東京電力旧経営陣三被告に対する無罪判決について、ドイツの新聞はどう伝えたか

永井 潤子 / 2019年10月1日

福島第一原発事故をめぐり、業務上過失致死傷罪で、強制起訴された東京電力の勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長の三被告に対し、東京地裁は9月19 日、いずれも無罪の判決を言い渡した。事故の刑事責任が問われた唯一の公判だった。少し遅くなったが、この判決についての翌20日のドイツの新聞論調の幾つかをお伝えしようと思う。

「歴史上最大の原発事故の一つである2011年の福島第一原発の原子炉3基の核熔融事故の責任は誰にもない、自然の威力による不可抗力だという」、こういう言葉で始まっているのは、ミュンヘンで発行されている全国紙「南ドイツ新聞」の記事だ。

東電の元経営者たちは、地震大国の日本で海岸沿いに建てられた原発は津波の危険に特にさらされていることを知らなければならなかったとして、その対策を怠った責任を問われていた。しかし、東京地裁の判決は、津波の危険は予見できなかったというものだった。それどころか判決文は、自然のすべての「気まぐれ」を予見し、それに対して対応するすることを原発事業主に要求するのは、過大な要求だとさえ述べている。気候変動が大きな問題となり、世界的に海面が年々上昇しているときに、このような判決は気が滅入るものだ。このような見解を判決の根拠とすることは許されるだろうか? 日本を含めた超保守的な国々は、グローバルで基本的に重要な問題を過小評価しようとし、結局のところ、これまで通り自分たちの思うように事を進めようとする傾向がある。安倍政権下の日本は、福島の事故にもかかわらず、真のエネルギー転換をめざしているようには思えない。日本の政府関係者は環境を忘れた経済政策、ジャパン・ファースト政策に沈み込んでいるように見える。

ドイツの新聞各紙は、福島事故の被災者たちの、この判決に対する怒りや失望、不当判決だと感じている様子をさまざまに伝えているが、南西ドイツ・フライブルクで発行されている日刊新聞「バーディッシェ・ツァイトウング」は次のように強調する。

原発事故の被害に遭った人たちには、この判決に対して怒り、失望する十分な理由がある。今回の東京電力の元経営陣に対する無罪判決は、2012年に日本の国会が行った事故検証報告が「福島事故は人災によるものだ」と結論付けた事と一致しない。当時の報告は、福島原発が地震と津波に対してより良い防御策を講じなかったのは、政府と原子力安全規制委員会、東京電力の利害関係が絡んだ結果だとしていた。その事を考えると、「司法から見放された」と感じる被害者たちの批判がより一層良く理解できる。

フランクフルトで発行されている全国紙「フランクフルター・アルゲマイネ」は、「今度の東京地裁での裁判がそもそも開かれたのは、市民の努力の成果だった」と指摘する。

事故後、業務上過失致死傷容疑で告訴された3人を、東京地検は2度にわたって、不起訴とした。公判を開く十分な根拠がないという理由からだった。市民で構成される法的パネル(注:東京第5検察審査会)の起訴議決という珍しい過程を経て強制起訴されたあと、公判は2017年夏にようやく始まった。起訴状は、3被告が2002年に強度8という大きな地震に見舞われた時には15.7メートルの津波が起こるという情報を得ながら、その対応を怠ったこと、原発事故による直接の死者は出なかったが、福島原発近くの病院の入院患者44人が緊急に移動する段階で死亡したこと、さらには16万人が避難を余儀なくされ、今なお3万人が自分の家に帰れないでいることなどの責任を問題にして、3人の元経営陣に対しそれぞれ禁固5年を要求していた。しかし、無罪判決が下されると、法廷には原告団から不満の声があがった。日本のメディアによると、「嘘!」とか「信じられない」といった叫び声だったという。茫然自失の人たちや涙を見せる人たちの姿があった。「不当な判決で、それでは事故の責任は誰が取るのか」と問い返す人も多かった。

デュッセルドルフで発行されている経済紙「ハンデルスブラット」は、「福島原発事故の被災者たちは、東京電力の当時の経営陣に対する法的責任を問う裁判の結果を8年以上も待たされたが、その結果は全員無罪という失望に値するものだった」と書き出している。同紙は、1991年以来日本に滞在するグリンピース・ドイツ支部の原子力問題専門家シャウン・ブルニエ氏の言葉を引用する。ブルニエ氏は「もし3被告に有罪判決が言い渡されたとしたら、東京電力にとって大きな打撃であるだけではなく、安倍政権や日本の原子力産業にとっても壊滅的な打撃となったはずである。その意味では、証拠に基づかない判決が下ったことも、驚くべきことではないかもしれない。原子力ロビーにとっては今回の判決は段階的勝利と言えるが、こうした判決で日本の市民の間の反原発の動きが下火になるとは思えない。そもそも今回の裁判を開かせたのは市民たちの力だった」などと語っている。

同紙はまた「事故当時54基稼働していた原発のうち、現在稼働しているのは9基に過ぎないが、安倍政権はその数を30基以上に増やしたいと考えているようだ。しかし、それが成功するとは思われない。というのも、原発所在地での住民の根強い反対運動が存在するからで、ねばり強さは日本人の強さの一つだ」とも指摘する。「ハンデルスブラット」は、さらに、新たに環境大臣に就任した38歳の小泉新次郎氏の「もう1度原発事故を起こすことは許されない」といった発言や父親の元首相、小泉純一郎氏が原発推進の自らの過去を反省して、今は原発反対運動を強力に押し進めていることなども紹介している。

現在の日本政府の立場に焦点を当てているのは、バーデン・ヴュルテンベルク州の州都シュツットガルトで発行されている新聞、「シュツットガルター・ナハリヒテン」だ。

福島原発事故から8年半経った今、日本政府は、事態が正常化したという印象を広めるために全力を挙げているように見える。事故の影響を受けた地域の復興は進み、福島原発の事故現場はコントロールされており、福島産の食品は安全だという。かつての立ち入り禁止地域に住民たちは戻っており、2020年のオリンピックの折には、外国人観光客を誘致するための宣伝もしている。確かに事故現場の放射線量は、今では低くなってはいるが、にもかかわらず、大きな問題が依然として未解決のままである。その一つは、汚染された水の入った巨大なタンクの数が増える一方だという問題である。汚染された水を薄めて海に流す方法が議論されているが、地元の漁業関係者の強烈な反対に出会っている。事故を起こした原発が最終的に解体され、事故現場が安全な場所になるには、まだ30年以上かかる見込みである。

 

 

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