要求をしていると思われる。

デュッセルドルフで発行されている経済新聞「ハンデルスブラット」の記事は、「緑の党の気候保護プログラムは戦略的に賢明だと言えるかもしれないが、ごまかしがある」というものだ。

緑の党が気候保護・緊急プログラムを発表した事で、これまでの内容のない選挙戦を終わらせた事は評価できる。このプログラムは、すべての生活分野に関わっている。そのため政治的なライバルに攻撃の余地を与えている。CDU・CSUやSPD あるいは自由民主党(FDP)がどのように反応するか、彼らが、これをチャンスと見て、攻撃するかどうか、興味津々である。

当然のことながら、緑の党は、幾つかの中心的な問題について、曖昧な答えを用意するという賢明さも併せ持っている。つまり、気候保護・緊急プログラムで、市民に大きな負担がかかることは、選挙前には明確には説明しないのだ。説明するとしても、選挙が終わってからなのだ。

緑の党の気候保護・緊急プログラムについては、このように様々な意見があるが、私自身の意見はどちらかというと、この「ハンデルスブラット」や「フランクフルター・ルントシャウ」の論調に近いかもしれない。これまで連邦首相候補に対する個人攻撃に終始し、本質的な議論が停滞していた選挙戦に、緑の党が具体的な政策を提示して一石を投じたことは、まず評価できる。また、先ごろのラインラント・プファルツ州やノルトライン・ヴェストファーレン州での洪水による大災害で、180人以上の犠牲者を出したことで、気候変動対策が「待った無し」の緊急課題であることが誰の目にも明らかになった。これまでと同じ生活を続けていては、地球温暖化を防ぐことはできないことも明らかで、経済界や産業界を含めて社会全体を変えていかなければならないという、緑の党の危機感も理解できる。そうした変化に伴う市民や企業への負担を軽減するための枠組みを作るのが、政治家の仕事であろう。要はドイツ社会をあげて、納得のいく、具体策を見いだすことが期待される。緑の党が今回掲げた拒否権付きの連邦気候保護省の新設では、他の省庁の提案した政策がパリ協定に違反した場合、それをストップする権限を同省に持たせるということだが、そうした禁止や制限に基づく政治は却って目標の達成を妨げるのではないかという疑念も抱く。

 

One Response to 選挙戦に一石を投じた緑の党の気候保護・緊急プログラム

  1. ツイーリンスキ 洋子 says:

    永井さん、久しぶりにコメントさせて頂きます。コロナ下でも何の何の執筆意欲は本当に健在ですね! 脱帽です! 今回は今私が一番知りたいドイツ事情、解説がとても分かりやすかったです。日本でもドイツの自然災害に関する報道のショックは大きく、”あの環境優等生のドイツに?!”驚きを持って受け止められました。日本では9月のメルケル政権後の変化も大きな関心を寄せられていますが、この災害を経てドイツの環境保護政策がどのようにより加速されていくのか知りたいところでした。緑の党の政策発案の成り行きに引き続き注目ですね。 それにしても日本の菅政権のカーボンニュウトラル政策には”原子力発電の新規設置も止む得ず”との下心が丸見えで腹が立ちます。 また記事を楽しみにしています!