メルケル首相の謝罪

永井 潤子 / 2021年3月28日

緊急記者会見を開き、決めたばかりの措置を撤回すると告げたメルケル首相©️PHOENIX

メルケル首相は、3月24日、前日に16州の首相とのオンライン・コロナ対策会議で決定した、イースター(復活祭)期間の全ての企業や店舗に対する厳しい追加的ロックダウン措置を間違いだったと撤回し、混乱を招いたことに対して全ての市民に謝罪した。メルケル首相の謝罪に対するドイツの新聞論調と、その後の世論調査の結果をお伝えする。

ドイツでは、危険な変種株によるコロナ感染者数が2月末から増え続けており、新たに対策を強化する必要性が検討されていた。連邦政府と16州の首相たちは、3月22日の午後から23日早朝にかけての約12時間にわたるオンライン会議で、4月1日の「緑の木曜日」から4月5日の「イースターの月曜日」までの5日間の間、土曜日の食料品店の開店を除いて、全ての店舗の営業を禁止するなどの厳しい追加的ロックダウン措置を決定した。しかし、この措置に対しては、すぐ様々な批判が起こった。特に商業関係者からは、「この措置を実施するにはあまりにも準備期間が短いので、実現不可能だ」という声が上がり、また、木曜日と土曜日が休日になった場合の従業員(被雇用者)の扱いをどうするかといった複雑な労働条件の問題が生じることも分かった。その結果メルケル首相は、24日、急遽州首相らと協議した後記者会見を行い、前日の決定を撤回したが、その際、「不安定な状況を招いた全責任は、首相という立場上自分にある」として、全ての市民に許しを請うた。

追加的ロックダウン措置は、行き詰った深夜のオンライン会議を進展させようと首相府が提案したもので、結果的には16人の州首相もこの案を承認した。しかし、メルケル首相は、全責任は自分にあると認めたのだ。連邦首相がその決定を誤りだと認めて撤回し、それに対し市民全員に許しを求めたのは、ドイツ連邦共和国設立以来、初めてのことだった。この前代未聞のメルケル首相の態度に対して「人間的で尊敬に値する」と称賛の声が上がる一方、メルケル政権のコロナ対策を批判する声も一段と高まった。なお、連邦制をとるドイツでは、疫病対策や保健、それに学校教育の権限は、連邦政府ではなく各州政府にある。この連邦制がメルケル首相のコロナ対策を困難にしている面があることも、指摘しておきたい。

メルケル首相の謝罪について、ドイツの新聞はどう見ているのだろうか。西部ドイツのビーレフェルトで発行されている新聞「ヴェストファーレン・ブラット」は次のように書いている。

メルケル首相は歴史的な言葉を語った。彼女は追い詰められて、これまでに例のない行為に出た。しかし、それにもかかわらず完全な醜態だった。「前日の決定は間違いだった」と述べた後「これは私の犯した間違いです」と付け加え、さらにその後に「この間違いに対して許しを乞います」という言葉が続いたのだ。これまで彼女の口から聞いたことのない言葉を首相が選んだのは、この措置によって、多くの問題が生じることを認めたからである。

西南ドイツ、ルードドヴィッヒスハーフェンの新聞「ラインプファルツ」は、「メルケル首相が誤りを認めたことは、正しかった」と見る。

メルケル首相が“イースターの休息”措置を急遽ストップしたのは正しかったし、尊敬に値する。彼女は(謝罪にあたって、これは全て私の責任ですと述べて)この馬鹿げた決定について賛同した州首相全員の責任を免除した。この案がもともと首相府から出た案だったからで、いさぎよい態度ではある。しかし、コロナ対策の混乱について、16州の首相の責任は免れない。州首相たちは、これまでしばしばメルケル首相の方針を邪魔してきたからである。

このようにメルケル首相に対して同情的な「ラインプファルツ」に対して、厳しい見方をするのは、デュッセルドルフで発行されている経済新聞「ハンデルスブラット」だ。

メルケル首相はイースターの追加ロックダウン措置に対して、間違いだったと謝罪した。こういうことは誰にでもできるわけではない、その点は尊敬に値する。しかし、メルケル政権の過ちは、それだけではない。ワクチン接種は遅れがちで、コロナ・スピードテストの実施も思うようにいっていない。さらに、コロナ警告アプリも全く役に立っていない。こう見る限り、追加ロックダウンは疫学上は必要な措置だったかもしれないが、そのやり方は時代遅れのものだった。閣僚たちの自由にまかせるというメルケル首相のやり方も、もはや機能しなくなっている。パンデミック対策で機能しないものは、そのほかにも沢山ある。メルケル首相、そしてドイツは新しい出発を必要としている。16年もの長い間連邦首相を務めた後では、メルケル首相がそのスタイルを変えることは難しいかもしれない。しかし、国民の信頼を取り戻すためには、その道は避けて通れない。

ミュンヘンで発行されている全国紙「南ドイツ新聞」は、「アンゲラ・メルケル ー 弱さと偉大さ」という見出しの社説の中で、次のように論評する。

メルケル首相の最も重大な誤ちは、2020年夏、ワクチンの注文をヨーロッパ連合(EU)に任せきりにしたことであった。当時この問題こそ、危機から抜け出せる道だという先見の明が欠けていた。しかも、世界最初のワクチンがドイツのバイオ企業、バイオンテックで開発されたのにもかかわらずである。もしこの時に、連邦政府が自ら十分な量のワクチンを注文していたら、ドイツの今のヒステリー状況は避けられたはずである。そしてメルケル首相も謝罪する必要などなかったのだ。今回実施が可能かどうか十分考慮しないまま追加ロックダウンを決定したのは、長時間にわたる夜のオンライン会議での参加者の疲労が原因だとする見方があるが、真の原因は、ずっと前にさかのぼったところにある。

