「カレーの天使」

やま / 2015年2月8日

640px-Calais_Harbourフランス北部の都市カレー、その郊外にある森の中で野宿する難民たちに電気を提供し、しかも節電できたというマダム・リップスをめぐる番組がありました。第1ドイツテレビ(ドイツ公共放送連盟ARD)のニュース番組「ヴェルトシュピーゲル」で紹介されたこのルポには「カレーの英雄」というタイトルが付いていました。

英仏海峡トンネルが通る都市、カレーはヨーロッパ大陸がイギリスの国土に一番近い所にあります。数年ほど前から、およそ2500人の難民が(カレーの人口約7万3000人)郊外の森で野宿しています。彼らはイギリスに暮らす親戚や知り合いを頼り、ここから密航を試みます。アフリカ大陸から地中海を越えてヨーロッパ大陸へ避難する人々は急増しています。彼らの難儀、苦労は様々ですが、誰もが持っているのは携帯電話です。携帯電話により故郷へのつながりを保つことができます。カレーに住むマダム・リップスはパートタイマーとしてスーパーで働くごく平凡な女性です。カレーにいる難民たちにとって彼女は「カレーの天使」。(以下番組から一部抜粋)

マダム・リップスのガレージの前には既に数人の人たちが待っている。彼らには住居がないので電気が使えない。マダム・リップスは彼らの携帯電話を自宅で充電してあげる。ガレージで携帯電話を受け取り、それぞれ所有者の名前が書かれた紙を貼る。電源がなければ充電ができない。そして故郷に残った家族と電話ができない。だから彼女は毎日3回ガレージを開ける。「お母さんに電話をかけた?」とマダム・リップスは待っていた青年に聞く。「この子たちに携帯は必要よ。携帯に載っている写真を見ればわかるわ。みんな、家族のことが恋しいのでしょう」と記者に話す。毎日およそ150台の携帯電話を充電する。それだけではない。自家製のケーキと優しい言葉を一人ひとりに贈ることを忘れない。アフリカと違いカレーの冬は寒い。掛け布団を渡しながら「今夜は私の夢をみてちょうだい」とジョークで青年を慰める。

マダム・リップスの自宅は唯一の“チャージ・ステーション”。そして彼女は“チーフ物流オーガナイザー”。63台の携帯電話を一度に充電できる。ペットの亀がいる水槽のコードをはずしながら「このソケットも使えるわ。彼女(亀)は喜んでいないけれど、大丈夫、今晩また温水にしてあげるから」

何度も玄関のベルが鳴る。「Yes, yes, I come!」 マダム・リップスは熱心なカトリック信者だ。しかし、これほどの隣人愛は行き過ぎだと近所の人は言う。迷惑だと思う住民もいる。警察官が怪しい人物がいないかと、定期的に彼女の家の前を見回りに来る。彼女は「孤独な英雄」だ。「難民がどうして携帯を持っているのと聞かれます。何故?あなたは携帯を持っていないのと反対に聞いてみます。もし他国へ逃げるとすれば、あなただって必ず携帯を持って逃げるのでは?と聞いても多くの人には理解できないようです」と言いながらをドアを開け、難民を迎える。

マダム・リップスは彼らの苦労を見て見ぬ振りはできない。それは、家のすぐ裏に難民たちが寝泊りしている森があるからだ。カレーの市民は、不法に出来た難民キャンプを「ジャングル」と呼んでいる。水道もトイレもない。そして電気も通っていない。いつかはフェリーに乗りイギリスへ達するチャンスが訪れるまで、難民たちは困難に耐え、このゴミの中で何ヶ月もじっと待っている。

マダム・リップスが難民たちを森へ訪ねると、誰もが彼女のことを「オカアサン」「オバアチャン」と呼び歓迎する。だが近所の人たちの目は冷たい。「この店では難民は一切お断り。たとえ、『難民30人車にひかれ死亡』と読んでも、私はなんとも思いません。家族や従業員の面倒をみるのは当たり前ですが、他人のことはどうでもいいと思います」と平気な顔で話すのは近所のビストロの店長だ。

周りの人の多くが難民に対して反感を持っています。それでも彼女が負けずに人助けを続けられるのはムッシュ・リップスが影で応援してくれるからです。2人で電気料金請求書を調べてみると、消費量が少し減っています。一日中150台の携帯電話を充電しているのにもかかわらず、電気代が下がるとは意外です。「以前は見てもいないのにテレビが1日中ついていました」と彼女は説明します。今はどのコンセントも携帯電話を充電するために必要です。そしてリップス夫妻はテレビを見る暇もありません。朝7時には、もう次の難民たちが携帯電話を持って彼女が出てくるのを待っています。たえまなく、マダム・リップスは携帯電話を充電しています。「電気を補うだけではなく、人間も“充電”しているのでは」という記者のコメントで番組が終わりました。

関連記事:http://www.daserste.de/information/politik-weltgeschehen/weltspiegel/sendung/wdr/150118-weltspiegel-100.html

写真参照:Ferry SeaFrance Cezanne – Harbour of Calais, Bodoklecksel:http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Calais_Harbour.jpg?uselang=de

 

 

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