第20期ドイツ連邦議会招集、連邦議会議長に女性が就任

永井 潤子 / 2021年10月31日

9月26 日に連邦議会選挙が行われたドイツでは、10月26日、新たな連邦議会が召集された。第20期にあたる今回のドイツ連邦議会の初日には、社会民主党(SPD)の女性議員ベアベル・バース議員(53歳)が連邦議会議長に選出されたほか、5人の副議長のうち4人が女性になるなど、新しい動きが見られた。

今回の連邦議会では、これまでに見られなかったことが、いくつかあった。まず今度の連邦議会議員選挙に出馬しなかったアンゲラ・メルケル首相は、2階のゲスト席にシュタインマイヤー大統領やリタ・ジュースムート元連邦議長などとともに座った。現役の首相が立候補しなかったのは、今回が初めてだ。メルケル首相はこの日の午後、大統領から正式に連邦首相解任の辞令を受け取ったが、次期政権の樹立までは、暫定的に首相の任務を遂行する。第4次メルケル内閣の閣僚たちも、同様にそれぞれの任務を続行する。したがって、次の連邦首相候補のオーラフ・ショルツ氏(SPD)も、自身の首相就任までは、暫定政権の財務相を務める事になる。この日、異例だったことは、コロナ禍の中、ワクチン接種やコロナ回復の証明書あるいは陰性証明書の提出を拒否した議員20人ほどは、2階に特別に設けられたコーナーにそれぞれ1.5メートルの距離を置いて着席したことだ。これらの議員は、全員、右翼ポピュリズム政党の「ドイツのための選択肢(AfD)」所属の議員で、コロナ・ウイルスの危険性そのものを否定している。

連邦議会議員でなくなったため、2階席に座ることになったメルケル首相

第20期連邦議会は、議席数が前期の709から736に増え、史上最大の規模となったことがまず大きな特徴だが、女性議員は前回より4ポイント増えて255人で、全体の35%になった(男性議員の数は481人)。女性議員の方が男性より多い政党は、前期同様緑の党と左翼党で、緑の党の女性議員の比率は58%、左翼党のそれは54%だ。女性議員の比率が13%と最も少ないのは、AfDである。また、若い議員が増えた事も今期の特徴で、議員の平均年齢は47歳だという。中でも若い議員が多いのは今回の連邦議会選挙で第1党になったSPDと第3党の緑の党で、特に緑の党の平均年齢は42歳と最も若い。1番若い2人の議員は23歳の男女で、共に緑の党に属している。平均年齢が51歳と最も高いのは、AfDだ。新人議員の割合は、全体では40%で、SPDや緑の党では半数近くが新人だという。もっとも、新人の中にはこれまでのベルリン市長ミヒャエル・ミュラー氏(SPD)やキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)の連邦首相候補として今回の選挙戦を闘ったアルミン・ラシェット前ノルトライン・ヴェストファーレン州首相など各州政府のベテラン政治家も含まれているので、新人必ずしも未経験の政治家ということにはならない。

議員歴最長のため、今期連邦議会の開会を宣言したショイブレ前連邦議会議長。1990年暴徒の襲撃を受け、以来車椅子の身となる。

この日の連邦議会は、議員経験が最も長く、前期の連邦議会議長を務めたヴォルフガング・ショイブレ氏(CDU)によって開会が宣言された。79歳のショイブレ氏は、CDUの党首や様々な閣僚の経験がある政治家で、東西ドイツの統一文書に署名したのも旧西独時代のショイブレ内相だったし、ベルリンへの首都移転にも大きな役割を果たした政治家である。同氏は冒頭の長い演説の中で、連邦議会の規模縮小を目指す選挙制度の改革が、新しい議員が解決すべき緊急の課題であることを指摘するとともに、連邦議会は論争の場であり、さまざまな議論を公然と闘わす事が民主主義の基本であること、しかし、論争にあたっては率直でフェアな態度が必要であるなどと強調した。その後、同氏は、新たな連邦議会議長選出の投票結果を発表し、新議長が誕生した後、車椅子を動かして、議長席を去った。メルケル首相の解任同様ショイブレ氏が議長でなくなったことは、一時代の終わりを感じさせた。ショイブレ氏は、今後は一連邦議会議員となる。

