ドイツの「過剰」報道vs日本の「無情」報道

あきこ / 2011年11月13日

10月30日の朝日新聞オンライン版に、以下のニュースが報じられていた(全文掲載)。

「東京電力福島第一原発の事故で大気中に放出された放射性セシウムは、内閣府の原子力安全委員会が公表した推定値の3倍になるとの試算を、ノルウェーなど欧米の研究チームが発表した。チェルノブイリ原発事故の放出量の4割にあたるという。大気物理化学の専門誌に掲載された。

研究チームは国内の測定データのほか、核実験探知のために設置された北米や欧州などの測定器のデータを使い、事故が起きた3月11日から4月20日までのセシウムやキセノンの放出量を分析した。
セシウムの放出量は約3万5800テラベクレル(テラは1兆)で、原子力安全委の試算値1万1千テラベクレルの約3倍。降下物は大部分が海に落ちたが、19%は日本列島に、2%は日本以外の土地に落ちた。
キセノンの放出は地震で原子炉が緊急停止した直後に始まったとみられ、原発が地震で損傷した可能性があるという。
4号機の使用済み核燃料プールへ注水を開始した直後から放出量が激減したといい、プール内の核燃料が損傷して放出された可能性を挙げた。ただ、燃料の外観が保たれていることは東電の調査で確認されている。
研究チームは、これらの分析結果は、測定データが不足し、放射能汚染で信頼性の高いデータが得られないことなどから、不確かさを伴うとしている。
今年5月にも、核実験の監視システムなどのデータをもとに、福島第一原発で原子炉の停止後に連鎖的な核反応が再び起きた「再臨界」の可能性が指摘されたが、その後、データが訂正されたことがある」。

この記事を読むと、内閣府がどれだけ正確に事故の深刻さを伝えていたのか疑問に思えてくる。日本のマスメディアは、福島の原発事故後、東京電力をはじめ、経産省、原子力安全・保安院、文部科学省など公的機関の発表をそのまま報道してきた。第三者、あるいは民間の組織が検査した結果と、公的機関の発表を比較した記事を目にしたことはない(少なくともドイツにいてオンラインでの報道を見る限り)。あるいは、報道機関が独自に調査するということもない。

さて、同上の記事について、報道週刊誌「デア・シュピーゲル(Der Spiegel)」のオンライン版は、日本のどのオンラインニュースよりもはるかに詳しく報じている。その中で注目したい点をいくつか挙げてみる。

1.これらの数値は、第三者機関が設置した多くの計測地点から集められた膨大なデータを分析したものである。

2.これらの数値は、オープンアクセスの学術雑誌に発表されている。この調査に参加した専門家たちは、とりわけ日本の原子力安全・保安院と国際原子力機関(IAEA)からのコメントを待っている。しかし、原子力安全・保安院は発表されたこれらのデータを検証していないため、現時点では公式見解を出していない。

3.内閣府の推定値が今回発表された数値を明らかに下回っていることは、今までの日本政府の原発事故への取り組みを見れば不思議ではない。すでに8月に明らかになったことだが、原子力安全・保安院は原子雲の拡散についてあいまいにしていた結果、多くの人たちが被曝した可能性が高まった。

シュピーゲル誌の報道から見えてくるのは、欧米の研究者が発表した数値の根拠、それらの数値に対する日本の当局の反応への批判的な言及だ。この記事に限らず、ドイツのメディアでは公式に発表されたことをもとにして、政府が、何を、どのようにしようとしているのかを様々な角度から批判的に検証し、伝えている。だからこそ読者は、報道された内容をもとに、自分自身の意見を形成し、自分自身の態度を決定する材料を手に入れることができる。

原発事故をめぐって、日本ではドイツの過剰報道について批判の声があると聞く。本当に「過剰」かどうか、上記の事実だけから考えることはできないかもしれないが、少なくともドイツの報道機関(シュピーゲル誌だけではなく、その他の新聞、テレビなどの報道機関も含めて)は、当局の公式発表をそのまま載せて終わりということはない。

確かに、朝日新聞とシュピーゲル誌のオンライン版ニュースを見ると、量ではドイツが圧倒的に「過剰」なのは一目瞭然だ。しかし、その内容の濃さは「過剰」ではない。政府や東電の発表をそのまま流して、批判的検証をしない結果、人々は逃れられたかもしれないリスクを負ってしまった、そして負い続けるかもしれない。そうなれば、日本の報道が「非情」「無情」だと感じるのは、ドイツの「過剰」報道にさらされてしまったからだろうか。

デモについての日独の報道の差を皮きりに、今後、何回かにわけてドイツの報道が過剰かどうかを考え続けたい。

One Response to ドイツの「過剰」報道vs日本の「無情」報道

  1. みづき says:

    この問題の日独比較はほんとに興味深いです。
    原発事故直後の日本の報道は「無情」というより、
    情に流された結果(津波のショックがさめやらぬ中、
    さらにひどい事態が起こっているとは信じたくない人々の
    気持ちを慮りすぎている)、安全寄りの報道になって
    しまっていたように思います。
    その結果、しなくていい被曝を招いたのだとしたら、
    おっしゃるとおり、ほんとに「無情」ですね。

    あと、やっぱりエネルギー業界とマスコミとの癒着が
    続いていたから、ぱっとは変えられないのかもしれませんね。
    ドイツでも、エネルギー業界の圧力は大きいものだと
    思うのですが、そのへん、マスコミとの関係はどうなっているのか
    興味があります。