ドイツはなぜ大勢の難民が受け入れられるのか

ツェルディック 野尻紘子 / 2015年9月20日

8月31日の記者会見でメルケル首相は、「多くの難民の人生の夢が『ドイツで生活することだ』というのは良い印ではありませんか。ドイツは彼らにとって希望とチャンスを意味するのです」と語った。ドイツはなぜ、大勢の難民を受け入れる準備があるのか、少し紹介する。

今年ドイツにやって来るだろうと予測される難民の数は8月半ばに、それまでの45万人から一挙に80万人に訂正された。急激な増加だ。 難民一人当たりにかかる経費はドイツの場合、全てを計算すると月1000ユーロ(約13万6000円)前後と言われる。それでもショイブレ連邦財務大臣は、難民数が増えることを「解決不可能な課題ではありません。我々はこの深刻化する問題を克服することができます」と語っている。ガブリエル連邦経済・エネルギー相も、「ドイツは難民のために仮設住宅を建設するだけでなく食べ物を準備し、また医療サービスも提供します。ドイツは強い、豊かな国です」などと発言している。 そしてメルケル首相も「私たちは(難民受け入れを)やり遂げられます」と繰り返している。

この背景にはまず、ドイツで今、国の税収入が増えていることがある。連邦財務省の発表によると、今年7月末までの税収入は昨年同時期に比べて200億ユーロ(約2兆7200億円)も多い。昨年ドイツは貸し入れ金なしで国家財政を賄っており、今年も借金をする必要がなさそうだ。失業者も減ってきており、7月の失業率は24年来最低の6.3%だった。一方、正規雇用者の数は4295万人で、特に無期の正規雇用者が 前年比で45万人増加して2450万人に達している。しかもナーレス連邦労働相は、「ドイツ連邦共和国始まって以来、こんなに沢山の求職があるのは初めてです」と現状を説明する。見習い実習生の求人も応募者数より多いという。つまりドイツの経済は今とても堅調なのだ。

これを反映して、被雇用者の賃金も上昇している。通常、往々にして物価の上昇に飲み込まれてしまう賃金の上昇だが、現在はインフレ率が低いので可処分所得として労働者の手元に残り、彼らの懐を潤している。OECDの調査によると、ドイツ人の年間平均労働時間は1300時間(パートタイムを含む)で、世界一短い。反対に休暇と休日は世界一多く年間40日ある。アレンスバッハ世論調査研究所の行った30〜59歳を対象とした「生活の質」に関する調査で、現在の生活を「良い」あるいは「非常に良い」と答えたドイツ人は91%にも達した。ドイツでの被雇用者の71%に当たり、所得税の82%を支払っている人たちの答えだ。

一方ドイツでも、日本ほどではないが、少子化・社会の高齢化が進み、相当以前から移民の必要性が語られてきている。このままでは、将来の社会の担い手が減ってしまい、現在でさえすでに熟練工が不足気味だとされているからだ。難民として現在欧州に来る人たちは、ほとんど全員が35歳以下と言われる。若い世代で、やる気のある人たちだ。例えば、シリア人移民の教育水準は高いと言われているので、ドイツ産業連盟のグリロ会長やドイツ商工会議所のシュヴァイツァー会頭が彼らに期待をかけることも理解出来る。(ただ、彼らのうちの文盲率は15%という話も聞こえて来る。)

ドイツはまた、百万人単位の移住者の扱いに関して経験を積んで来ている。第二次世界大戦直後に、以前にはドイツ領域だった東方地域から当時の西ドイツに移住した引揚者は、数百万人に達する。その後も、当時の東ドイツから西ドイツに移って来た住民は多い。そして冷戦終焉後には、その昔、旧ソ連地域に開拓者などとして移り住んでいたドイツ人の子孫らがドイツに戻って来ている。更に、 1960年、70年代には、数年間の予定で大勢の外国人労働者を呼んでいる。数年後には帰国するだろうと考えられた彼らの大半はしかし帰国せず、ドイツに居残り、むしろ祖国から家族を呼んだりして外国人住民が増えた。作家マックス・フリッシュの言葉を借りると、「労働力を呼んだら、人が来た」のだ。

外国人労働者は生活様式や宗教の異なる場合が多く、彼らをドイツ社会に溶け込ませるためには大変大きな努力を重ねる必要があった。勿論、外国人労働者も努力を積んできたのだが、 その双方の努力の甲斐があって、事業に成功したり要職に就いたりしている彼らの子どもたちが増えてきている。その他の外国から来た移住者を含めると、現在ドイツの住民で外国のルーツを持つ者は約1640万人、住民の20.3%に達する。

そして最後にもう一つ。ドイツは第二次世界大戦中に、ナチス政府が政権批判者や反対者を投獄したり死刑に処したりしたこと、また、ユダヤ人を絶滅しようとしたことなどを深く恥じている。そして逃亡を試みたそういう人たちを受け入れて、彼らの命を救ってくれた国々に感謝している。そのことがあるので、政治的、社会的な理由により困難な状況に陥っている人たちを受け入れるべきだとするドイツ人の気持ちは強い。また、少数派が現在難民を攻撃したり収容施設に放火したりすることを、非常に恥ずかしいことだと感じている。9月5日、6日の週末に、ハンガリーからオーストリア経由でドイツ南部のミュンヘン駅に到着した難民は約2万人と記録的だった。駅に駆けつけたミュンヘンの住民がこの人たちに示した圧倒的な歓迎ぶりは、全てのドイツ人が、難民収容施設に火をつけるような人間でないことを、世界に示したかったからだ。数多くある難民収容施設の一つをベルリンで運営している労働者福利厚生団体の理事長マンフレッド・ノヴァックさんは、「ドイツが統一できたこともヨーロッパのおかげです。恩返しをしなくてはなりません」と語っていた。

日本のどこかの新聞が書いていたように、難民の受け入れに「ドイツに思惑 – 労働力不足にらむ」などということは、二次的なことだ。優秀な労働力が欲しければ、移民政策を導入した方が遥かに効率的だ。望む数の、望む資格を持つ人たちが集められるからだ。ドイツの経済が堅調であることが今回有利に働いていることは事実だが、助けを求める人たちがいるから、手を広げて彼らを迎え入れ、出来るだけのことをしようと、ドイツ人はしている。助けることが出来るという自信があるから、助けを提供しているのだ。ドイツ公共第一テレビ(ARD)のために世論調査のインファス・デマップ社が行った最新の調査で、「こんなにも大勢の難民が来るのは不安だ」という文章を肯定した人は38%しかいなかった。否定した人は61%もいた。

ドイツにやって来る難民の大多数は、将来的にもドイツに留まるだろうとされる。難民の増加で「ドイツはこれから変化する」と言う声をあちこちで聞く。それについていけないドイツ人たちを置いてきぼりにしないことも、難民をドイツ社会に繰り込んで行くとことと同じように大切だ。秋の新学期から難民用に特別に設けられた「ウエルカムクラス」に通い出した難民の子どもたちは、ベルリンだけでも5000人いる。

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