連邦大統領につづき国家で2番目に高い地位とされる連邦議会議長は、連邦議会選挙で第1党になった政党から選出されることになっている。今回は第1党のSPDが推薦する権利を持っており、当初は議員団団長のロルフ・ミュッツェニヒ氏が下馬評に上がっていた。しかし、そうなると、大統領、首相、連邦議会議長などこれからの要職の全てを男性が占めることになるため、SPD内部はもとより、多くの女性達が、女性を推薦する様に強く要求した。その結果ミュッツェニヒ氏自身が、SPDの議員団副団長ではあるものの、ほとんど無名の女性議員、ベアベル・バース氏を連邦議会議長候補に推薦したという経緯がある。同氏がどれだけの支持を得るかが注目されたが、投票数724票中576票の賛成票で、同氏は連邦議会議長に選ばれた(反対90票、保留58票)。

新議長に選出され、SPDのショルツ連邦首相候補から花束を贈られたバース氏。

ベアベル・バース氏は、ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都デュッセルドルフ近郊のデュースブルク出身で、父親がバスの運転手という典型的な労働者階級の家庭で、5人の兄弟姉妹とともに育った。2009年以降、連邦議会議員で、2019年以降はSPD議員団副団長をつとめていた。彼女はこれまでの4回の連邦議会選挙では、いずれも小選挙区の直接選挙で選ばれている。そのうちの3回までが得票率40%を超えるという選挙に強い議員だ。連邦議会議員の中には教授資格や博士号を持つ人が多いが、バース氏の学歴は、義務教育より1年多い10年制の実業学校卒業だ。それ以後はさまざまな職業教育を受けて、最終的には健康保険事務の専門家となり、政治家としては保健問題や介護問題の専門家として、活動してきた。やはりSPDの党員だった夫を去年失くし、子供はいない。趣味はサッカーをすることとバイクに乗ることだという。

大柄な体を赤い上着に包んだベアベル・バース氏は、「選挙結果を受け入れますか?」というショイブレ氏の問いに「心から喜んでお受けします」と勢いよく答えた。国家の中で大統領に次いで2番目に高い地位である連邦議長に就任した女性は、アネマリー・レンガー氏(SPD、1972年―1976年)、リタ・ジュースムート氏(CDU、1988年―1998年)に続いて彼女が3人目である。就任演説でバース新議長は、レンガー氏やジュースムート氏に続いて女性が連邦議会議長という「民主主義の心臓部」で重要な役割を果たすことは、我が国にとって良い効果をもたらすと述べたが、その一方で、自分自身が1949年のドイツ連邦共和国設立以来3人目の女性議長で、前の女性議長から23年もの年月が経っている事は、褒められる事ではないと苦言を呈した。彼女はこうした事態の改善に努力する意向を強く示したほか、ショイブレ前議長同様、議会の縮小問題を緊急の課題だと強調した。バース新議長は、新連邦議会議員に対し、政治は社会の真ん中を構成する平均的な人たちのために行うべきだとも述べた。つまり、日々の生活を営むのに精一杯で、デモに行く時間もなく、子供の面倒を見たり、老人の介護に疲れたりしている市民達のために政治を行うよう求めたのだ。バース新議長はまた、議員たちは難しい法律問題を説明するにあたっても、なるべく専門用語を使わず、一般の市民が話す、分かりやすい言葉を使うよう求めた。さらに議論にあたっては、お互いに敬意と尊厳を保つようにも要求し、「憎しみやヘイトスピーチは、意見とはみなされない」などとも強調した。バース新議長の就任演説は、わかりやすい言葉で、議会の目指す方向や緊急の課題などを示した程よい長さのものだった。「ベアベル・バースって誰?」と最初に彼女の名前を聞いたほとんどの人が思ったはずだが、演説を終えたバース氏は、その後の議事をはっきりした言葉で手際よく進行し、まるでずっと前から議長を務めていたような安心感を与えた。知られざる有能な女性議員が、ひのき舞台に出ることを許されたという感じだった。

新議長と5人の副議長、議会運営は主として女性の手に。

南ドイツ、バイエルン州の州都、ミュンヘンで発行されている全国紙「ジュートドイチェ・ツァイトゥング(南ドイツ新聞)」は、翌10月27日「新たなスタートの魅力」というタイトルの社説で、次のように論評している。

