ディーゼル車の走行禁止は可能

ツェルディック 野尻紘子 / 2018年3月4日

ドイツの連邦行政裁判所は2月27日、ディーゼル車の排出する酸化窒素に関して、「空気中の酸化窒素が欧州連合(EU)の定める限界値を越さないために、都市などの地方自治体が、特定のディーゼル車に対して走行禁止を命ずることは許される」という 判決を下した。しかし裁判官は、走行禁止により過酷な状態が発生することを避けるよう注意を促し、例えば段階的な走行の禁止を導入するなど、 釣り合いの取れた措置をとるように提案した。ディーゼル車の走行禁止については、昨年夏にシュトゥットガルトの行政裁判所が「ディーゼル車の市内の走行禁止も認める」という判決を下して以来、ドイツで大きな懸案となっていた。

EUは健康に害を与えない空気中の酸化窒素の上限を、世界保健機関(WHO)の推薦に従って年間平均で1立方メートル当たり40ミクログラム(μg)と設定している。酸化窒素は気管支疾患や心臓病の原因になり、ドイツでは年間1万2000人程度の人たちが酸化窒素のために死亡していると見なされている。ドイツではミュンヘンやシュトゥットガルト、デュッセルドルフなどの大都市を始め、中規模の都市でもこの値を超えているところが多い。この事実に対し、環境保護団体であるDUH(Deutsche Umwelthilfe)は、一昨年と昨年に、デュッセルドルフとシュトゥットガルトを相手に、多量の酸化窒素は健康に悪いので、その原因とされるディーゼル車の走行禁止を求めて地裁で訴訟を起こし、「ディーゼル車の市内の走行禁止を認める」という判決を勝ち取っていた。今回の訴訟は、シュトゥットガルトのあるバーデン・ヴュルテンベルク州とデュッセルドルフの所在するノルドライン・ウェストファーレン州が、上訴したもので、住民の健康と、所有物の没収にも等しいと見なされるディーゼル車の走行禁止のどちらが重要であるかが問われた。

連邦行政裁判所の判決は、ディーゼル車の走行禁止を命令したものではなく、走行禁止が法的に可能であることを示したもので、特定のディーゼル車の即座の全面的な 走行禁止を許すものもではない。「全面的な走行禁止は、ディーゼル車の持ち主に対する補償の手段が決められていないため、法律違反になる」と各州の関係者が 強く主張し、連邦行政裁判所も同じ結論に達したものと見られる。

ドイツのあちこちの都市で空気中の酸化窒素の含有量が高い理由は、車の交通量が多いことだとされる。酸化窒素の6割までは自動車の走行が原因だと言われ、その内の50%をディーゼル自家用車が、28%をディーゼルで走るトラックが、そして残りはディーゼルバスとガソリン車が排出しているという。

ディーゼル車の登録台数は1990年ごろから急増した。燃費が良く、エンジンが長持ちすること、そして出力の大きいことが背景にある。また、二酸化炭素の排出量が比較的少なく、気候温暖化に負担が少ないことも利点となっている。現在ドイツを走行しているディーゼル乗用車は約1500万台だが、これらは古い方から順にユーロ1〜ユーロ6の規格のいずれかに属し、古い車ほど沢山の酸化窒素を排出している。2015年から販売されている新しいユーロ6規格のディーゼル車は全体の約18%を占め 、酸化窒素の排出量が比較的少ないので、一部を除いて走行禁止の対象にはならない 。問題があるのはそれ以前のユーロ1〜5規格のディーゼル車約1000万台だ。このうちの約40%はユーロ5規格、23%がユーロ4規格に属する。

ユーロ1〜5規格のディーゼル車の酸化窒素の排出量を少なくするためには、まず、車に取り付けられている酸化窒素削減用のソフトウエアをアップデートする方法がある。しかしこれはあまり有効ではないと言われている。効果的なのは排気ガス清浄装置の取り付けで、これは欠かせないとも言われる。ただ、この装置の取り付けには車1台当たり約1500ユーロ(約20万円)の費用がかかるとされ、誰が負担するかが大きな問題になっている。

