外国人記者の会見をボイコットした安倍政権
もう昨年の話になるが、日本の総選挙前に、スイス人の夫と選挙について話す機会があった。「日本の選挙について、どんなことを知ってるの?」と彼に聞いたところ、「う〜ん、詳しくは知らないけど、安倍政権が外国人記者の会見をボイコットしたというのは読んだよ」という答えが返ってきて、「それが一番の注目ポイントか!」と驚き、何だか考えさせられてしまった。
夫はドイツ語を第一言語とするスイス人で、主にドイツやスイスの新聞からニュースを仕入れている。ヨーロッパ人としては日本のことに関心を持っているほうだが、当然のことながら、日本人ほど日本の政治のことを気にしているわけではない。その彼が、日本の選挙についての新聞記事をいくつか読んで最も反応したのは、集団的自衛権でも特別秘密保護法でも憲法改正でもなく、ましてやアベノミクスでもなかった。「日本政府、外国人記者の会見をボイコット」という記事だったのだ。
夫は「外国人」(日本から見て)なのだから、外国人記者の会見の話題に反応するのは、考えてみれば当然のことかもしれない。しかし私には、彼の視点が新鮮に思えた。私も「安倍政権が外国特派員協会を締め出す」というニュースをインターネットで読んでいたが、「いかにも安倍政権がやりそうなことだ」と思っただけで、それほど重要なニュースだと思わず、そのまま忘れてしまっていたからだ。ちなみに、会話の中で、私が「締め出す(exclude)」という英単語を使ったところ、夫に「ボイコット(boycott)って書いてあったよ」と、もっと強いニュアンスの言葉へと訂正された。
この会話のあと、「『日本政府が外国人記者の会見をボイコット』という記事を読んだ外国人は、どう思うだろう?」と想像してみた。あるいは、これが日本ではなく別の国の話だったとしたら、私はその国の政府についてどう思うだろうか? まず「報道の自由も保証されてないなんて怪しい国だ。政府は何か隠したいことがあるんだろう。きっとロクでもない政策ばかりとっているに違いない」と思うだろう。さらに「外国人記者は報道の場から排除されたけれども、その国の記者は政府への取材が許された」という点については、「きっと、その国の記者たちは政府のコントロール下にある御用マスコミばかりなのだろう。政府もマスコミも信用ならない国だな」と結論づけるだろう。これは相当、日本のイメージを悪くすることなのではないだろうか?
日本のイメージと言えば、安倍首相は、2014年2月28日に衆議院予算委員会で、「日本をおとしめようとしているキャンペーンが海外で展開されているのは事実だ」「隣の国は反日包囲網を広げようというキャンペーンを行ってきている」などと述べ、さらに「(日本のイメージアップのための)しっかりとした広報戦略を戦略的に考えていきたい」と語っている(ブルームバーグの記事より)。日本の従軍慰安婦問題に国際的批判が集まっていることを受けての発言である。しかし、日本のイメージを悪くしているのは、いったいどちらなのか?
そんなことを考えているときに、次の神奈川新聞の記事を見付けた。
「安倍政治を問う〈13〉海外メディアはどう見ているか」
(神奈川新聞 2014年12月8日)
米紙「ニューヨーク・タイムズ」のジョナサン・ソーブル記者と、「みどりの1kWh」でもしばしば引用する独紙「フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ)」のカーステン・ゲアミス記者へのインタビューである。ゲアミス記者による安倍政権への取材申し込みの裏話が興味深い。
日本外国特派員協会はこの2年間、毎月、安倍晋三首相に取材を申し込んできたが一度も実現していない。日程が合わないという理由だが、こちらはいくらでも調整すると申し出てきた。
そもそも日本政府は非常に内向き。来日して5年間、閣僚にインタビューを申し込み続けた。40回を超えるが、返答があったのは3回だけで、それも取材を断るという回答だった。
「政治家家系の安倍首相や麻生副総理は自らの家柄や祖先に誇りを持っているのかもしれないが、国民のために仕事をすることに誇りを持つべきだ」というゲアミス記者の発言にも、大きくうなずいてしまった。
もう一つ、この問題に関して、次のような記事も見付けた。日本外国特派員協会のメンバーであり、英紙「インディペンデント」、英誌「エコノミスト」、アイルランド紙の「アイリッシュ・タイムズ」紙などの記者であるデイヴィッド・マクニール記者の文章である。
「LDP vs. FCCJ: Behind the Barricades」
(2014年12月28日「No.1 SHIMBUN」 英語)
マクニール記者は、日本政府が日本外国特派員協会との会見をボイコットした理由を考察している。「日本政府は、スケジュールを調整するのが難しかったと言い訳しているが、実際は、2014年9月に山谷えり子国家公安委員長が外国特派員協会の英国記者に極右の在特会(在日特権を許さない市民の会)との関係を突然問われ、大きな問題に発展したことが理由だろう。そして、今後はそのような不即の事態(政府にとっての)が起こらないように、外国人記者をボイコットしたのだろう」というのが、マクニール記者の見立てだ。
私は、「みどりの1kWh」のじゅん記者こと、永井潤子さんの著書『放送記者、ドイツに生きる』の一節を思い出した。2006年に在ドイツ外国記者協会創立100周年の記念式典があったとき、メルケル首相が「ドイツについての外国の人たちのイメージは、あなた方の報道によってつくられるわけですから、これからもドイツについて正確な、しかし、批判的な報道をお願いいたします」と挨拶したという話だ。
日本は2012年に自民党政権に戻ったあと、世界報道自由度ランキングの順位をがくりと落とした。2011-12年は22位、2013年は53位、2014年は59位である。何かと評判が悪い民主党政権だが、民主党政権時代は、報道自由度ランキングはずっと良かった。2009年は17位、2010年は11位だった。ここ数年、報道の自由が制限されているように見えるのは、非常に残念だ。政権に都合の悪い報道を規制するのではなく、批判的な報道を真摯に受け止め、政策を改善していこうという態度こそ、成熟した国の姿だと思う。そして、逆説的ではあるが、政府がそういう態度をとったほうが、ずっと国の評判を良くするのではないだろうか。
関連リンク:世界報道自由度ランキング