日本の選挙結果についてのドイツの新聞論調

永井 潤子 / 2012年12月30日

選挙直後のドイツの新聞論調は、去年の東日本大震災、福島第一原発の過酷な事故の後初めて行われた衆議院選挙の結果に驚きを示すものが多かった。あれだけ大きな原発事故を起こした日本で、脱原発を望む多くの人たちの気持ちが選挙結果に全くと言っていいほど反映されなかったことへの驚きは、見出しにも現れていた。「フクシマを軽視」(taz、ディー・ターゲスツァイトゥング)、「日本は原子力を選んだ」(ベルリーナー・ツァイトゥング)などなど。50年以上政権を担当して原発推進政策をとり続けてきた自由民主党に圧倒的な勝利をもたらした日本の有権者の選択は、ドイツのジャーナリストたちの理解を超えるものだったようだ。

 

「東京では新しいスタートの兆しが見られない」(フランクフルトで発行されている全国新聞、フランクフルター・アルゲマイネ)という見出しからは、失望感が透けて見えるが、この記事を書いたカールステン・ゲルミス東京特派員は、自民党の勝利について上智大学の中野晃一准教授の分析を紹介している。それによると自民党は小選挙区の直接候補300議席のうち237議席を獲得した、つまり約80%の議席を占めているが、直接選挙での得票率は43%にすぎなかった。比例選挙の得票率に至っては、わずか29.7%にすぎない。それにもかかわらず、自由民主党は連立相手の公明党とともに衆議院の480議席のうち325議席という過半数を占めることになったと指摘している。

「麻痺した日本」(ベルリーナー・ツァイトゥング)というタイトルの記事は「安倍氏の率いる自由民主党は選挙での圧倒的勝利を祝っているが、政治的な成功のおかげとは言い難く、有権者の失望が前もってプログラミングされている。自民党の復帰は日本が政治的に麻痺状態に陥っていることを示すものである。その原因は長年自民党政権が続いたことによる硬直した政治構造にある。自民党は3年ぶりにまた政権の座につくことになったが、同党の圧勝は日本人の民主党政権への政治的幻滅のおかげである。唯一の希望はこのシステムが、毎年のように新しい首相で再出発することである」と論じている。

右傾化を警戒する論調も多かった。最も厳しい筆致だったのは、ミュンヘンで発行されている全国新聞、南ドイツ新聞のクリストフ・ナイトハート東京特派員の「過去に向かう右傾化の動き」というタイトルの長い記事だった。「保守主義から強固なナショナリズムまで、これまでの東京の政権はすべて右派だった。しかし、これまでの政権は抑制した態度を保ってきた。だがそれも過去のものとなった。勝利した自由民主党の選挙戦は不快な響きと極右の要求に満ちていた。そして安倍晋三という過去の日本を夢想する男が権力を掌握したのだ。日本はこれまでも右傾化していたが、さらにもっと右傾化した。これまでの東京都知事で、単独行動で北京との島を巡る争いの垣根を壊した石原慎太郎は、中国について“シナ“という蔑称を公然と使う。彼は日本に核武装を要求し、赤い中国との小さな戦争も考えられると言ってはばからない。石原は他の右翼ポピュリストたちともにこの不快な響きと極右の要求を選挙戦に持ち込み、これまでタブー視されていたこれらのことを日本の社会で普通に通用するものとしたのである。その結果、日本の次期総理である安倍晋三は、ようやく彼が本当に考えていることを隠さずに口にすることができるようになった」と書き出している。

「安倍は失敗に終わった最初の首相時代(2006年9月から2007年9月)に既に憲法改正を試みた。憲法9条は日本にあらゆる戦争を禁じ、自国領の自衛だけを認めている。安倍はこの平和条項を破棄しようとしているだけではなく、人権を制限し、男女平等の権利も撤廃しようとしている。さらに外交政策でも日本政府が第2次大戦中の自国の軍隊が、朝鮮、中国、東南アジアから何十万人という女性たちを強制売春婦として野戦売春宿に連行したことを認めた、いわゆる河野談話を撤回することを望んでいる。歴代の日本政府は日本の軍隊が第2次大戦中におかした人道に対する犯罪に真剣に対応することを今日まで怠ってきた。多くの首相が遠回しに謝罪の意を表明したが、そのたびに他の政治家たちの発言によってただちに謝罪の意味が弱められた。既に長い間、語るに足る左派は日本には存在しない。今では周知のことだが、アメリカのCIA がその資金によって右派が日本で政権を維持するよう助けたのである」。