「どの間違いが訂正されたのか、厳密に見極める必要がある」と主張するのは、東部ドイツのケムニッツで発行されている新聞「フライエ・プレッセ」である。

メルケル首相が間違いだったと認めたのは、短期間の間に追加的ロックダウン措置が実施できないという技術的な面であって、厳しい措置が必要だという本質に関しては、メルケル首相は、全く正しい。記憶を呼び起こして欲しい。新たな感染者数と危険の増大にもかかわらず、休暇に対しての規制を緩めるよう求めたり、厳しい外出禁止に反対したりしたのは、州首相たちである。そうしたことが続いて会議が行き詰まったため、メルケル首相は最後にイースターをはさむ5日間を厳しいロックダウンにするという驚くべき提案をしたのだった。その結果困難な状況が生まれてしまった。メルケル首相の追加措置撤回の発言が、イースターの規制が緩やかになったと誤解される危険が生じたのだ。政治家が腹立たしいミスを犯した後では、市民一人々々の責任が一層求められる。人とのコンタクトをできるだけ減らすことが、ますます重要な意味を持つ。

メルケル首相が前日決定したばかりのイースターの追加ロックダウン措置を1日で撤回したことをきっかけに、連邦政府と州政府のコロナ対策に対して、特に連邦議会の野党の間から厳しい批判が噴出した。メルケル首相はもはや「レーム・ダック」だという批判も生まれ、左翼党や自由民主党(FDP)などからは「メルケル首相は連邦議会に対し信任投票を求めるべきだ」という要求も出た。しかし、メルケル首相はその要求を拒否した。その際、野党の中でも緑の党だけは、この野党の信任投票要求に同調しなかったことも、注目された。

ドイツの公共テレビの一つ、マインツに本拠を置く第二テレビは、3月23日から25日まで世論調査機関「ヴァーレン」による緊急電話アンケート調査を行い、その結果を25日夜の「ポリットバロメータ」で発表した。この調査では、政府のコロナ対策への国民の信頼感が損なわれ、マスク調達に関するスキャンダルなどで、保守の政権与党、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の支持率が大幅に減る結果になっている。

「次の日曜日に連邦議会の選挙が行われるとしたら、どの政党に投票するか」という問いに対しては、CDU・CSUに投票するという人がやはり一番多く28%だったが、それでも先月より、7ポイントも減るという結果になった。大連立のパートナー、社会民主党(SPD) の支持者も1ポイント減って15%になった。一方緑の党の支持者は23%で、4ポイントも多くなっている。さらに右翼ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD )」も2ポイント増えて12%、FDPも2ポイント増やして9%となった。左翼党は変わらず7%のままである。このアンケート調査の結果では、多数を構成できるのはCDU・CSUと緑の党の連立だけで、緑の党、SPD、FDPの連立は、わずかながら多数には届かない。

「連邦と州政府のコロナ対策について満足している」と答えた人は今回は38%に過ぎず、前回の52%から14ポイントも減り、満足していない人は56%(前回41%)と増えた。また、州首相のコロナ対策についても満足していないと答えた人は、51%(前回41%)に増えている。

イースターの厳しい追加ロックダウンについては、41%の人が「厳しいロックダウン自体は良いと思う」と答えたが、それに反対する人は54%に達していた。

連邦議会では、メルケル首相はレーム・ダックなどと批判され、信任投票を行うべきだという厳しい意見も出たが、この緊急電話アンケート調査では「メルケル首相は任期の終わる9月まで連邦首相にとどまるだろう」と見る人が84%と圧倒的な多数を占め、そうは見ない人は12%に過ぎなかった。そして人気のある政治家10人のトップはやはりアンゲラ・メルケル首相で、2位はCSU の党首でバイエルン州首相のマルクス・ゼーダー氏、3位は緑の党の共同党首、女性のアナレーナ・ベーアボック氏となっている。

過ちを訂正し、謝罪したメルケル首相だが、その後の連邦議会では、レーム・ダックという批判を跳ね返すかのように、強い姿勢で反撃に出ている。メルケル首相は、厳しいコロナ対策の必要性を強調するとともに、「トンネルの出口は見えている」と人々を励ますことも忘れなかった。

9月の連邦議会選挙までには、コロナ危機が収束していることを心から願っている。

 

 

 

 

 

2 Responses to メルケル首相の謝罪

  1. Toshiko Kuronuma says:

    メルケル首相のコロナ対策は、日本に比べれば、明瞭である点で立派だし、責任も明確で、直ちに謝罪する点は、日本の政治家が真似するべきだ。完璧なコロナ対策なんて無理。国民のために考え、国民に語りかけるメルケル首相は、やはり素晴らしいです。

  2. 永井 潤子 says:

    Toshiko Kuronumaさま、
    コメントありがとうございました。技術的な問題から画面への掲載が遅くなってしまって、申し訳ありませんでした。

    私もあなたと同じように感じており、政策決定に参加していないドイツの野党、そして一部のメディアの批判は、不当に厳しすぎると思うことがあります。コロナウイルス、特に変種株のことは、誰にもわからないことですから、対策がジグザクコースをとったとしても、仕方がないことだと私は考えています。