ドイツの連立与党、新たな景気対策を発表

永井 潤子 / 2020年6月14日

ドイツではこのほど、コロナ危機で落ち込んだ消費や投資の回復を目指す総額1300億ユーロ(約16兆円)にのぼる新たな景気対策が発表された。連立与党のキリスト教民主同盟(CDU)とそのバイエルン州の姉妹政党、キリスト教社会同盟(CSU)、それに社会民主党(SPD)の首脳部は、2日間にわたる困難な話し合いのあと、6月3日夜遅く、今年下半期、付加価値税(日本の消費税に当たる)を3ポイント引き下げるなど一連の景気回復策で合意に達した。これはコロナ危機対策であると同時に未来を目指した経済振興策でもある。また社会的弱者にも配慮した景気対策だと連立与党は主張する。これを受けてメルケル政権は6 月12日の臨時閣議で、この案の主要部分を承認した。

©️Bundesministerium der Finanzen

総額1300億ユーロにのぼるドイツの景気対策は、57項目にわたるもので、分類すると3つの分野に分けられる。

1)一番金額の多いのが景気回復と危機克服の分野で、総額約770 億ユーロ。そこには以下のような項目が含まれる。

◎ 中小企業への苦境救済補助金:250億ユーロ。コロナ危機で大きなダメージを受けたホテルやレストラン、旅行会社など様々な業種の企業が対象となる。

◎ 付加価値税の期間限定の税率引き下げ:200億ユーロ。2020年7月1日から12月末まで、19%の付加価値税を3ポイント引き下げて16%とする。食料品などの軽減税率も7%から5%に下げる。

◎ 再生可能電力の賦課金の引き下げ: 110億ユーロ。これによって電力料金の値上がりを抑える。

◎ 地方自治体への支援:59億ユーロ。コロナ危機が原因の企業からの税収入の減少を連邦政府が補う。

◎ 子供への特別手当:43億ユーロ。子供一人につき300ユーロを臨時支給する。

その他。

2)未来のためのパッケージ:約500億ユーロ。

◎ 国家水素戦略:70億ユーロ。エネルギー源としての水素の研究開発を促進する。

◎ 5Gネットの全国的な構築:50億ユーロ。

◎ オンライン・アクセス法の実施:30億ユーロ。

◎ 電気自動車促進のための充電ステーションの拡充、蓄電池の開発・増産:25億ユーロ。

◎ イノヴェーション奨励金(電気自動車購入助成金):22億ユーロ。

その他。

3)パンデミック対策と人道的援助:約30億ユーロ。(ヨーロッパ及び国際的な責任)

こうした一連の連立与党の景気対策が発表された時、一般の人がまず驚いたのは、6ヶ月間という短期ながら、付加価値税の引き下げという手段が取られたことだった。ドイツ政府が付加価値税の一律引き下げを実施したことはこれまでにないことで、「多くの人に多くを」という連邦政府の方針が、ここにも反映しているとみられる。しかし、短期間の付加価値税の引き下げで、実際に消費者の購買欲を高められるかどうかを疑問視する声もある。売る側にしてみれば、半年間の減税に伴って値段を一時的に変更しなければならず、手間がかかるという問題もある。バイエルン州のゼーダー首相(CSU)は、付加価値税引き下げの期間延長を希望したが、ショルツ財務相(SPD)は、「減税は期間が短期に限られることで効果があがる」として、これを退けた。

また主としてCDU・CSUの政治家や自動車産業を抱える州の首相たちが強く要求していたガソリン車やディーゼル車の新規購入に対して助成金を出すという案は、環境保護の見地から退けられ、環境に優しい未来志向の電気自動車のみ助成金が出されることになったことも、多くの人を驚かせた。これはSPDがガソリン車やディーゼル車への助成金反対の姿勢を貫いた結果である。ドイツ経済の中で自動車産業が占める割合は大きく、部品メーカーなども含めてコロナ危機の打撃は極めて大きい。企業の倒産、失業の増大にもつながりかねないため、自動車産業の労働組合は、「労働者の味方であるはずのSPDの態度は許せない」と激怒している。

子供一人につき300ユーロを臨時に支給するという案に対しても、金額が少なすぎるという批判や、社会的に弱い層に限って、もっと多額の支給をするべきだという要求もある。

グリーンピースなどの環境保護派は、政府の景気対策は気候変動防止や環境保護を十分配慮していないと指摘しており、野党の多くもそれぞれ批判の声をあげている。左翼党のバーチュ議員団代表は、「地方自治体や家庭への支援は評価するが、多くは細切れで、瞬間的なものだ。目標がはっきりしない上、持続可能なものとは言いがたく、それなのに想像を絶するほど高く付く」と批判しいる。

連邦政府の景気対策は今後、連邦議会と連邦参議院の承認を必要とするが、6月29日の審議までの時間は短く、激しい議論が予想されそうである。

ドイツの各新聞は、この景気対策をおおむね歓迎している。

バイエルン州の州都ミュンヘンで発行されている全国紙「南ドイツ新聞」は、政府与党の発表した一連の景気対策は、連立のパートナーがお互いをパートナーとして尊重した結果生まれた望ましい合意であると、次のように論じている。