連邦行政裁判所の判決に対し、メルケル首相は「改善が必要ないくつかの都市に関わることで、全ての都市に関わる問題ではない。また、全てのディーゼル車の持ち主が対象になるわけでもない」と語った。ドイツでは昨年9月の総選挙以来未だに新政権が樹立していないので、現在暫定的に任務を負っているシュミット連邦交通相は「はっきりした目標は走行禁止を避けることだ」とし、8月に業界と政府代表の集まりで決まった措置を指して「禁止は避けられる」と発言した。同じく暫定的に執務をとっているヘンドリックス連邦環境相は「走行禁止以外の方法で空気の質を改良し、走行禁止を可能な限り回避することが目的だ。また、排気ガス清浄装置の取り付けには自動車メーカーに責任がある」と述べた。しかし「清浄装置の取り付けを義務付けるのは法律上難しい」とも付け加えている。マース暫定連邦法務相は、酸化窒素の排出量低下のEU規定が2010年から決まっていたのに、そのための努力をしてこなかったメーカーの怠慢に対して「消費者が勘定を払わされるのは不都合だ」とインタヴューで答えている。

連邦行政裁判所の判決に対する各州の反応も様々だ。報道によると、バーデン・ヴュルテンベルク州では今年の秋からユーロ4規格以下のディーゼル車を、2019年9月からはユーロ5規格のディーゼル車の走行禁止を考えているようだ。同州には優秀なドイツ企業が集中しており、住民も比較的裕福だとされる。そして同州で登録されている全ての車の80%は、現在すでに走行禁止の対象にはならないという。ニーダーザクセン州には、ノルドライン・ウェストファーレン州などのように大都市が密集していないし、北ドイツ平野に位置するので、北海とバルト海からの風が通り抜けて、酸化窒素の含有量の非常に多い都市はない。もちろん酸化窒素が40ミクログラムを超える都市もあるが、過去数年来、酸化窒素は減ってきていることもあって、州政府は将来的にも走行禁止が避けられると見ている。またハンブルグ(州と同格)は連邦行政裁判所の判決以前に、交通量の特に多い2本の大通りからユーロ6規格以下のディーゼル車とトラックを追い出そうと計画しており、この4月末から全国で初めて、2.3 kmの区間でディーゼル車の走行禁止が実現する。そのための道路標識も注文されているという。

ドイツでは以前から、もし都市がディーゼル車の走行禁止を導入する場合には、具体的に、どのように実施すべきかが議論されてきた。各都市が異なる規制を敷けば混乱を招く。 それに走行する車のうち、どれがディーゼル車で、そのうちのどれがどの規格の車か、またどの車に排気ガス清浄装置が付いているかなどは外見からでは判断できず、そのチェックを警察官などに任せることは不可能だ。そこで、酸化窒素の排出量の少ない車だけに貼る全国共通の「ブルーのステッカー」を導入するという案が上がっていた。車にブルーのステッカーが貼ってあれば、誰が見てもすぐ分かる。だだ、このステッカーが導入されると、古いディーゼル車は全国の制限の敷かれた都市で走行ができなくなる。自家用車だけでなく、路線バスや清掃車、配達業者や職人が使っている車、種々の物資を遠方から市内に運び込む運搬車も乗り入れが不可能になり、経済に大きな害をもたらすと主張されてきた。

これまでの政権は、それを理由にブルーのステッカーの導入を拒んできたが、連邦行政裁判所の今回の判決で走行禁止が可能になるので、これから誕生する新しい政権は、ステッカーの導入が避けられないだろうと見る向が増えている。また、メーカーには排気ガス清浄装置の取り付けに加えて、これからも、昨年秋から支払ってきた古いディーゼル車の買い替えへの補助金の拠出が待っている。

なおドイツは、EU加盟国である英国、フランス、スペイン、イタリア、ハンガリー、ルーマニア、スロバキア、及びチェコ同様、過去7年間に、EUが定めて自身も同意した酸化窒素の限界値を守れないでいる。そのため、EUから「適切な措置が取られず空気中の酸化窒素の含有量が下がらない場合には、罰則を適用する」と言い渡されている。罰則とは、高い罰金になるそうだ。

 

 

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