金銭に頼らない ラファエルの世界
ラファエルさんは、私の娘たちの通っていたシュタイナースクールのクラスメートのお兄さんです。「金は未来の重荷」だと自覚して、3年ほど前から貨幣なしの生活をおくっています。彼に対するマスメディアの関心は高く、長さ30分の番組のリンクが娘から送られてきました。「未来への道? ある若い家族のお金なしの生活」というドイツ第一テレビの制作したドキュメンタリーでした。
ラファエル・フェルマー(Raffael Fellmer)さんは1983年生まれ。南アメリカへの無銭旅行で知り合ったニエヴェスさんと、その間に生まれた娘アルマ=ルチアちゃんと3人で食卓を囲んでいるシーンからドキュメンタリーは始まります。「大地と太陽に感謝」という詩を唱えてから食事です。食卓を飾る自然食品はすべて、ラファエルさんが生ゴミコンテナから“救い出した“食品です。衣類、日常必需品をはじめ、家具、自転車まで(鍵をかけたことのない)すべてがゴミから“収穫した物“、またはもらった物です。小さな子供が育つ環境に相応しい庭付きの家もダーレム・プロテスタント教会が家賃なしで提供しています。若い両親は家賃を払うかわりに、庭や家の手入れをします。真っ赤なレンガ作りの外壁に白く塗られた窓フレームがオランダの伝統建築を思い出させるこの建物には、マルティン・ニーメラーが住んでいました。彼はプロテスタントの牧師で最初はヒットラーを支持したそうですが、告白教会の創立者の一人となりドイツプロテスタント教会のナチ化に強く反対し、1937年に逮捕されるまでこの建物を牧師館として使っていました。今は「平和センター・マルティン・ニーメラー協会」がここで平和活動を行い、その援助と企画もラファエルさんの数多くの役目のひとつです。「全世界に必ず平和がおとずれると私は信じています。今すぐにではなく、1年後でもありませんが」。彼の選んだ未来へ道の第一歩は消費社会、使い捨て社会、貨幣経済社会の拒否です。
まだシュタイナースクールに通っていたころは、将来大金を稼ぎ、人助けをしたいとラファエル少年は考えていたそうです。欧州委員会委員長になれば一番早く目的が果たせると思い、オランダのデン・ハーグ大学で欧州学(European Studies)を専攻しました。高校時代の夢だったメキシコへの旅に出たのは2010年。ラファエルさんら若者3人の冒険は一銭も持たぬ世界旅行でした。大型ヨットを持つ裕福なイタリア人2人が彼らを大西洋横断に招待したそうです。女性の乗組員を2人募集していたそうですが、結局はヒッピー風の青年が3人乗船することになりました。船上の仕事を手伝いながらブラジルへ向かいました。故郷ベルリンを離れ、南アメリカに上陸し、目的地のメキシコに着いたのは、11ヶ月後でした。メキシコ・カンクンで行われた「温暖化防止カンクン会議」には間に合ったものの、ラファエルさんは矛盾を感じました。マングローブ林だった地域は開発され、その一角に建つ完全冷房のビルの中で気候問題について討論する参加者をみて、「政治にうんざり」したそうです。
この長い道中で「貨幣なしの生活」のアイデアが熟しました。この旅で「金銭を持たないと友人関係が始まり、金銭は友人関係を切り離す」とラファエルさんは自覚したそうです。「貨幣なしの生活とは物々交換の社会ではありません」と彼はあるインタビューに答えていました。「自分が好きなものを、だれかに喜んで贈る人がこの世界にはいます。もしお金があれば、これをしたい、あれをしたい、でもお金がないから実現できないと良く聞きます。我々は初めからお金に頼りすぎて、もしかして他に実現する方法があると、考えようともしません」。
若年層失業率過去最悪、ユーロ危機、経済的不平等など深刻な問題を世界が抱えている今、消費文化を批判するラファエルさんに講演の依頼が殺到しています。問題点を述べ、討論し、反対運動をするのではなく、彼はもう一歩進んで、未来のために行動しているからです。オルタナティヴなGLS銀行、オキュパイ・ベルリン、高等学校から市民大学まで、ドイツ国内だけではなく、今では外国からも講演の問い合わせがあるそうです。もちろん報酬は無料、ヒッチハイクで往復して、宿泊もカウチサ-フィンを利用するそうです。
ある高等専門学校での講演会の様子をドキュメンタリーはとらえていました。道徳の授業です。100人以上の青年たちが真剣にラファエルさんの話を聞いています。彼は消費拒否の動機を数字にまとめました。
なぜヴィーガン、酪農製品も食べないベジタリアンなのか?
