4度目の出馬を決めたメルケル首相

永井 潤子 / 2016年11月27日
「ターゲスシュピーゲル」のトップを飾った写真

「ターゲスシュピーゲル」のトップを飾った写真

ドイツのメルケル首相は、11月20日、ベルリンのキリスト教民主同盟本部で記者会見し、来年秋に行われる連邦議会選挙に同党の4度目の首相候補として立候補することを明らかにした。ドイツメディアの反応をお伝えする。すでに11年間首相の地位にあるメルケル首相は、「適当な時期がきたら決定する」と言ったまま、来年の総選挙に立候補するかしないか、なかなか明らかにしなかった。そのため、彼女が12月5日から7日までルール地方のエッセンで開かれるキリスト教民主同盟の党大会で、同党党首に9度目に立候補し、来年の総選挙でも4度目の首相候補として選挙戦を闘うと明言したことは、支持者たちをホッとさせた。保守陣営にとって「メルケル首相以外に選択肢はない」と見られているからである。もちろんドイツのメディアは一面トップで大きく取り上げたが、そのホッとした雰囲気は、プリントメディアの記事の見出しの多くにも反映されていた。「ちょうどいい時期に」(「フランクフルター・アルゲマイネ」)、「メルケル以外他に誰がいる?」(週刊新聞「ツァイト」)、「なくてはならない人?メルケル首相はコール元首相の長期政権を追い越す可能性がある」(「ターゲスシュピーゲル」)などなど。

紙面としてもっとも目立ったのは、ベルリンで発行されている日刊新聞、この「ターゲスシュピーゲル」だった。一面トップに大きな活字でMerkel, Merkel, Merkel, Merkel とメルケル首相の名前を4回書き、その下に2005年、2009年、2013年と現在のメルケル首相の4枚のカラー写真を載せ、それぞれの総選挙での得票率を示すカラーのグラフなどを示していた。2017年の得票率は不明だが、得票率に代わって現在のアンケート調査の各党の支持率が示されている。それによると、キリスト教民主同盟(CDU)とバイエルン州の姉妹政党のキリスト教社会同盟(CSU)の保守陣営の支持率が34%、社会民主党(SPD)22%、緑の党が13%、ポピュリズム政党、ドイツのための選択肢(AfD)が12%、左翼党が10%、自由民主党(FDP)が5%となっている。難民政策への反発などからメルケル首相への支持率は一時期下がっていたが、最近は持ち直し、エムニド世論調査所の最近の調査によると、55%がメルケル首相の続投を願っている(反対は39%)。

メルケル首相は、自らの決定を発表する記者会見を「もう1度立候補するべきか、やめるべきか本当に長いこと真剣に考えた」という言葉で始めている。そのあとに「この難しい時期に、もし私が自分の能力や経験の全てをドイツのために役立てることをしない決定をしたとしたら、多くの人の理解を得ることはできなかっただろう」と続ける。そして「自分は我が党やドイツから多くの物を与えられてきたが、今度は自分が党やドイツに恩返しをする番だ」という結論に達したという。もし来年の総選挙にメルケル首相が勝利を収め、任期を全うするとしたら、首相就任期間は16年となり、これまで最長政権維持を誇ってきたコール元首相と並ぶことになる。ただ、昨年夏、シリアなど中東からヨーロッパに押し寄せる難民の大量受け入れを表明したことから、彼女への批判が高まり、難民排斥のポピュリズム政党AfDの台頭を招き、「メルケル、やめろ!」の声が公然と叫ばれるようにもなっている。姉妹政党のCSUからも厳しい批判が繰り返されている。さらに最近の各州選挙では、メルケル首相の党の敗北が続いており、報道週刊誌「シュピーゲル」は、そうした中での立候補決定に「4回目はもっとも困難になる」という記事を掲載した。

「メルケル首相はもう1度立候補した。やりたいからというよりも義務感から」という見出しは、ミュンヘンで発行されている全国新聞、「南ドイツ新聞」の解説記事で、ヘリベルト・プラントゥル記者のこの解説記事には「彼女は以前過少評価された。そのメルケルは今や過大評価されている?」というサブタイトルも付いている。プラントゥル記者が比較しているのは、最近のコール元首相ではなく、19世紀の鉄血宰相ビスマルクだ。

