大統領府の光のメッセージ
「キリストの生誕を祝うクリスマスは、光のお祭りです」と、あるキリスト教徒から聞いたことがある。寒くて暗い夜、クリスマスツリーの灯りにどれだけの人が勇気付けられることか。キリスト教徒にとっては暗闇を照らす一筋の灯りが、クリスマスを象徴するようだ。ベルリンにある大統領府のベルビュー宮殿の前庭には、今年も中央に大きなクリスマスツリーが立ち、両脇の小さな4本の木も、イルミネーションで飾られている。さらに12月15日から17日までの3日間、午後4時半から10時までの間は、大統領府の建物を舞台に、光と言葉の芸術が楽しめた。これはシュタインマイヤー大統領が行ったLichtblick「希望の光」という意味のアクションを通じての市民との対話を示すものだった。
シュタインマイヤー大統領は12月1日から17日まで、ドイツに暮らす市民に対し、このアクションに参加するよう呼びかけた。シュタインマイヤー大統領は「コロナ危機に直面した皆さんが、どういうことを考えたり感じたりしているかを知りたいと思います。コロナ危機による不安や悩み、あるいは感動したことや心に鬱積していること、我々の社会に対して要求することや将来の希望などをwww.bundespraesident.de/lichtblickにお寄せください」と呼びかけたのだ。
その結果、全部で2011のメッセージが寄せられたが、そのうち12月15日までに寄せられた846のメッセージが、光のショーの中に取り上げられたという。12月15日から17日までの3日間、それぞれ5時間半にわたって大統領府の正面に映し出された光のショーは、市民から寄せられた言葉と大統領のメッセージを映し出すものだった。インスタレーションを制作したのは、「Hartung und Trenz」という光と空間、言葉の芸術を専門とするグループだ。彼らは2019年にケルンの大聖堂で行った「Dona Nobis Pacem(私たちに平和を与えてください)」というプロジェクトで「ドイツ光のデザイン賞」を受賞している。大統領府を舞台にしたこの光と言葉の芸術は、もちろん大統領府前で見られたほか、大統領府のホームページやFacebookでも流された。この光のショーは、今でもこれらのサイトで見られる。
シュタインマイヤー大統領は12月15日の夕方、光のショーのオープニングに際して大統領府の正面玄関前に夫人と共に立って、次のように挨拶している。
コロナ禍の今年が終わるに当たって、過去数カ月を振り返ってみる時、市民の皆さんの中には、失望や孤独、心配事や将来の不安を味わい、失業の苦しみに見舞われた人も多かったかと思われます。また、コロナのために苦しんだ人たちや祖父母や父母、夫や妻といった最愛の人を失った悲しみを味わなければならなかった人たちも、少なくありませんでした。お互いに慰めを必要とする時なのに、今は人との間に距離を置かなければなりません。それも、よりによって身近かな暖かさを恋しく思うクリスマス前の時期なのにです。クリスマス前の喧騒の代わりに、今は空虚と静けさが支配しています。コロナ危機のため、我が国は暗闇に覆われたように見えます。こういう時に将来への希望を語るのは難しいかもしれません。
しかし、希望は存在しています。過去数カ月の間も希望が失われることはありませんでした。希望は今や何百万本のワクチンという形で現れました。もちろんパンデミックの収束までには、まだまだ長い道のりがあるでしょう。しかし、その道のりを長く、困難なものにするかどうかは、我々自身にかかっています。もし私たちが今、忍耐を失ってしまったら、 ウイルスの抑制に一層長い時間を必要とすることになるでしょう。しかし、これまでと同じように他人に配慮し、連帯の気持ちを失わなければ、共に手を携えて困難を乗り切ることができるでしょう。コロナ禍に直面した今年の私の個人的な希望の光は、理性と団結という言葉に凝縮されています。理性を持ってお互いに配慮し合い、協力し合って、事に当たるということは、上からの命令でできるものではありません。我々の社会の中から生まれるものです。他人のことに配慮し、ホームレスを助け、お年寄りや病人に対し、隣人としての支援をすることです。これは決して小さなことではありません。こうしたことが私たちの国を強くします。そして、これは、この厳しい冬を乗り切れるだろうという確信を、私が持つことができる理由でもあります。(以下略)。
この挨拶の中で大統領は市民から届いた言葉の中で、特に印象に残った言葉として、「私たちが再び抱き合ってお互いに慰め合う日が来るのを、あるいは単に暖かさを示すだけに抱擁し合う日が来るのを、私は心から願っています」というベルリンの男性の言葉と「一人では重荷になる事も、皆で支えれば軽くなり、うまくいくという確信も生まれます」というヘッセン州のカルデンに住む女性の言葉をあげていた。
