メルケル首相の後継者は誰に?大混戦の連邦議会選挙
ドイツでは9月26日に、連邦議会選挙が行われる。この選挙でどの党が幾つの議席を獲得するかによって、どんな政権が成立し、誰が首相になるかが決まる。そんな大切な選挙だが、目下、大混戦となっている。2005年から4期16年間も首相を務めてきたアンゲル•メルケル氏がこの選挙には出馬せず、政界から引退するこが決まっているため、ドイツ国民はメルケル氏に代わって誰に国政を託すか迷っているようだ。
ドイツ語には“現職ボーナス”という言葉があり、選挙では現職が強いと言われている。これは今年の3月14日に行われたドイツ南部バーデン•ヴュルテンブルク州とドイツ西部ラインラント•プファルツ州の州議会選挙でも証明された。それぞれ現職のヴィンフリート•クレッチュマン州首相 (緑の党)とマールー•ドライヤー州首相 (社会民主党/SPD) が、予想を上回る得票率を得て勝利したからだ。6月6日に行われたドイツ東部ザクセン•アンハルト州の議会選挙でも、右翼ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢 (AfD)」との接戦が伝えられていたが、現役州首相のライナー•ハーゼロフ氏(キリスト教民主同盟/CDU) が楽勝した。AfDを勝たせてはならないと考えた有権者の票がハーゼロフ氏に集まったという事情はあるにせよ、彼の首相としての実績が信任されたわけだ。しかし、“現職ボーナス”という言葉が最も当てはまるのは、メルケル首相 (CDU) だろう。世論調査の結果などからメルケル首相の仕事ぶりを評価する人が多いことを意識して、 2013年や2017年の連邦議会選挙では、「みなさん、私のことはよくご存知でしょう」という分かりやすいメッセージで現職としての実績を強調し、所属政党CDUとその姉妹政党 (キリスト教社会同盟/CSU) を勝利に導いた。
こうして、16年もの長い間首相を務めたメルケル氏が政界から引退し、今回の選挙では新しい首相を選ぶことになる。ドイツ連邦共和国の歴史で、現職の首相が出馬しない連邦議会選挙は初めてのことだ。実力が未知数の首相候補を念頭に政党を選ぶのは有権者にとって難しい選択で、それを表すかのように、選挙戦が本格化した今年4月からの各政党や各党首相候補の支持率の変動ぶりは、非常に激しい。このサイトでも紹介したように、4月19日に野党の緑の党が、同党として初の首相候補を立て、それも40歳の女性共同党首のアナレーナ•ベアボック氏を選んだことを、多くの人が好意的に受けとった。その結果、緑の党は支持率を26%にも伸ばし、CDU/CSUの25%を一気に追い越し、トップに躍り出た (ドイツ公共第二テレビ/ZDFの「ポリットバロメーター」2021年5 月7日発表より)。雄弁で元気溌剌、笑顔を絶やさないベアボック氏は、得意とする気候•環境対策で力を発揮するだけでなく、いかにもドイツに改革をもたらしてくれそうで、若者たちだけでなく、広い層から支持を集めたのだ。しかしその後、ベアボック氏の経歴に正しくない表記があったことや、著書の一部に盗用があったことなどで、緑の党の支持率も、彼女個人に対する評価も徐々に下がっていった。
緑の党に代わって支持率を上げ始めたのは、メルケル首相の属するCDU/CSUだった。CDU党首でノルトライン•ヴェストファーレン州の首相であるアルミン•ラシェット氏 (60歳) と、CSU党首でバイエルン州首相のマルクス•ゼーダー氏 (54歳) の間では、どちらが首相候補になるか泥仕合が行われていたが、結局4月20日にラシェット氏に決まったことで、選挙体制が整ってきたことがその一つの理由だ。そもそも、CDUはドイツ連邦共和国の72年の歴史のうち、52年間も首相を出してきた由緒ある党だ。さらには、政府が約束した通りコロナ・ワクチンの接種が順調に進んだことや、そのためにコロナ禍が収まり始めて、普通の生活が戻りつつあったことなど、メルケル政権のコロナ対策への評価もCDU/CSUにとって追い風となった。ところが、首相候補のラシェット氏が致命的なミスを犯してしまった。7月中旬、ドイツ西部を襲った大洪水の被災地を見舞った際に、フランク=ヴァルター•シュタインマイヤー大統領が真剣な面持ちで記者団の質問に答えているその背後で、お付きの人たちと談笑しているラシェット氏の顔がしっかり映像に記録されたのだ。世紀の洪水とまで言われ、200人近い人が犠牲になっただけでなく、住まいや職、財産、思い出の品などを一瞬のうちに失ってしまった人が何万人も出たこの大災害には、ドイツ中の人が衝撃を受け、救援活動に加わったり、寄付を行ったりした。人々が深刻な気持ちになっている中でのラシェット氏の笑い顔が、被災者の気持ちだけでなく、ドイツ中の人の反感を買ったのは当然だ。6月25日の調査では29%だったCDU/CSUの支持率は2ヶ月後の8月27日には、22%にまで下がってしまった (「ポリットバロメーター」より) 。
今年1月からの各党支持率の変化。「ポリットバロメーター」より。(縦軸% 横軸日付)
