シェーナウの奇跡、反原発の市民運動から生まれたエコ電力供給会社 3)

永井 潤子 / 2013年6月23日

mitarbeiter1_011986年4月26日、チェルノブイリで起こった原発事故をきっかけに南西ドイツの小さな町、シェーナウで生まれた市民運動。その市民運動が大きなうねりとなり、多くの困難の後、シェーナウ電力会社(EWS, Die Elektrizitätswerke Schönau)が設立され、1997年7月1日、EWSはシェーナウの町への電力供給を開始した。市民が電力供給の権利を手にしたドイツ最初のケースだった。EWSは今ではドイツ全土の13万戸以上に自然エネルギーのみによる電力を供給する電力会社に発展したが、その経営方針は、今でも市民運動の理念に基づいている。

「EWSの最終目標は、1)脱原発の実現 2)再生可能エネルギーの促進 3)世界のすべての人に電気が行きわたること、です」。こう語るのは運動を始めた当時小さな子ども5人を抱える家庭の主婦だったウルズラ・スラーデックさん。彼女は今EWSの経営責任者だ。彼女のこの言葉が示すようにEWSが目指すのは、普通の電力会社のようになるべく多くの電力を売ってなるべく多くの利益を上げることではない。エコ電力を適正な価格で顧客に提供する事はもちろんだが、市民運動の延長線で顧客には節電、省エネを呼びかけ、ソーラー発電やコージェネ装置設置の促進・支援が企業活動の重要な柱となっている。エコ電力の価格には1kWh あたり、0.5セント、1セント、2セントの“ソーラーセント”が上乗せされているが(顧客はこの3通りのなかから自由に選べる)、これはソーラーパネルなどの設置を希望する顧客を支援するための資金に使われる。EWSの最終目標はドイツ各地でエネルギー問題の決定権を市民の手に取り戻し、分散型の再生可能エネルギーを増やすことによって原発をなくしていくことで、各地のエネルギー運動との連帯も欠かせない。例えばベルリンでは、来年2014年にベルリン市と大手エネルギー供給会社、ファッテンファルとの配電網に関する認可契約が切れるのをきっかけに、配電網を市民の手に取り戻そうという「ベルリン市民エネルギー」という協同組合組織が誕生した。そのメンバーのなかにEWSも名を連ね、この運動を支援している。さらには発展途上国でのエネルギー問題の解決といった世界的な規模の理想が掲げられている。

こうしたEWSの経営方針に賛成して同社からエコ電力の供給を受ける顧客の数はどんどん増え続けているが、そのなかには大手自然食品会社など300以上の企業も含まれている。なかでも有名なのは日本でも「リッタースポーツ」の名で知られるチョコレートメーカーのリッター社である。

シェーナウの親たちから始まった市民運動が大きな成果をあげることができたのは、「原発は危険だ。人類の未来と環境に害をもたらす以外の何ものでもない」というシェーナウの市民たちの確固たる信念と粘り強い努力、多くの人を巻き込んでの人間的で賢明な戦略、学者や環境保護運動家たちの協力などのおかげであるが、その運動の中心にいたのが、ウルズラ・スラーデックさんと町の開業医だった夫のミヒャエルさん夫妻だった。教師の資格を持つウルズラさんは、普段はもの静かで控えめだが、芯は強く、理路整然と話し、実務を着実にこなすタイプ。これに対してギムナジウムの同級生だった夫のミヒャエルさんは、髭もじゃの外見からして存在感あふれる熱血漢タイプだ。医者になる前は神学を学んでローマ法王になることを夢見たというが、全体の状況を捉え、策略を練り、次々に新しい企画を立てる活動家タイプ。そのうえ話が上手で、人を巻き込む能力に長けているという。この対照的な性格のスラーデック夫妻が、車の両輪のように動いてシェーナウの市民運動の原動力になったと見られている。

運動のなかで育ったスラーデック夫妻の息子、セバスチャンとアレキサンダーの二人も今では約40人いるEWS社員のなかの有力メンバーであるが、電力販売部門の責任者となっているセバスチャン・スラーデック氏は、あるインタビューで次のように語ったことがあった。「子どもの頃、家にはいつも知らない大人たちが出入りしていたし、夕食のテーブルにつくと、よその人も一緒に食事をすることがよくあった。誰かしら泊まって行く人もいて、寝ている最中に母親に起こされて兄弟の部屋に移るよう言われることもたびたびだった。お客さんにベッドをあけるためで、時には頭にくることもあったが、両親の運動については理解していたので、5人の子どもたちは誰も親に反抗することはなかった」と。

EWS(シェーナウ電力会社)は有限責任会社で、組織は再生可能エネルギーによる電力を買って全国の契約者に売る電力販売部門、配電網の運営にあたる電力網運営部門などに分かれているが、この会社のそもそものオーナーは電力網購入の市民運動のなかで生まれたEWS配電網購入協同組合(Netzkauf EWS eG)である。つまり、企業の利益は出資した協同組合員に還元される仕組みで、当初30人ほどだった組合員の数は現在約2000人に増えている。

EWSの特徴は脱原発、再生可能エネルギーなどに関する情報活動や啓発活動に特別力が入れられていることだ。例えばシェーナウの市民運動からEWS誕生までの歴史をテーマにした映画のドイツ語のDVDは希望者には無料で送られてくるし、「原子力に反対する100の十分な理由」という小冊子(こちらは送料込み1ユーロ)は、日本語を含めた数カ国語に訳されている。こうしたパンフレットやチラシ、DVDなどの発送には、今でも市民たちがボランティアで協力しているということである。

シェーナウの市民運動を成功させた中心人物、スラーデック夫妻は、その社会的貢献に対してこれまでにドイツエネルギー賞、ヨーロッパソーラー賞、「核のない未来賞(Nuclear Free Future Award)」など、さまざまな賞を受賞している。2011年サンフランシスコの「ゴールドマン環境賞(Goldman Environmental Prize)」を授与されたウルズラさんは、授賞式でオバマ大統領にも小冊子「原子力に反対する100の十分な理由」の英語版をプレゼントしたという。

そのウルズラさんは福島での原発事故の後、日本の母親たちに次のように呼びかけた。「母親は当然まず第一に子どものことを考えますよね。子どもが健康な生活を送れるようにと。しかし、原発がある限り健康な生活はできません。原発は事故を起こさなくても絶えず一定の放射性物質を出し続け、原発の周辺に住む子どもたちに白血病などの病気が多いことが実証されています。ですから母親は行動しないといけないのです。母親たちは非常に大きな力を持っている筈です。そのことはドイツでは証明されました。私たちは将来の世代に責任を持っているわけで、母親たちが共通の目標を持って行動すれば世界を変えることができるのです。私はすべての日本のお母さんに勇気をもって今の状況を変えるために行動して欲しいと願っています」。ウルズラ・スラーデックさんは取材に訪れた田口信子さんを通じて日本のお母さんたちにこのように呼びかけた。

市民運動からエコ電力供給会社が生まれるまでを描いた映画「シェーナウの想い」の日本語版がつくられ、そのDVDの上映運動がすでに日本各地で始まっている。それについては別途ご紹介する。

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