シュタインマイヤー大統領は、「私たちは苦悩を分かち合うと共に希望も分かち合います。そこから困難を克服する力も生まれてきます。まだまだ困難な道が続きますが、共に力を合わせて歩もうではありませんか」という言葉で、光のショーのオープニングの挨拶を締めくくっている。
ベルビュー宮殿は、私の住むアパートから歩いて5分の所にあるので、私は16日の夕方行ってみた。この日は午後4時ごろからもう暗くなっていたが、4時半以降、大統領府の前庭の道路に面した部分には、囲いが作られ、人が”密”にならないよう、警官が見守っていた。大統領府前まで見に来ていた人は、まだ20人から30人程度。声を出してドイツ語の文章を読んでいる人たちもいたが、抱き合って黙って文字の光のショーを見つめていたカップルなどもあった。だが、カメラや携帯で写真を撮るのに忙しい人たちが、ほとんどだった。
大統領府の建物がまず光の中に浮き彫りにされた。そして建物全体をスクリーンに、さまざまな色のデザインが次々に示されていったが、最初に大きく写し出された文字は、民主主義を意味するDEMOKRATIEの文字だった。それに続いて、たくさんの白い光の文章が縦になったり、横になったり、時には風に揺らぐ木のように揺れたりしながら、映し出されていく。時々飛んで行ってしまう文字もある。しばらく見ていると、長短さまざまな文章として示されるのが、市民から寄せられた言葉であり、時々一つの単語が大きく映し出されるのがシュタインマイヤー大統領のメッセージだと気づく。市民から寄せられた言葉は長いものが多く、場面が早く移り変わるので、なかなか読み取るのが難しい。
私が市民の言葉で最初に読み取れた言葉は短い言葉だけだったが、それらはドイツ語だけではなかった。ヘブライ語の今日は!という挨拶の”Schalom”の文字も目にしたが、これはもともと平和という意味だということも思い出された。”Ho, Ho, Ho, Let’s go!”という英語も目にしたが、これが何を意味するかは私にはわからなかった。”Fridays for Future” というのもあった。ドイツ語では ”Wir schaffen Zukunft.(私たちは未来を創造することができます)”という言葉が目に飛び込んできたが、これはメルケル首相が2015年に大勢の難民受け入れを決めた時に言った有名な言葉、”Wir schaffen das.(私たちはそれを成し遂げることができます)”を連想させた。「マンハッタンに暮らす一ドイツ人から、ベルリンに心からの挨拶を送ります」というのもあった。
「私の望みは、子供達が今後も平和で自由な社会に生きる事です。そうした社会の中で、子供達がそれぞれの能力を生かすチャンスを与えられよう、願っています」。
「最愛のおばあちゃん!おばあちゃんは今年102歳になりました。でも私たちは抱き合って喜ぶこともできませんでした。でも、頑張りましょう!抱き合って喜ぶのは、来年2021年の103歳のお誕生日まで、お預けにします」。
「私は再び世界を発見したいです。私は海を、山を、恋しく思っています。遠くへ旅行したいです」。
「ベルリンに心からの挨拶を送ります。世界で最も素晴らしい都市、ベルリンをまもなくまた訪れることができますように!」
「2020年は、コロナのために他人との間に距離を置かなければなりませんでした。それでいながら隣人の身近さを感じることができた年でした。そのことに感謝しています」。
「私は、ドイツが今後も安定した民主主義の国であり続ける事を、心から願っています。コロナも過激な政党も、ドイツの民主主義を覆す事に、決して成功しませんように!」
「私はドイツを私の故郷と呼べることに、このパンデミックの年ほど感謝の気持ちを抱いたことはありませんでした。これからも社会的な公平さを保つ国でありますように!」。
”German Angst(英語とドイツ語の合わさったもので、直訳すると、ドイツ人の不安)”という言葉があるように、ドイツ人は心配性で、怖がり屋だとか、不安に陥りやすい性格だとか思われているが、市民のメッセージの中には意外にも不満や怒りを示すものが少なく、前向きなものが多かったように思う。これは「希望の光」というアクションのためだったかもしれない。