その結果、漁夫の利を得たのは、SPDだった。メルケル首相の下、SPDは現在CDU/CSUと3回目の連立政権を組み、いい仕事をしてきたにも関わらず、手柄はメルケル首相に取られる形で、その業績が正しく評価されてこなかった。党内の左派や若手と上層部の間の内紛もあり、党としてのまとまりに欠け、連邦レベルでの存在感は薄く、支持率もこの3年ほど、10%台の半ばを行き来していた。そのSPDが昨年の8月、早々と首相候補としてオーラフ•ショルツ氏 (63歳)を任命した時、SPDは本気で首相を出せると思っているのだろうかと嘲笑する人さえいたほどだ。しかし、現政権で副首相と財務相を務めるショルツ氏は経験豊かな政治家であることが、改めて評価されるようになった。ショルツ氏はSPDに所属するにも関わらず、メルケル政権の副首相である彼こそがメルケル首相の政治を引き継いでくれるのではないか、物静かで、冷静沈着、淡々と自分の主張を述べるショルツ氏こそ、メルケル首相の後継者にふさわしいという声も聞かれるようになった。ショルツ氏の個人的人気が牽引となり、SPDそのものの支持率も上がり始め、今では複数の世論調査で、SPDがCDU/CSUを追い抜き支持率トップとなっている。例えば、すでに引用した「ポリットバロメーター」の最新の調査結果(2021年9月3日発表)では、各党の支持率はSPD25%、CDU/CSU22%、緑の党17%、自由民主党(FDP)11%、AfD 11%、左翼党7%だ。ただし調査機関によっては、SPDとCDU/CSU差が2ポイントしかない、もしくはCDU/CSUの支持率の方が高いとするところもあり、実際の投票結果がどうなるか、今まだ読める状況ではない。
では選挙までの残り三週間で、CDU/CSUや緑の党が巻き返すのは可能だろうか?調査機関FORSAの代表、マンフレッド•グュルナー教授は、「7月の大洪水でドイツの有権者も気候変動への対策は喫緊の課題であることを身体で体験した。もともと緑の党が主張してきたことで、緑の党は選挙戦でこの問題を人々にもっとアピールすることができたはずなのに、 成功していない。同じようにラシェット氏も、被災地ノルトライン•ヴェストファーレン州の首相として、災害対策で指導力が発揮できていないのが問題だ」と指摘している。また、気候変動は大切な問題だという意識は国民に定着しているが、だからと言って、二酸化炭素の排出を減らすために不便な生活を選び、 余分な支出も厭わないという人はあまりおらず、投票行動に直接は影響しないとも分析している。党を選ぶ際、最も重視するのは「社会的公平を実現してくれるかどうか」だという調査結果も出ている。
それぞれの候補を首相にふさわしいとみなす人の割合。「ポリットバロメーター」より。(縦軸%、横軸日付)
今回の連邦議会選挙までに、首相候補の三人を招いて合計3回のテレビ討論会が企画されているが、その一回目が8月29日に行われた。ラシェット氏は政権与党の党首とは思えないほどの勢いで、他の候補者に攻撃を仕掛けた。その闘志を評価する声もあれば、余裕のなさの表れだとみなす人もいた。今回の討論会で明らかな勝者はいなかったというのが私の印象だが、9月12日と19日に行われる討論会が、どのような展開になるか楽しみだ。そのラシェット氏は、9月3日、彼を補佐する男女4名ずつからなる専門家チームを紹介した。経済と財政はかつて党首の座を巡って争ったライバルで党内保守派に属するフリードリッヒ•メルツ氏が担当、治安問題はテロリズムが専門の学者であるペーター•ノイマン氏が受け持つことになった。経済対策や治安問題は、本来CDU/CSUの得意分野で、この人選は、メルケル政権下で失った保守層の奪回を図ったものと思われる。それは逆に言うと、メルケル首相だからCDU/CSUを選んでいた層を失うことにもなり得るため、ラシェット氏には諸刃の剣となりそうだ。一方、 選挙直前の9月24日には、「Fridays for Future」の若者たちが、温暖化対策を求めて久しぶりにドイツ全国で大規模なデモを行うことになっている。「Fridays for Future」の若者たちの後押しで2年ほど前から支持率を伸ばしてきた緑の党にとってこのデモが、最後の追い込みの一助となるかもしれない。
しかしこの選挙をさらに複雑にしているのは、どの党も、得票率で第一党になったとしても、他党との連立交渉をまとめられなければ政権を作れず、首相を出せない可能性があることだ。最新の世論調査の結果を基に計算すると、現在、5つの連立の組み合わせが考えられる。各党首の歯切れが時々悪くなってしまうのは、「昨日の敵は今日の友」になるかもしれないからだ。それにしても、これほど見通しが立たない選挙は、メルケル氏が接戦の上、当時現職だったシュレーダー首相(SPD)を破った2005年の連邦議会選挙以来のことだ。最後に笑うのは一体誰なのか? この選挙戦から、目が離せない。
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