精肉および酪農業から出る温室効果ガスは全体の50%以上を占める。
なぜ車を持たないのか?
自家用車一台を生産する際、必要なエネルギー量は4人家族が15~20年間消費するエネルギー量に相当する。
なぜ生ゴミコンテナから食品を集めるのか?
地球の人口は約70億人。7人のうち1人は食品不足で苦しんでいる。それと同時に世界中で年間13億トンの食品が捨てられている。それは全生産量の約3分の1。ドイツでは年間1100万トンの食品ロスがある。トラックに積むとすれば、その列の長さは4000kmになる。金額に直すと約220億ユーロ。
この無駄を削減すべきだと考え、ラファエルさんは閉店後スーパーを回り、生ゴミコンテナからまだ食べられる食品を“救い出す“ことにしました。ドイツでは食品を捨ててもいいのですが、ゴミとなった食品ロスをゴミコンテナから取ることは、実は禁じられています。捨てられた食品を食べるので、新しく買わずにすみ、個人のエコロジカル・フットプリント1)は小さくなります。しかし最終的には社会全体の問題だとラファエルさんは気がついたそうです。多数のオーガニック・スーパー、パン屋に問い合わせてみました。当日売れ残った食品をもらい、分配所をネットで流し、コミュニティーや要支援者に分けます。更に、ラファエルさんは食品ロスを提供した店にゴミ削減の指導をしています。
ほしければ買うことが当たり前の社会ですが、視点を変えて考え直しててもらいたいと彼は望んでいます。インターネットにはフードシェアリング、カーシェアリング、カウチサ-フィン、ガーデンシェアリングなど無料共同使用のコミュニティーが溢れています。ラファエルさんたちのサイトにはこれら多種多様な情報がまとめられています。世界中で約400万人の人々がネットを通じてで無料宿泊を提供しているそうです。貨幣なしの世界は夢でなく現実化しつつあります。
ラファエルさんを影で応援しているニエヴェス・パルマー(Nievis Palmer)さんはマジョルカ島出身で心理学者として2年間バルセロナの学校に勤めたことがあり、貯金もあります。過激なラファエルさんにはついて行けない時もあり、寒い冬には切符を買い地下鉄を使うそうです。そして月々国が子供のいる彼らに支給する児童手当で健康保険料を支払っています。残りの30ユーロで彼女は時々ほしいものを買うそうです。「平和センター・マルティン・ニーメラー協会」でニエヴェスさんはスペイン語会話を無料で教えています。彼女の夢は冬の短いスペインかイタリア、南フランスで暮らすことです。「ドイツは私にとっては寒すぎる」と彼女は語っていました。
ラファエルさんは、いつか南の暖かい地方に空き家となった農家を提供したいと申し出がくることを待っています。「そこで自給自足の生活をはじめる。パーマカルチャー2)、土壁、太陽エネルギー、バイオマス設備など専門家にきてもらう」。初めに、過激な削減を試み、心、頭を無にして、次の計画の実現にエネルギーを集中する。
“ラファエルの世界“がどのように発展するか楽しみです。
エピローグ
2012年、「タッツ(taz、die tageszeitung、ベルリンで出版される全国新聞)」に載ったインタビューから
両親はどのように思っていますか。
私の生き方が良い刺激となっていることは確かです。例えば食生活。母は食生活を変えて今では90%ヴィーガンです。父には難しいようです。
どういう意味ですか?
「お前のやっていることに感心した。学ぶことがある」とは簡単に認められないのです。これは父だけではなく、そもそも誰にでもある気持ちでしょう。
ラファエルさんたちが管理しているウェブサイト、英語版もある
http://en.forwardtherevolution.net/
エコロジカル・フットプリント1)
人間活動が環境に与える負荷を、資源の再生産および廃棄物の浄化に必要な面積として示した数値。Wiki 参照
パーマカルチャー2)
人間にとっての恒久的持続可能な環境をつくり出すためのデザイン体系
パーマカルチャー・Japanから参照、http://www.pccj.net/
平和センター・マルティン・ニーメラー協会
der Verein Friedenszentrum Martin Niemöller Haus e.V、http://www.projekt-niemoeller-haus-berlin.de/
写真 「経済界は底なし沼に」
Keith Ramsey, http://www.flickr.com/photos/rmgimages/4881843809/in/photostream