森が死んでいく!

池永 記代美 / 2021年3月7日

新鮮な空気に触れるのが好きなドイツの人たちは、どんなに寒くても 散歩に出かける。ベルリンに限って言えば、市の真ん中に森のように木がうっそうと茂るティアガルテンという大きな公園があるだけでなく、市内のあちこちに公園や緑地が点在しているので、散歩をする場所には事欠かない。しかし散歩好きのベルリンっ子に最も愛されているのは、郊外に広がる森だ。ところがベルリンだけでなくドイツ全国の森が、今、危機的な状況になっているという。

「ヘンゼルとグレーテル」や「赤頭巾ちゃん」など、ドイツの童話には森がよく登場する。そのせいかドイツには森がたくさんあるような印象を受けるが、国土に対する森や山林の面積の割合は日本が68%なのに対して、ドイツは33%ほどしかない。 それにも関わらず、日本よりドイツの方が生活の中で森が身近に感じられるのは、海沿いの平地に人口が密集する日本と違い、ドイツではライン川沿いなど一部の地域を除いて都市が分散しており、その周りが森で囲まれているからだろう。首都でありドイツで最も人口が多いベルリンでも、市内中心部から20分も電車に乗れば、深い森の入り口に行くことができる。

森は人々にとって、石造りの家やアスファルトで舗装された道路から解放されて自然に浸れる安らぎの場であり、友人たちと時間や空間を共有する社会的な場でもある。しかし森の働きはそれだけではない。多様な動物や生物の棲家でもあり、木材という資源を生産する場所でもある。さらに、森の木々は大気中の二酸化炭素を吸収して、 酸素を発生させるという空気清浄器の役割も果たすし、葉から水分が蒸発することで気温が下がるので、天然のクーラーの働きもする。

『森の状態調査結果2020』全国416カ所で、1万76本の木を対象に調査が行われた

私たち人間にとってこんなに貴重な存在である森だが、2 月24日にドイツ連邦食料•農林省が発表した『森の状態調査結果2020 』という報告書によると、その状態が極めてよくないことが判明した。ドイツでは1984年から、環境の変化とその森林生態系への影響を把握 するために、森の樹木の調査が行われてきたが、今年は調査が始まって以来、最悪の結果だというのだ。毎年この調査では、木の樹冠(枝や葉が作る木の冠の部分)の葉の茂り具合を調べ、 理想的な状態のもの(損傷度0)、要注意(損傷度1)、葉が落ちてスカスカになっている不健康なもの(その度合いにより損傷度2と3)、枯れているもの(損傷度4)の5段階評価することになっているのだが、今年は損傷度0の木の割合は全体の21%と、今までで最低だった2019年の22%をさらに1ポイント下回ってしまったのだ。ドイツの森を構成する主要な木はトウヒ(25%)、松(23%)、ブナ(16%)、 ナラ(11%)だが、中でも状態が悪化したのはトウヒで、昨年と比べて、木が健康であることを示す損傷度0の割合は28%から21%に減り、その代わり損傷度2と3の合計は36%から44%に増えた。落葉樹のブナも損傷度0の割合は16%から11%に減り、木が衰弱していることを示す 損傷度2と3の合計は47%から55%に増えた。この報告書を発表した記者会見で、 ユリア•クレックナー連邦食料•農林相は、「かつて酸性雨で森が死んだと言われたことがありましたが、今こそまさに森が死につつあるのです」と警鐘を鳴らした。

しかし、この結果を聞いて、驚いた人はあまりいなかったのではないだろうか。というのも、ドイツは2018年、2019年と2年連続して強烈な猛暑と干ばつに襲われたからだ。森を歩くと、水不足で縮れたりシワが寄ったり、まだ秋になっていないのに黄色く変色したりしたブナの葉を見かけたものだ。陽射しが強すぎるからか、樹皮が割れて剥がれているような木も多かった。キクイムシによる害も度々報じられた。木が衰弱すると、キクイムシから身を守れなくなり、キクイムシがさらに繁殖し木を傷めるという悪循環に陥るそうだ。それにベルリンを囲むブランデンブルク州では、山火事も頻繁に起きた。同州では東ドイツ時代に、成長が早く、材木として手っ取り早く収益をあげることができる松がたくさん植林され、松だけのモノカルチャーの森が多い。しかし広い葉のある落葉樹と違って針葉樹の松は日陰を作らないため 森の中の温度が早く上昇し、火事が発生しやすいそうだ。こうしたことからわかるように、森は気候変動や植林という人間の都合で起きた現象の犠牲になっているのだ。2019年前半だけで、ドイツで1200キロ平米の森が死んでしまったという。

安らぎだけでなく、生命力ももらえそうな気がするナラの大木。

酸性雨に対しては、工場の排気ガスに規制をかけたり、自動車に触媒を取り付けることを義務付けたりして問題を解決することができたが、気候変動が森にもたらす悪影響を取り除く即効薬はない。ドイツ中の森に水をやることは不可能だし、森の木を入院させる病院もない。環境団体などは、これは長期的に解決しなければならない問題だとして、モノカルチャーの森をできるだけ混合林(針葉樹と落葉樹が混ざった森)にしていくこと、それもその土地の環境にあった在来種の木を植えて行くことを提唱している。実際にベルリンでは2020年秋に、42万5000本のナラ、ブナ、菩提樹、カエデなどの落葉樹を中心に市内の森に植樹したという。ドイツの森は年に1億2700万トンの二酸化炭素を吸収し、それはドイツの産業部門が1年に排出する二酸化炭素の14%に当たるという。森は私たちにとって休息のための場所であるだけなく、気候変動をなくしていくための重要なパートナーでもある。もっともっと、大切にしていかなければならない。

 

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