ドイツに社会民主党の新政権誕生

ツェルディック 野尻紘子 / 2021年12月12日

12月8日午前、ドイツ連邦議会には9月26日の連邦議会選挙で新たに選出された議員が一堂に集まり 、今回の選挙で第1党になった社会民主党(SPD)のオーラフ・ショルツ氏を新たな連邦首相に選出した。ショルツ氏はその直後に大統領府に赴き、フランク=ヴァルター・シュタインマイヤー連邦大統領から辞令を受け、再び連邦議会に戻り、連邦首相として国民に仕えることを宣誓した。新首相の誕生した瞬間だ。続いて男女16人の閣僚も大統領府に向かい、大統領から辞令を受け、連邦議会に戻って、議会の前で宣誓した。そして新政権が樹立した。

連邦議会で国民に仕えることを宣誓するショルツ新連邦首相

ショルツ首相(63歳)は、ドイツ統一以前のヴィリー・ブラント元首相(任期1969 – 1974)やヘルムート・シュミット元首相(同1974 – 1982)、それにドイツ統一後のゲルハルト・シュレーダー元首相(同1998 – 2005)に次ぐドイツ連邦共和国建国以来4人目のSPD の連邦首相だ。今まで16 年にわたってドイツを率いてきたキリスト教民主同盟(CDU)のアンゲラ・メルケル氏の後を継いだ。メルケル氏は、既に選挙前に政界からの引退を宣言しており、今回の選挙にも出馬していなかった。

新政権はSPD、緑の党、そして自由民主党(FDP)の3党からなる連立政権で、各党のシンボルカラーがSPD は赤、緑の党は緑、FDP は黄色であることから「信号連立政権」とも呼ばれる。ブラント政権とシュミット政権はSPDとFDP  の連立だったし、シュレーダー政権はSPD と緑の党の連立だったので、 SPD は、FDP とも緑の党とも連立を組んだことがある。しかし、それらの連立政権はかなり以前のことだ。そもそも、連邦レベルでの3党連立は、戦後の混乱期を除いて、今回が初めてのことだ。

9月の選挙で、SPD は25.7%、緑の党は14.8%、FDP は11.5%、またCDUとその姉妹党であるキリスト教社会同盟(CSU)は 合わせて24.1%の得票率を獲得している。SPD とCDU・CSU は初めから、過去8年間の連立政権を続ける気持ちは全くないと主張していた。SPDと緑の党は、内容的により近いとされるが、両党だけでは過半数に満たないために、政権を握るには FDP が必要だった。また、FDPは内容的に今回の選挙で敗北したCDU・CSU に近いとされたが、やはりCDU・CSUと組むだけでは過半数に達しなかった。緑の党は2005年以来連邦政権に携わっておらず、また、FDP は2017年の選挙後に行われたCDU ・CSUと緑の党との連立交渉を途中で打ち切って野党に回るなどの苦い経験をしている。そのため、緑の党とFDPは今回、政権に就くことにとても意欲的だった。

3党の幹部が作成した連立協定を党が正式に承認することで、連立政権にゴーサインが出た

両党は一応、CDU ・CSU とも話し合いを持ったが、早い時期にSPD との連立交渉を進めることに決めた。そして、11月24日に、3党が政権に就いた際には、任期内にどのような政策を追求していくかということをまとめた連立協定を発表した。協定書のタイトルは「一層の進歩を目指そう(Mehr Fortschritt wagen)」というもので、これは、ヴィリー・ブラント元SPD首相がより良い東方外交を求めて1969年に行った施政演説のタイトル、「一層の民主主義を目指そう(Mehr Demokratie wagen)」にちなんでいる。ちなみに、同氏は優れた東方外交が評価され、1971年にノーベル平和賞を受賞している。

11月24日の記者会見でこの連立協定を発表したショルツ氏は、「連立新政権は3つの対等な政党からなる政権で、我々は、この国をより良くする事を念頭に置いている。(3つの政党間に、大きな意見の相違があるからとして)最低限の共通の目標を達成するものではなく、最も大きな効果を発揮する政治を成し遂げることが目的だ」と述べている。首相以外の閣僚は、 SPD は内務相、防衛相、労働・社会相、保健相など7人、緑の党は外務相、新たに編成される経済・気候保護相など5人、そして FDPは財務相、交通相を含む4人を占めることに決まったと発表された。首相を除く閣僚数は16人だ。

連立協定には、気候重視のグリーン経済に移行するための広範な計画が掲げられている。 2030年までには、ドイツで供給する再生可能電力の割合を今まで考えられていた65%から80%に増やす。その目的達成のために風力発電装置の設置を強力に推し進め、それに国土の2%を当てる。脱石炭火力発電を出来るだけ2030年までに達成する。そしてガソリン車やディーゼル車の販売を2035年までに停止する。また、社会の格差是正も大切なテーマの一つで、労働者の最低賃金を時給12ユーロ(約1548円)に上げること、より公平な児童支援金の導入、家賃の上昇を抑えるためにも年間40万戸の住宅を建設することなどが含まれる。さらにコロナ・パンデミックが終わった後、遅くとも2023年には再度、財務制限を導入することも唄われている。

一方、年金の受給年齢を引き上げることや増税は課題から外された。また、アウトバーンでの時速制限も実施されないことになった。

コロナのために、間隔をあけて内閣の席についた新閣僚

この連立協定では、3党の間に意見の相違があった事柄に関して、FDP の意見がより多く通ったような印象を受ける。事実、ドイツ公共第一テレビ(ARD)が12月2日に発表した世論調査の「どの党が連立交渉で最も沢山、自身の意見を通したか?」という設問に対し、「それはFDP だった」と答えたのは回答者の37%、「SDP だった」は32%で、「緑の党」と答えた人は13%でしかなかった。背景には、緑の党の共同代表の一人であるローベルト・ハーベック氏の希望が叶わず、FDP のクリスチャン・リントナー党首が財務相になったことや、地球温暖化対策で大きな頭痛のタネになっている交通部門を管轄する交通省もFDPに渡ってしまったことなどがある。さらに、高額所得者に限って増税を導入すると主張していたSPD や緑の党が意志を通せなかったこともある。しかし 、この連立協定に対する党員や党代表の支持率、つまりこれから先4年間は、この連立協定の指針に沿って政治を行っていくことに、特別に開催された党大会で賛成だとしたSPD代議員は98.9%、FDP代議員は92.2%だった。また、緑の党の党員投票で賛成だとした党員は86%だった。3党の承認が揃ったのは12月6日で、これにより信号連立政権発足の前提が整ったのだった。

この連立政権が目指すのは、ドイツの更なる前進だという。ショルツ首相は、以前から閣僚の数を男女均等にすると確約していた。そして新政権はショルツ氏を除き、8人の女性閣僚と8人の男性閣僚からなっている。今、新政権の目の前にある課題は感染が急拡大している新型コロナ・ウイルスへの対応だ。この資源とエネルギーを要求する課題が1日も早く解決され、新政権の目指す、社会が前進する日を待っている。

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