ロックフェラー家、石油ビジネスから撤退

永井 潤子 / 2016年4月24日

ミュンヘンで発行されている全国新聞、南ドイツ新聞は、このほど「国際調査報道ジャーナリスト連合」(ICIJ)とともにタックスヘイブン(租税回避地)の秘密ファイル、いわゆるパナマ文書を入手して公表、脱税を狙う世界中の富裕層を震撼させた。その南ドイツ新聞が先ごろ一面トップに掲載した「みどりの資本家たち」という見出しの記事も、少なからず注目された。

南ドイツ新聞のこの記事には「かつて石油がロックフェラーを億万長者にしたが、この有名な大富豪一家が今や化石エネルギーのビジネスから撤退する。気候温暖化防止のためで、他の大資本家たちもこの分野から資本を引き上げる」という小見出しも付いていた。

金額は比較的少ないかもしれないが、この決定の持つ象徴的な意味は極めて重要である。20世紀の初め、利潤のためには環境破壊もいとわず、厚顔無恥の資本家のシンボルとみなされたロックフェラーの家族が、環境保護の理由から世界最大の国際石油資本、エクソンモービル社の持ち株を売却し、石油ビジネスから撤退することを決定したのである。

ロックフェラー・ファミリー財団(RFF)は、今回の決定の理由を、エクソンモービル社が、世界の気候に与える石油利用のリスクについて何十年にもわたって世間を欺いてきた疑いがあるからだとし、「当財団は、道徳的に非難すべき行為から距離を置くため、エッソガソリンのメーカーから撤退することを決定した。我々は公共の利益をこれほど明らかに軽視する企業と関係を持つことはできない」と同財団の声明文には記されている。

ニューヨークの検察当局は、テキサスに本社を置くエクソンモービル社が、一般市民や株主を欺いただけでなく、気候温暖化に与える石油事業の影響を過小評価する研究に何十年にもわたって資金援助してきた疑いで昨年以降、捜査を開始している。

ロックフェラー・ファミリー財団の今回の決定は、より規模の大きいロックフェラー・ブラザース財団の決定に従った形になる。ブラザーズ財団の会長で、創業者のジョン・Dロックフェラーの子孫であるシュテファン・ハインツ氏は、すでに気候温暖化ガス削減のため、化石燃料から撤退することを明らかにしており、昨年6月のドイツの新聞とのインタビューでも「今後はより公正で、持続可能で、平和な世界のために投資する」と語っていた。

ロックフェラー・ファミリー財団の今回の決定は、最近の大投資家に見られる傾向をさらに強化すると思われる。世界の大資本家グループの間では、気候に悪影響を与えたり、道徳的に非難されたりする企業への投資を敬遠する傾向が生まれている。主な理由は、世間一般からの批判と圧力を受けて投資家のイメージが傷つくことに対する不安からだが、そればかりではない。経済的な理由も重要な要素となっている。近年特に石炭産業への投資を初め、石油産業や原発への投資が、投資家にとって経済的なリスクを伴うものになっているからである。ドイツの脱原発という政治的な決定や昨年12月パリで開かれた国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(C0P21)で世界各国が化石燃料から段階的に撤退することを決定したことなどが影響している。ニューヨークのコンサルティング会社、マーサーの分析によると、石油産業の株式価格は2050年までに現在の3分の1に下がり、石炭産業にいたっては4分の1にまで下がると予想される。この予想は、気候温暖化の影響が金融市場にまで及ぶことを示している。

以上、南ドイツ新聞の「みどりの資本家たち」の記事を紹介したが、ベルリンの全国新聞、ディー・ヴェルトや日刊新聞ターゲスシュピーゲルなども、ロックフェラー・ファミリー財団の石油ビジネスからの撤退が将来の世界経済に与える意味を伝えていた。日本の新聞は、この世界一の大資本家の決定をどう伝えたのだろうか。そして日本の投資家や金融界の人たちに将来の世界のエネルギー事情に対する認識と責任感があるのかどうかも知りたいと思う。