第20期連邦議会は、ベアベル・バース議員を議長に選んだが、彼女の就任演説は、それが良い考えだった事を示した。超然とした態度と明確な言葉で、時にはユーモアを交えながら、これまで目立たないところで実務をこなしてきた53歳の女性政治家は、新しい人物が重要な地位に就くことが、政治の世界にとっていかに良いことであるかをいとも簡単に証明したのだ。79歳の経験豊かな政治家ヴォルフガング・ショイブレ氏から26歳若い後継者へのバトンタッチによって世代交代が行われたわけだが、これは、新たな時代精神に基づく連邦議会にふさわしい事だった。新しい議会では、女性と若い世代が増え、多様性も増した(略)。

新しい連邦議会議長の課題はAfDとの適切な対応の他にもいろいろある。彼女は何よりもまず社会の真ん中を構成する人たちのための政治をしなければならない。バース氏は賢明にも前議長の中断した点を引き継いでいく事を表明した。つまり彼女は、全議員の為の議長であるよう努めることを約束したのだ。彼女にはもう一つ約束したことがある。就任演説でバース新議長は「民主主義の心臓部で女性が責任を負うのは、いい事だ」と語ったが、二人目の女性議長リタ・ジュースムート氏と彼女の間に23年もの間隔があることを指摘して、こうしたことは繰り返されてはならないとも語った。つまり、女性達は(政治的に責任のある地位に就く)自信を持つべきだというのだ。バース新議長は、アンゲラ・メルケル首相が(16年の)首相任期中に成功しなかったこと、つまり男女のパリテート(完全な平等)が自明のこととならなかったこと、それを実現させるということを自らの新しい課題とした(略)。連邦議会の初日にバース氏が1949年以降3人目の女性連邦議長に就任したほか、副議長に選ばれたのは女性の方が男性より多いという事実は、歴史上かつてなかった事である(略)。

(10月26日の)火曜日には、Zuckertüte(注:小学校入学祝いのお菓子などをつめた円錐形の筒)はなかったものの、連邦議会初日の議員たちの雰囲気は、新入生のような好奇心にあふれたものだった。リュックサックを背負った若い人たち、沢山の赤いコート、緑のマスクが目立ったし、議会で初めてマイクの前で発言する人たちも大勢いた。(「信号連立」政権樹立の交渉を始めた)SPD、緑の党、自由民主党(FDP)の政治家たちの親しげな様子も垣間見ることができた。特にFDPのCDU・CSUから距離を置こうとする態度が人目を引いた。連邦議会初日には、「新たなスタートの魅力」が存在した。この日は、確かに「民主主義の祝日」だった。

連邦議会の初日、特に目立ったのは、赤い上着が多かったことだった。そのほか色とりどりの服装の議員がいて、多くの女性議員の存在を印象付けた。黒っぽい背広姿の男性ばかりという時代は、過ぎ去ったようだ。本日日本でも衆議院選挙が行われているが、若い議員や女性議員が増えて、多様性のある議会が誕生するのだろうか?時代に相応しい新しい風が、日本の国会にも吹く事を期待したい。

 

 

2 Responses to 第20期ドイツ連邦議会招集、連邦議会議長に女性が就任

  1. ツイーリンスキ 洋子 says:

    もうご存知だと思いますが「、2021年10月31日の衆議院選挙の結果女性議員の選出は45人で9.7%に終わりました。各政党に男女同数の候補者を擁立するよう努力義務を課した「政治分野における男女共同参画推進法」の施行後、初めて行われた国政選挙だったはずですが、候補者1051人のうち、女性は186人で17.7%。政党別では、与党の自民党(9.8%)と公明党(7.5%)はいずれも1割未満でした。
    ジェンダー関連の政策を押し出していた、立憲民主党も18.3%の女性候補者擁立になりました。 ドイツでは連邦議会議長が女性、副議長も4人選出、このレベルに達するまで日本はあと何年かかるのでしょうかね?

    • 永井 潤子 says:

      日本の衆議院選挙での女性議員について、詳しくお知らせくださって、ありがとうございました。もともと少ない女性議員の比率、こんどこそ増えるかと期待したのですが、逆に減ってしまって、がっかりしました。選挙制度を変えるか、政党にクオータ制を導入するかしないと永久に日本の女性議員は増えないのではないかという気がしてしまいます。在独の女性が、在アメリカと在オランダの女性とともに在外投票のオンライン化を求める運動を開始したことに、勇気付けられています。投票率をあげるという地道な努力も必要ですね。