順調に進むドイツのワクチン投与
昨年12月27日から正式に始まったドイツのコロナ・ウイルスに対する予防接種が順調に進んでいる。5月28日までにワクチンの投与を少なくとも1回受けた人は3545万3649人で、人口の約42.6%に達する。既に接種を完了している人は1419万7101人で、人口の17.1%に相当する(注)。6月7日からは、今まで厳しく守られてきた接種者の優先順序制度が取り除かれ、同時に12歳以上の子供たちの予防接種も始まる。
米国の医薬品大手であるファイザー社と組んで、世界で最初にコロナ・ウイルスに対するワックチンを完成させたのはドイツのバイオテクノロジー企業のバイオンテック社なのだが、ドイツでのワクチン投与は当初あまりスムーズに進まなかった。理由は、ドイツがワクチンの購入を独自にではなく、近隣諸国との連帯で欧州連合(EU)に委ねたからで、そのために、そもそも十分には提供されていなかったワクチンをEU諸国と分け合ったからだ。しかし1月以後には英国で開発されたアストラゼネカ社と米国で開発されたモデルナ社のワクチンもEUで徐々に投与されるようになった。また3月ごろからはバイオンテック社がワクチンを本格的に増産しだし、さらに4月からは米ジョンソン&ジョンソン社のワクチンも供給されるようになった。ドイツ連邦保健省によると、4月から現在までにメーカーがドイツに供給したワクチンは約3200万回分だった。そしてこれから6月末までにも、さらに約3200万回分のワクチンがメーカーから供給されることになっているという。
ドイツではワクチン投与の順番がワクチン接種開始前に、ドイツの倫理委員会とロベルト・コッホ研究所内の常設予防接種委員会、それにドイツ科学アカデミー「レオポルディーナ」の推薦に従って決められ、6段階のグループが作られた。コロナに感染すると、健康や生命に最も危険の多い人たちの属するグループからワクチンの接種を受けるように考慮されたのだ。その順位に従うと、最初のグループは80歳以上の老人やコロナ感染者の世話に当たる医療関係者、また老人ホームや養護施設の住民とそこで働く人たちだ。2番目のグループは79歳から75歳までの老人と医療関係者、また身体障害者や痴呆症の人たちで、3番目のグループには74歳から70歳までの人たちと特定の持病の持ち主や臓器移植を受けている人たち、あるいは各種の施設に住んでいる人たちだ。学校の教師や保育園の保育士の番は74歳から60歳までと同じ4番目のグループで、政治家や警察官などは64歳から60歳の人たちと一緒の5番目のグループだ。そして60歳以下の人たちが6番目のグループに属する。
ドイツではまた、ワクチン投与が開始する昨年12月末までに、すでに全国各地に約440カ所のワクチン接種センターが設けられた。会場はコロナ禍のために使われていないスポーツ施設やイベントホールなどが多いが、中には閉まっている劇場や映画館などもある。また、大都市には見本市会場を利用した1日に1000人以上もの接種が可能なセンターもできている。そこでは、 実際にワクチンを投与する医師やそのアシスタント以外に、まずセンターに来た訪問者を案内したり、その人たちの資格をチェックしたり、あるいはワクチン投与後に接種記録を「予防接種パス」に記入するなどの事務的作業をする人たちが大勢雇われている。地元赤十字の職員や連邦国防軍の兵士もいるが、学生アルバイト、特に医学生なども多い。
例えば、ベルリンには6カ所にワクチン接種センターができている。 住民はそれぞれ、自分の家から最も近いか、あるいは自分の希望するワクチンの接種が受けられるというセンターを選択することができる。市当局から年齢順に招待状を受け取った住民は、自分で都合の良い日時を電話かインターネットで予約するようになっている。しかし、老人の中にはインターネットが使えない人も多く、また、電話がなかなか通じず、当初は困惑する人たちが大勢いた。そして、子供にインターネットの予約を頼んだ人も多かった。しかしその問題は、自分でインターネットを使いこなす人たちに徐々に番が回ってきて、解決した。また、70歳以上の人たちには、センターまでの往復にタクシーが無料で使えるというサービスもある。