初めて言葉のトーンも内容も一致した。かなり前から大連立政権が機能し始めているという気持ちを抱いてきたが、事実今回初めて連立のパートナーは、お互いをパートナーとして認めたようである。半年後に次期総選挙への選挙戦が始まるという時期にも関わらず、その事実は脇において、共通点が見出された。大連立政権の樹立以来2年以上が経ったが、最初からこういう態度が取れなかっただろうか。連立与党として、個々の政党の立場を離れ、共通のアイデアと方向性を生み出すことが、今回ようやく実現した。

6月3日、述べ21時間にわたる協議の後合意内容を記者会見で報告する3党首脳部 ©️tagesschau

西南ドイツ、バーデン・ヴュルテンベルク州のロイトリンゲンで発行されている新聞「デア・ロイトリンガー・ゲネラル・アンツァイガー」は 次のように要約する。

連立与党の首脳部はほとんど2日間にわたって話し合いを続けた。最初は連立のパートナーの立場は大きくかけ離れていた。各政党はそれぞれ、自分の支持者に受け入れられることを要求した。しかしながら、最終的には十分説得力のある一連の景気回復策で一致することができた。というのも資金には限りがあるため、個々の要求すべてを満たすことはできないからである。CDU・CSUと SPDは、共通の基盤に基づいて合意した。伝統的な構造や将来性のない分野を支援する代わりに、未来に向けて起爆力になる分野に投資することを決定したのである。

「一つの点で驚いた」と書いているのは、東部ドイツ、ザクセン・アンハルト州のハレで発行されている新聞「ディー・ミッテルドイチェ・ツァイトゥング」だ。

ようやく合意に至った景気対策で、驚いたことがある。それは各政党間の政治的妥協、つまり各政党間の取引という特徴が今回は見られなかったことである。物事の本質に関わりはないが、各政党のそれぞれの支持者に対する顔を立てるというお定まりのやり方である。今回はそうした姑息な方法ではなく、古い考えは捨て、新しい解決策が探られた。地方自治体の古い負債を引き受けるのではなく、別の面で地方自治体の負担を軽減する方法がとられた。ガソリン車やディーゼル車を買う人に助成金を出すのではなく、付加価値税の一定期間の減税という全ての消費者に有利になる措置が決定された。消費者がこれら一連の景気回復措置で実際に財布の紐を緩めるかどうかは、別問題で、今後の様子を見る必要がある。

ベルリンで発行されている新聞「デア・ターゲスシュピーゲル」は次のように強調する。

何よりも付加価値税の減税は、シグナルとしての性格を持つ。付加価値税の減税によって、市民の消費欲を刺激しようというわけである。消費の拡大は、確かに景気刺激策としては良い方法だと言える。市民の購買力を高めるためには、もしかしたら商品券の配布の方が直接の目標にかない、安くついたかもしれない。それはともかく政権与党は、全ての市民に今の段階では、物を買うこと、消費することが正しいことであると伝えたことになる。付加価値税の税率引き下げは、コロナ危機の影響で経済界が受けた深い落ち込みを緩和し、多くの職場を維持し、企業を存続させるために、消費の拡大が重要な役割を果たすというシグナルである。

一方、南ドイツのウルムで発行されている新聞「ジュートヴェスト・プレッセ」は、付加価値税の引き下げに批判的である。

付加価値税の半年間の減税措置は、1300億ユーロにのぼる景気対策の中で最も高くつくだけではなく、最もリスクの高い措置である。もちろん、それは消費の拡大を目指している。しかし、スーパーマーケットや個人商店の主が減税分を消費者に還元する代わりに自らの懐に入れてしまうという危険がある。そうなるとこの措置は、失敗ということになる。もっとも、そうなったからといって、全く意味がないとは言えない。多くの中小の商店は、コロナ危機のために存続の危機に見舞われているからである。ただ、消費刺激のモーターは回らない可能性がある。経済全体を引っ張るような大きな原動力にはならないのではないかと懸念する。

さまざまな批判や細かな点での懸念はあるものの、ドイツが3月末の莫大な額のコロナ被害対策に続いて今回新たな景気対策を打ち出したことに対する私自身の反応は、「どこかの国とは違って、ドイツでは政治がまともに機能している」という思いだった。特に今回は、いわゆる大連立政権である連立与党が、それぞれの利害を超えて、未来志向の共通の経済振興策でスピーディーに合意したことに感激したと言ってもいい。難民問題での危機の後、これまでの国民政党であるCDU・CSUとSPDの支持率が下がり、「国民政党はもはや存在し得なくなった」などとも言われていた。しかし、今回、歴史上最大の危機にあたって思い切った対策を打ち出すことができたことで、大連立政権であることの意味が見直されたのではないだろうか。経済の回復には、心理的な要因も大きく作用する。ドイツに暮らす人々の楽観主義に期待したい。

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