ビスマルクがそうだった。「同時代の人たちは、はじめ、彼を過小評価したが、後には過大評価した」と(イギリスの)伝記作家、エドワード・クランクショーは、19年間ドイツ帝国の宰相を務めたビスマルクについて書いている。メルケル首相のこれまでの11年間についての多くの解説や評価を見ていると、130年後の同時代人もメルケル首相について似たような対応をしているという印象を持つ。(先ごろベルリンを訪れた)オバマ大統領にいたっては、彼女を自分の意志を継ぐ人物、西欧的自由や啓蒙主義の基本的価値を守る人物とさえ見なした。このような重荷を背負わされたら、大体は失敗するものだ。メルケル首相は過大評価されているのか? 何れにしても彼女には大きな期待がかけられている。メルケル首相はやりたいという気持ちからよりも義務感から、さらなる立候補を決意したのだ。

メルケル首相を待ち受ける未来には、多くのクエスチョンマークがつけられている。アメリカの新大統の時代がどうなるか誰も知らないが、多くの人は予感している。世界中いたる所でナショナリズムが台頭し、ヨーロッパやアメリカが不安定になりそうに見える。このような状況下で4期目の立候補をする用意がないと宣言したとしたら、それは彼女自身の義務感に反するものだったろう。彼女は政府の首班としての知識や経験、堅実さと連帯感を体現している。この点に関しては彼女の敵対者も認めている。メルケル首相はこの2−3年、「やめる正しい時期を見つけるのは非常に難しい」と繰り返し言っていた。ノーマルな時代であれば、メルケル首相は3期目が終わった段階で、「ありがとう!これで終わりにします」となったはずだが、今の時代はノーマルではない。

メルケル首相について以前は「彼女を過少評価する人は、すでに負けている」と言われたが、今彼女を過大評価する人、彼女に多大の期待を寄せる人、多くの義務を負わせる人は、すでに負けを意味することになるのだろうか? 少なくともライバル政党の社会民主党 (SPD) にとっては、その点に希望が持てる。今や選挙戦は始まった。

「メルケル首相は大きなリスクを冒す」というタイトルの社説を載せているのは、ベルリンの日刊新聞「ベルリーナー・モルゲンポスト」だ。

コール元首相のような政治的最後を迎えたくないと考えてきたメルケル首相だが、今や同じような危険を冒している。多くの栄誉につつまれて政治活動を終わらせるという道があったのに、彼女はその分岐点を逃してしまった。そして今や状況が全く変わってしまった国で、大きなリスクを冒そうとしている。コール時代の末期のように、これまでの支持層のなかにも彼女に嫌気がさしてきている人が増えている。メルケル首相の難民政策については、一般国民からもまた同じ保守政党の中からも、はっきりした抵抗が巻き起こった。アンケート調査と実際の選挙結果がいかに大きく異なり得るか、今回のアメリカ大統領選でのドナルド・トランプの勝利で示された。世界各国での右翼ポピュリズム政党の台頭と反エスタブリッシュメントの動きは、ドイツにも影響を及ぼさずにはおかない。メルケル首相の最初の就任当時、保守政党は各州政府の多くで政権を担当していたが、11年後、その数は16州中わずか5州に減ってしまった。

さらに、最も重要な同盟相手であるアメリカに予測不能な大統領が誕生したことは、メルケル首相の立場をさらに困難にする。

「ベルリーナー・モルゲンポスト」の社説は、現在の内外のさまざまなリスクを数え上げたあと、「こうしたリスクにも関わらずメルケル首相が義務感からもう1度立候補したのは、勇気のあることである。そしてもしかしたら、グローバルな不安定な状態のなかにこそ、彼女の大きなチャンスがあるのかもしれない。世界が混乱するとき、ドイツ人は自国の安定を高く評価すると言われる。その傾向が今でも通用するかどうか、2017年秋に明らかになるだろう」と論評している。

 

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