上に書いたように、ドイツにワクチンが本当に十分に提供され出したのは、今年の第2四半期に入ってからだ。それまでは予防接種が遅々として進まず、いつになったら自分の番になるのだろうかとイライラする人たちも増えていた。またイースタの休日(今年は4月4日と5日)以後には、ワクチン接種センターだけではなく、一般開業医の診療所でも予防接種ができるようになり、それでワクチンの投与が大幅に加速された。今までに最も沢山のワクチンが投与されたのは5月12日で、その日だけで住民140万4553人が接種を受けている。
ワクチン接種者がドイツ全国で4000万人を超えたことを機に、連邦保健相と保健行政を管轄するドイツ全国16州の州保健相は5月17日に、6月7日からは優先制度を廃止し、希望する人たちに予防接種を行うことを決めた。さらに、この日からは全国の事業所や企業の産業医が従業員のワクチン投与を行っても良いことも決めた。これで、ドイツのコロナ・ウイルスに対するワクチン接種にさらに拍車がかかると予想される。
ワクチンを受けた人たちの数が増えるとともに、ロックダウンで彼らから取り上げられてしまった行動の自由などを早く返還するべきだという議論が5月初めごろから始まった。またその頃から、小学生や中学生がロックダウンで、最悪の場合には昨年11月半ばから1日も学校に行っていないことが話題になってきた。そして、勉強が進まないだけではなく、子供たちが家にばかり閉じこもっていて、同年配の子供たちと社会生活を共にしないことは、心理学的にも良くないと指摘されだした。「子供たちはコロナに感染しても、大して重症にならないのに、老人の命を守るために、色々我慢しなくてはならなかった」とメディアも報道し始めた。
丁度その時期に、カナダで5月5日、そして米国では5月10日に、12歳から15歳までの子供たちにもパイオンテック・ファイザー社のワクチンの接種が承認された。ドイツではメルケル連邦首相と16州の州首相が5月27日の共同会議で、欧州薬品庁(EMA)の承認が得られれば、ドイツでも6月7日からこの年齢の子供たちにパイオンテック・ファイザー社のワクチンの接種を許可すると決めた。今から準備してワクチンを接種すれば、8月半ば、あるいは9月初めの新学期には、子供たちが普通に学校に通えるようになる。そのためには急がなくてはならないのだ。
なお、EMAはメルケル首相たちが年少者のワクチン接種を決定した翌日の5月28日に、子供たちへの接種を承認した。
ロベルト・コッホ研究所の常設予防接種委員会は、「年少者の予防接種は非常に 繊細な問題で、十分に注意を払はなくてはならない」とし、治験に参加した子供の数が少ないことやデータが十分でないことなどをあげて推薦を躊躇している。ドイツ社会には「集団免疫を達成するために、子供たちにも予防接種をするのは間違っている」という意見もある。メルケル首相も、「ワクチンを接種していないからと言って、登校を阻止するようなことがあってはならない」と発言し、接種には義務がないことを強調している。連邦保健相は640万回分のワクチンを子供たち用に確保しようと提案したが、州保健相たちの反対で実施されないことになった。
ドイツのワクチン投与は順調に進んでおり、第3四半期には1億3500万回分のワクチンの供給が予定されている。しかし過去にもあったように、予定がメーカーの都合で変わることもあり得る。政権担当者たちは、「ワクチン接種の道のりはまだ長い」と強調する。普通の生活がドイツに戻ってくるまでは油断ができず、まだもう一息、注意と我慢が要求されている。
(注): 接種完了のためには、パイオンテック・ファイザー社及びアストラゼネカ社、モデルナ社のワクチンの場合、2度の投与が必要になるが、ジョンソン&ジョンソン社のワクチンの場合は1度の投与で完了する。