日本人の過去の歴史認識に触れたナイトハート記者は、日本のマスメディアの責任にも目を向けている。「フクシマの後、いかに日本の原子力産業、学会、主要メディアがいわゆる原子力ムラのもとで結託しているかが明らかになった。マスメディアは自民党と常に密接に結びついている産業界に依存しており、2009年の政権交代後に『下野した自民党を再び政権に!』と論陣を張ったほど緊密な関係にある。彼らは決して左派ではない野田首相の民主党政権にすらチャンスを与えようとはしなかった。こうした日本の公共社会に対抗する市民勢力は、今ようやく生まれつつある。」ナイトハート記者はこういう言葉で長い厳しい解説を結んでいる。

第2次安倍政権が正式に誕生した12月26日は、ドイツではクリスマス2日目の休日で、ほかに政治的なニュースもなかったため、日本の政権交代のニュースはラジオ・テレビのニュースのトップで扱われた。クリスマスあけの27日、28日の新聞でも大きく扱われた。「日本の議会は原子力推進派の安倍を首相に選んだ」(S.P.O.N. シュピーゲル・オンライン)、「原子力産業に屈服」(南ドイツ新聞)、「タカ派の安倍が再び日本の首相に」「日本は大規模な経済活性化政策を発表」(ベルリンで発行されている全国新聞、ディー・ヴェルト)、「安倍元首相が6年の間の7人目の日本の首相に選ばれたのは、日出ずる国の退潮傾向を物語る」(南西ドイツ、ルードヴィッヒスハーフェンで発行されている日刊新聞、ディー・ライン・プファルツ)など。

これらの新聞の記事はそれぞれ重点の置き方は違うが、安倍新政権が経済活性化を最優先課題としていること、景気回復のため10兆円規模の大型補正予算を組む意向であること、デフレからの脱却を目指して大胆な金融政策をとる意向であること、これらの金融緩和と積極財政で景気のてこ入れをはかろうとする安倍政権の方針を市場は好感、株価が上がり、円安が進むという現象が既に見られることなどを伝えている。また、閣僚には原発推進派が顔を揃え、原発ゼロを目指した前民主党政権から原発維持へと方向転換すること、選挙戦中の中国に対するタカ派的発言や平和憲法の改正問題については、首相就任後はトーンが下がっていることなども取り上げられているが、それも来年の参議院選挙で勝利を目指すための戦略だと指摘するものが多い。

最後に「フランクフルター・アルゲマイネ」の「後ろ向きの方向転換」という見出しの記事を紹介してこの原稿を終わることにする。「少なからぬ地震の危険にさらされている国で、安全だと思われる原発を再稼働させるだけでなく、新しい原発の建設も視野に入れていくという方針は、本当に賢いやり方だろうか?」この記事を書いたペーター・シュトゥルム記者は、根本的な疑問を投げかける。「ただでさえ莫大な財政赤字を抱えている日本が、一気に脱原発に踏み切るとしたら日本経済はさらに悪化するかもしれない。しかし、日本のようなグローバルな経済大国は、原発を徐々に減らしながら、一方で他の再生可能エネルギーを増やしていく方が賢明ではないかと考えるべきではなかっただろうか? その方が未来指向の政治と言えるのだが、安倍首相の考える“強さ“は、明らかに別のところにあるようだ」。

ディー・ターゲスツァイトゥング、taz, die tageszeitung,
ベルリーナー・ツァイトゥング、Berliner Zeitung,
フランクフルター・アルゲマイネ、Frankfurter Allgemeine
南ドイツ新聞、Süddeutsche Zeitung
シュピーゲル・オンライン、SPIEGEL ONLINE
ディー・ヴェルト、DIE WELT
ディー・ライン・プファルツ、DIE RHEINPFALZ

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