ドイツ人とマスク、その二

永井 潤子 / 2020年8月23日

もともとマスクに対して悪いイメージを持っていたドイツ人だが、4月末、16州全てで公共交通機関を利用する場合や買い物をする場合にマスク着用が義務付けられて以来、マスクは日常生活に欠かせないものとなった。しかし「マスク嫌い」の気持ちは、そう簡単には無くならないようだ。ロックダウンが徐々に解除されても、マスク着用義務は無くならず、マスクは「コロナ危機のシンボル」となった感さえある。マスク着用の義務を原則として認めていても、わずらしいと感じる人も増えているようだ。また、マスクを全く否定する人たちのデモも各地で起こっている。ドイツのマスク事情の今をご紹介する。

世論調査機関のForschungsgruppe Wahlenがドイツ公共第二テレビ(ZDF)の「ポリットバロメーター」のために7月7日から9日まで実施したアンケート調査によると、「買い物時のマスク着用義務を正しい決定だ」と思う人は、87%にのぼった。また、別の世論調査機関「Infratest-dimap」が7月21日と22日に実施したアンケート調査によると、79%の人が「他人との距離を置くことやマスク着用の義務に慣れた」と答えた。連邦政府や各州政府のコロナ対策を支持すると答えた人を支持政党別に見ると、緑の党とメルケル首相の属する保守政党、キリスト教民主同盟(CDU)とその姉妹政党であるキリスト教社会同盟(CSU)の支持者が1番多く、87%にものぼっており、ドイツ社会民主党(SPD)の支持者がこれに続き、86%だった。左翼党の支持者では80%だった。最も少ないのが右翼ポピュリズム政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持者で、55%に過ぎなかった。もともとAfD支持者の中にはコロナウイルスの危険性そのものを否定する人が多く、従って政府のコロナ対策についても批判的な人が多い。それに次いで支持率が少なかったのが、自由民主党(FDP)の支持者の65%だった。自由を非常に重視するFDPの支持者の中に、連邦政府や州政府のコロナ対策を個人の自由を制限するとして反対する傾向が強いことが、このアンケート調査からもうかがえる。

いずれにしても、アンケート調査の結果からは、ドイツ人10人のうちほぼ8人がマスク着用の義務を受け入れているのだが、最近はマスク着用を拒否して、商店の従業員などとトラブルを起こす人やマスクをめぐる諍いが暴力沙汰に発展するケースも多いという。また、「コロナ危機は国際的な陰謀によるもので、実際にはコロナ危機は存在しない」などという説が、ソーシャルメディアなどを通じてさらに広がっているなどのニュースもしばしば耳にするようになった。

買い物に行くときは、マイバッグとマスクを持って行くのがドイツ人の新しい習慣になった。しかし本音はマスク嫌いで、店から出ると、すぐ外す人が多い。

報道週刊誌「デア・シュピーゲル」の2020年8月14日号が伝えるところによると、ベルリン中央駅のマクドナルド店の責任者は「店でマスク着用を拒否するお客さんはこれまでも一定数いて、興奮する人をなだめるのが難しく、中には注意した従業員を攻撃する人もいました。最近の新しい傾向は、マスク着用の義務を免れるという医師の診断書を持ってくる人が増えていることです」と語っていた。そういう事実を私は全く知らなかったので、驚 いたが、同時に医師にマスク着用ができないという診断書を書かせる人がいるということを、とてもドイツ的だと感じてしまった。実際に医師の中にもマスク反対派の人がかなりいて、中でもオールタナティブな医療を推進する医師 の中にそういう人が多く、ハンブルクの3人の医師は「啓蒙する医師たち」という組織を立ち上げたという。また、南西ドイツ、バーデン・ヴュルテンベルク州、オッフェンブルクの歯科医師フリッツ・デューカー氏も「マスクの下は暖かく湿っていて、バクテリアやウイルスの巣窟になる」という意見の持ち主だ。そして希望する患者には、「マスク着用を免れる」という診断書を書いているという。その理由として「マスクをつけると、呼吸困難になる」とか、「皮膚に湿疹ができる」と書くのが最も多いという。ベルリン中央駅のマクドナルドの責任者は、医師の診断書を見せる客に対して、フェースシールドを用意することにしたという。これなら呼吸困難にはならないが、コロナウイルスの防止効果は限定的でしかない。