ところで、ロックフェラー家の人たちがドイツ系アメリカ人だということを皆さんはご存知だろうか。長い間ロックフェラーはフランス系だという噂が流れていたというが、系譜学者はロックフェラー家がドイツ系で、祖先を17世紀初めまでたどることができたという。1723年、アメリカに移住したのは、現在のラインランド・プファルツ州のノイヴィート郡ロッケンフェルド地区出身のヨハン・ペーター・ロッゲンフェラーで、当初ペンシルヴァニア州のジャーマンタウンで暮らした。当時ドイツのロッケンフェルド地区出身の人の苗字はロッゲンフェルダーとかロッゲンフェラー、ロッケンフェラーというのが多かった。ロックフェラー家の財産を築いたジョン・ダヴィソン・ロックフェラー・シニア(1839−1937)は、このヨハン・ペーター・ロッゲンフェラーの子孫だという。今でもラインラント・プファルツ州のロッケンフェルド地区にはロッケンフェラーという名前の人が多いが、ロックフェラー(Rockefeller)をドイツ風に読むとロッケフェラーとなる。ドイツ人がアメリカに移住してアメリカ風の名前になった例は多く、中でも有名なのは、世界的なピアノメーカー、スタインウエイで、スタインウエイ家はもともとドイツ風のシュタインヴェークという名前だった。

ついでながら、目下共和党の大統領候補として話題をさらっている不動産王で大富豪のドナルド・トランプ氏もドイツ系である。やはりラインラント・プファルツ州のワインの生産地、現在の人口、約1200人の小さな村、カルシュタット(Kallstadt)出身のフリードリッヒ・トゥルンプ(Trump)氏が1885年、16歳でアメリカに移住し、その後ゴールドラッシュのカナダのユーコンでレストランを経営した。その孫がドナルド・トランプ氏である。その後一家はニューヨークのマンハッタンに移住し、フリードリッヒ(アメリカではフレデリック、またはフレッドと名乗った)が亡くなると、未亡人のエリザベート・トゥルンプさんが息子のフレッド・ジュニアと共に建築会社を設立した。それが現在の不動産王につながった。Trump を英語読みするとトランプになる。ニューヨーク・タイムズなどはトランプ家の元の名前はドゥルンプ(Drumpf)だと伝えているが、ロナルド・トランプ氏の伝記を書いたドイツのグヴェンダ・ブレア氏によると「確かに元はDrumpfだったが、そう名乗ったのは1700年までで、アメリカに渡ったフリードリッヒの時代には一家はすでに180年以上もTrump姓を名乗っていた」ということである。何れにしてもアメリカに渡ったお祖父さんの苗字はすでにTrump だった。

第二次世界大戦中や戦後は、ドイツ系であることは不名誉なことだったため、一家は比較的最近まで祖先はスウェーデン系だということにしていたという。スウェーデンのカールシュタット(Karlstadt)という町がトランプ家の記念館を建てようとしたときに、実はドイツのカルシュタット村出身だということが公になった。今ではドイツ系だということを誇りに思っているようだが、メキシコ人やイスラム教徒の移民排斥を叫ぶトランプ氏自身が、移民の背景を持つアメリカ人なのだ。なお、世界的に有名なトマトケチャップ・メーカー、ハインツの創業者もトランプ氏の祖父母と同じカルシュタット村の出身で、トランプ家とは姻戚関係にあるということである。

参考記事: ノルウエーの国家基金、石炭産業から撤退

 

2 Responses to ロックフェラー家、石油ビジネスから撤退

  1. 若大将 says:

    南ドイツ新聞などが頑張って伝えた、欧州で大問題のパナマ文書問題ですが、日本ではスポンサー企業の圧力の方が強いのかメディアは殆ど報道せず、政府官房長官が調査せずと言いだす現状ですね。
    ドイツはエネルギーと環境への関心が高いので、ロックフェラーがニュースになると思いますが、福島事故を起こし、今も九州で大地震が続いても川内原発を止めない日本なので、投資家らも既存の利益しか考えていないのでは?

    未だ熊本・大分の大地震の連鎖で、先ほども震度5強があり、また先日は野党連合vs自民の北海道5区補選の大接戦もあり、海外のニュースはお留守の状態でした。

    今、日本は甚大な被害の熊本・大分の大地震多発が収束せず、先ほども震度5強があり、また先日は野党共闘VS自民党の衆院北海道補選もあり、ドイツの情報がお留守という感じでした。

  2. 若大将 says:

    PS. 書き込みミスで、文末繰り返しになって すいません。