NOlympia! - ハンブルグで行われた住民投票

あきこ / 2015年12月13日

 

パリでの爆破・連続襲撃事件の衝撃がさめやらない11月下旬、ラジオから流れてくるニュースに心が騒いだ。2024年のオリンピック開催地に立候補しているハンブルグで行われる開催の可否を決める住民投票に、パリの事件が影響を与えるかもしれないという内容だった。

2024年のオリンピック開催に向けて、ドイツではハンブルグとベルリンが立候補した。ドイツ・オリンピック委員会は今年3月21日、満場一致でハンブルグを候補地として決めた。ハンブルグは、市民や州議会(ハンブルグは市であり、同時に州である)の政党がほぼ一致して招致に賛成していること、国際オリンピック委員会が2014年12月に決定した「オリンピック・アジェンダ2020」の理念に一致しそうなことなどが主な勝因であった。「オリンピック・アジェンダ2020」は、オリンピックの将来のあり方についての改革案を示しており、特に開催に当たって持続可能性と財政の透明性を求めている。

話は少しそれるが、2022年の冬季オリンピックにミュンヘンを含むバイエルン州の4市が立候補した。ところが、2013年11月に住民投票で、ミュンヘンをはじめすべての4市の市民が「オリンピックはノー」という意志表示をした。この苦い経験をもとに、ドイツ・オリンピック委員会は、今回はハンブルグ、ベルリンのどちらの都市に決定しても、住民投票を行うように要請した。そのため、ハンブルグは、今まで市民からの住民投票請求権しか認めていなかったが、ドイツ・オリンピック委員会の要請を受けて、州政府も住民投票を実施できるように州の法律を改正した。当初、7月に行われるかと思われた住民投票だったが、ハンブルグ州と連邦政府の間での財政負担について調整がつかず、予算計画が進まないため、最終的に11月に延期された。

ハンブルグが開催地として立候補した時点では64%、9月の世論調査でも63%の市民がオリンピック開催に賛成していた。パリの爆破・連続襲撃事件前に行われた調査では、賛成は56%に減ったものの、州政府、ドイツ・オリンピック委員会は賛成が過半数を占めると予想していた。

オリンピックの総経費は112億ユーロ(約1兆5120億円)。そのうち26億ユーロ(約3510億円)が大会実施の経費、21億ユーロ(約2835億円)が交通インフラ整備、19億ユーロ(約2565億円)が競技施設の建設・改修、16億ユーロ(約2160億円)がオリンピック村を含むオリンピック・シティの建設、13億ユーロ(約1755億円)が港湾施設の拡張、9410万ユーロ(約127億350万円)がハンブルグ市外の競技施設建設、4610万ユーロ(約62億2350万円)が安全対策、1460万ユーロ(約21億900万円)はハンブルグの北にあるキール市で行われるヨット競技の経費とされていた。そして、全体経費112億ユーロのうちハンブルグ市が12億ユーロ(約1620億円)、残りは連邦政府が負担というのがハンブルグ市の意向であったが、連邦政府が首を縦に振らないまま、住民投票ということになった。8月にはハンブルグ州会計検査院が、費用の点でリスクが高いという警告を発した。

住民投票は11月に入ってから始まり、郵送での投票に加えて、最終日の29日には投票所での投票も行われた。50%という投票率は住民投票にしては高く、住民投票が有効となる20%を軽くクリアした。公的に確定した結果は12月15日に発表されるが、11月29日の投票締切の時点で、オリンピック開催に反対の票が51.6%で過半数を占めた。ハンブルグのオリンピック開催の夢は打ち砕かれた。