商店だけではなく、バスや電車などの公共交通機関でもマスク拒否者とのトラブルは発生する。ベルリン市交通公団によると、ベルリンでは今では電車やバスの中でのマスク着用率は90%に達しているが、4月以降コントロールの際、マスクをしていない人が約4万5000人見つかったという。そのうち約450人が、マスク義務を認めようとしなかったため警告を受け、270人が50ユーロ(約6000円)の罰金の支払いを命じられたという。一方、ドイツ鉄道は、概ねマスク義務は守られていると公式発表しているが、北ドイツのある女性車掌は、1日に7−8人はマスクをつけていない乗客がいて、注意すると激しい反応が返ってきて、罵詈雑言を浴びせられたこともあると言う。ノルトライン・ヴェストファーレン州のエッセン近郊では、注意した女性車掌が、乗客に殴られるという事件も発生している。長距離列車の中で違反者を見つけると、車掌にとっては複雑なことになる。というのも16州で違反者に対する罰金の額が違うからである。例えば南ドイツのミュンヘンからベルリン行きの列車を例にとると、マスクをしていないことが、途中のザクセン州で発見された場合は、罰金は払わなくて済むが、隣のチューリンゲン州では50ユーロ、バイエルン州では150ユーロ払わなければならない。ベルリンでは500ユーロまで払わせられる可能性があるが、実際には警官がコントロールする場合を除いて、そういう高額を徴収することは、ほとんど不可能だという。

電車の駅に置かれている切符の自動販売機の画面で、マスク着用が呼びかけられている。

そもそもドイツのコロナ対策を複雑にしているのは、これが連邦政府の権限ではなく、各州の管轄事項であることだ。夏休みが終わって新学期が始まった後、学校でのマスク着用をめぐって、さまざまな議論が展開されているが、結局16州のうち、授業中もマスク着用が義務付けられるという最も厳しい措置が取られているのは、今のところ、日本人が多く暮らすデュッセルドルフが属するノルトライン・ヴェストファーレン州だけだ。他の大部分の州は、授業中はマスク着用の義務がないが、廊下やトイレでは着用の義務がある。その他、今の所はマスク着用の義務がまったくない州や目下考慮中のところもあるといった具合だ。ドイツは、ナチ時代の独裁体制に対する反省から生まれた連邦制で、各州の権限が強いというプラス面があるものの、問題によっては統一を欠くという結果になる。

8月1日の土曜日にはベルリンで、コロナ対策に反対する大規模なデモが行われたが、参加者のほとんどがマスクをせず、そのため警察は集会の途中で解散を命じた。このデモでは、デモ参加者数について主催者側と警察側の発表に大きな差があることが問題にもなった。このデモには単に政府のコロナ対策に反対する人たちだけではなく、国際陰謀説を信じる人やネオナチ、右翼、反ユダヤ主義者、反イスラム主義者、AfDの支持者など、さまざまな主義主張の人たちが全国から集まった。デモ参加者がマスク着用を拒否することは最初からわかっていたので、デモそのものを禁止するべきだと思った人もいたが、民主主義の基本をなす言論の自由やデモの自由は尊重しなければならないという理由で、デモは許可された。8月29日には再び、ベルリンでコロナ対策に反対するさまざまな団体の同様のデモが計画され、全国から2万人以上の参加が見込まれているという。デモは午前10時半にブランデンブルク門前をスタートし、ベルリン市内を行進した後、15時半に大統領府の近くのロータリーで集会を行う予定だ。今回も参加者のほとんどが、コロナ危機のシンボルであるマスク着用を拒否した場合、警察がどのような態度に出るか注目される。ベルリン市民の間には、全国から来てベルリン市民を危険に陥れる多数のデモ参加者に、より厳しい規制を求める気持ちも高まっているようだ。反コロナデモに対抗するカウンターデモも計画されているため、当日のベルリンはデモ一色に染まりそうである。マスク拒否を声高に叫ぶデモ参加者を見ると、日本人の私はなぜマスクをつけるという簡単なことが、こんなに大変な反応を呼び起こすのかと思ってしまう。ドイツ人の間で、マスクの効用に対する疑念が、完全には取り払われていないことも影響しているのかもしれない。

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