さまざまな市民の言葉の間に、時々シュタインマイヤー大統領のメッセージが浮き彫りにされる。その言葉を書き出してみると、大統領がこのコロナ危機に当たって国民に勇気を持って困難に当たるよう、お互いに協力し合って危機を乗り切るよう、励まそうとしている気持ちが良くわかる。最初のDEMOKRATIEの後は、ZUSANMMENHALT(団結)、RESPEKT(尊敬、敬意)、DIALOG(対話)、ZUVERSICHT(事がうまくいくという確信)、MUT(勇気)。大統領の言葉は、最後にまたDEMOKRATIEが出てきて、終わった。もしかしたらドイツの大統領は、世界的にフェイクニュースが横行し、分断の傾向が強くなっている現状に警鐘を鳴らし、民主主義の重要性を強調したかったのかもしれない。
こうした言葉の光のショーを眺めている間に、40年以上ドイツに暮らし、ベルリンでの生活も20年以上になる外国人の私も「自由でオープンなベルリンでの生活を楽しんでいることに対して、感謝の気持ちをシュタインマイヤー大統領に伝えてもよかったな」という気持ちになったのだった。
なお、シュタインマイヤー大統領は、12月25日、テレビを通じて行ったクリスマスの挨拶の中でも、「私たちには希望を持つ十分な理由があります」と強調した。大統領は、現在集中治療室でパンデミックと闘っている人たちへの思いを述べ、危険にさらされながら治療にあたっている医師や医療従事者、施設で献身的に働く人たちなどへの感謝の気持ちを表明した。その上で「間も無くワクチンの接種が開始されることで、ようやくトンネルの向こうに光が見えてきました。私たちがこれからも理性と忍耐を失わなければ、少しずつ出口が見えてくるはずです」と述べて、国民を励ましている。
光のショーの様子はこちらでご覧になれます。
光のショーという> だけでなく、本当に内容のある、いい企画だったのですね。
首相、大統領とも心からのメッセージを発していることが受け取られ、翻って我が国のことを考えると、情けないの一言です。この記事でまたいろいろなことを知り、書いてくださったことに> 感謝しています。
この記事の中に出てきた、”Ho, Ho, Ho, Let’s go!”は、 サンタクロースの言う決まり文句です。アメリカ由来だと> 思うのですが、サンタクロースは”Ho, Ho, Ho!”と言いながら登場するきまりらしく、そのときの間投詞。”Let’s go!”はトナカイの引く橇に乗って、プレゼント配りに出発するときの号令。「出掛けよう!」
Viele Gruesse aus Tokyo!
早速ご感想をお寄せくださり、ありがとうございました。そしてHo,Ho, Ho,Let’s goの意味をお知らせくださったことに感謝しています。英語圏の人なら誰でも知っているような言葉を知らなかったのは、恥ずかしいですが、おかげで一つ勉強しました。
シュタインマイヤー大統領やメルケル首相のような政治家を国のトップに抱くドイツ人は、幸せな人たちだと思います。そして外国人の私も、自由で民主的で、オープンなドイツで長年暮らせることに感謝の気持ちを抱いています。
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ベルリンのクリスマスイルミネーションの美しさを思い出しながら読みました。コロナの夏ごろにはドイツでマスク強制反対デモが広範囲で起こり先行きを心配していました。そしてコロナ感染の死者も驚くほど増えて国のコロナ感染対策はどうなっているのかと思っていました。 ドイツの首相と大統領どちらからにも知性、指導力とモラルが彼らから発せられるメッセージに込められていて、将来の国の、社会の在り方に希望が見えるように、国民が一緒に頑張ろう‼っという気になれるように伝えられているのが素晴らしいと思っています。 いつも比較されることですが、こちらでは日本の政治家の劣化が止まらず、社会にも戦前の公安のような”コロナ市民警察”なる存在があったり、医療関係者への偏見イジメがあったりの我が国の危機にに際しての姿は残念の一言です。 今回のコロナ騒ぎで世界各国の危機管理能力の差が表立って見えたように、また各国の指導者たちの指導力の違いも鮮明だったように思えて、危機の中ですが、それはそれでとても興味深い物がありました。次回の通信を楽しみにしています。
ベルリンから、このように力強いメッセージを発信してくださる永井潤子さんのご健康とご活躍を、コロナへの
対応がお粗末極まりない日本から、心よりお祈りします。
ヨウコツィーリンスキさま、黒沼敏子さま、
ご感想、嬉しく拝見しました。ありがとうございました。ドイツではクリスマス明けからワクチンの接種が始まりました。ドイツで最初にワクチンを接種されたのは101歳の女性でした。いろいろなドラマがあります。そういうこともまたお伝えしますので、他の記事もごらんになっていただけたら嬉しいと思います。どうぞよろしく。