7月にはFIFA(国際サッカー連盟)会長のブラッター氏の汚職疑惑があった。10月には「クリーンだ」と言われていたドイツサッカー連盟が、2006年のワールドカップの開催地をドイツに投票するようアジアの理事を買収した疑惑が報道された。11月にはドーピングをめぐって、世界アンチ・ドーピング機関がロシア選手に国際試合への参加を禁止するよう提言した。ハンブルグの住民投票を前に、スポーツへの信頼が今まで以上に揺らぐ事件が相次いだ。そして極め付きがパリの事件だった。11月13日の夜、フランス対ドイツのサッカー親善試合のテレビ中継を見ていた人々は、スタジアム近辺での3回の爆発音をはっきりと聞いた。

オリンピック開催に進みたいハンブルグ市にとって、不幸な出来事が続いたと言えなくもない。しかし、「投票で反対派が過半数を占めた理由を、これらの事情にだけ求めるのは単純すぎる」とシュピーゲル・オンラインは指摘する。2013年のミュンヘンでの住民投票でも、冬季オリンピックへの開催が否決された。南ドイツ新聞は「ドイツでは、オリンピック開催というアイディアは葬るべきだ」とまで書いている。ハンブルグの市民運動がオリンピック開催に反対する理由をシュピーゲル・オンラインは以下のようにまとめている。

ハンブルグが開催地として決定される可能性は少ない(ローマ、パリ、ロサンゼルス、ブダペストが立候補。因みに、ボストンは立候補を却下)

オリンピックは基本的に市民の税金を吸い取ったあげく、最終的に利益を得るのはIOC

総経費は112億ユーロ(約1兆5120億円)と見積もられているが、最終的にはもっと高くなるはず

新競技場の建設予定地周辺は低家賃の住宅地域だが、競技場が建設されることで、これらの住宅の家賃が高騰

持続可能性というが、新競技場の建設などによる資源の不要な消費

9月だけで1万人以上の難民がハンブルグに流入。その他州立銀行の負債問題など、ハンブルグが取り組むべき問題が山積

開催反対に投票した人たちは、賛成派が主張するオリンピックによる経済効果、国際的な知名度の高揚、都市開発といったオリンピックの副次効果にノーと答えた。そして、これらの人たちが過半数を超えたことは、大いに注目すべきである。ハンブルグ市の見込みでは、総経費は前述のように112億ユーロ(約1兆5120億円)、収益見込みが38億ユーロ(約5130億円)で、差額74億ユーロ(約9990億円)が税金で負担されることになる。しかも74億ユーロの負担をめぐって、ハンブルグ市と連邦の間で未調整となれば、もろ手を挙げて賛成できない、というのが市民感情ではないだろうか。しかも費用はさらに膨らむ可能性が高い。加えて、強力な他の立候補地を相手に、開催地が決定される2017年までに開催キャンペーン費用として約5000万ユーロ(約67億5000万円)が見込まれている。反対派の「勝ち目がない開催地争いにこれだけ多額のお金をつぎ込むな」という主張も支持されたのだろう。

ハンブルグと言えば、大阪市の姉妹都市である。思い出すのは今年5月、大阪都構想をめぐって住民投票が行われ、僅差で反対派が過半数を占めたことだ。その結果、橋下市長は任期満了をもって引退することを表明した。朝日新聞の情報公開要求に応えて大阪市が明らかにしたところによると、この住民投票関連の費用は今年6月までに31億7852万円に達したという。

2020年の東京オリンピックの財政状況はどうなっているのだろうか。新国立競技場の建設費が1350億円から2520億円に膨れ上がり、大きな問題に発展した結果、最終的に1550億円に縮小されたことは記憶に新しい。オリンピックの総経費は当初約8000億円との見積だった。しかし、「2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長は今年7月、日本記者クラブの会見で、大会施設の建設や交通インフラ整備など大会にかかる経費の総額について、『最終的に2兆円を超すことになるかもしれない』と述べた」というニュースをネットで見た。当初の約3倍もの費用がかかることになる。税金の負担がいくらになるのか、「オリンピック・アジェンダ2020」が謳う透明性に即して明らかにしてほしいものだ。

 

 

 

 

 

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