第64回ベルリン国際映画祭(1) - 子どもがテーマの映画が印象に残った年
2月6日から16日まで開かれた第64回ベルリン国際映画祭。今年は子どもを取り巻く環境をテーマにした映画が多く、子役の活躍も目立った。ベルリン映画祭では、グランプリである金熊賞が大方の批評家やジャーナリストの事前の予想に反する意外な映画に与えられることがしばしばあるが、今年もその例に漏れなかった。コンペティション部門の話題作を押さえて金熊賞に輝いたのは、中国の若いディアオ・イーナン監督のフィルム・ノワール(サスペンス映画)「白日焔火」(Black Coal,Thin Ice)で、人々を驚かせた。
今年のコンペティション部門に招かれた中国映画はドイツの4本についで3本と多かったが、銀熊賞の最優秀男優賞を受賞したのも「白日焔火」で主役を演じたリャオ・ファンだった。また最優秀女優賞(銀熊賞)を得たのが山田洋次監督の「小さいおうち」の黒木華(はる)だったのも、多くの人が予期しないことだった。さらに芸術貢献賞が中国の盲人マッサージ師をテーマにした映画のカメラマン、ツアン・チアンに与えられた。7つの賞のうち4つをアジア勢が獲得したことになる。
その他の日本映画では、ジェネレーションKプラス部門に出品された杉田真一監督の「人の望みの喜びよ」が審査員特別賞(最高賞に次ぐ特別表彰)を受けた。震災で両親を失い、親戚の家に身を寄せている小学生の少女が主人公で、両親を助けられなかった罪悪感や両親の死を知らない幼い弟に真実を告げられない苦しみをテーマにしたこの映画を見た子どもの審査員たちは「姉弟に感情移入し、涙が出るほど感動した」というコメントを出したという。また、フォーラム部門に出品された坂本あゆみ監督の「FORMA」が、ベルリン映画祭の公式審査委員会に属さない独立した賞、国際批評家連盟賞を受賞した。
回顧展「影の美学、照明のスタイル1915年ー1950年」では、アメリカ、ヨーロッパ、日本の昔の名画40本が上映されたが、そのうちの13本は、衣笠貞之助監督の無声映画「十字路」(1928年)など伝説的な日本映画だった。また、フォーラム部門では今年生誕100年を迎える中村登監督の「我が家は楽し」(1951年)など3本が特別上映されたが、いずれも超満員で、ベルリンには伝統的に日本映画愛好家が多いことを示していた。
しかし、アジア映画だけが目立ったかというと、決してそうではない。コンペティション部門のアメリカやドイツの参加作品の中にも見応えがある作品、新しい傾向を示す作品など注目すべき作品がいくつもあった。映画祭の開幕を飾ったのは、アメリカのウェス・アンダーソン監督の「グランド・ブダペスト・ホテル」だったが、映画祭の開幕を飾るのにこれほどふさわしい映画はないと思われたほど、上質の娯楽性に富んだ楽しい映画だった。第1次世界大戦と第2次世界大戦の間のヨーロッパ一豪華なホテルが舞台で、人気コンシェルジュ、ムッシュー・グスターベが主人公。気配りの良さでホテルのゲストのさまざまな要求に誠実に応え、現在の地位に上り詰めたグスターベ氏だったが、お金持ちの老女の遺言で相続することになる高価なルネッサンスの絵画に絡んで犯罪に巻き込まれる。画面が美しく、なによりもテンポが速く、スキーで追いつ追われつするシーンなど圧巻である。アンダーソン監督はオーストリアのユダヤ人作家シュテファン・ツヴァイクの小説『昨日の世界』に影響されてこの映画を作ったという。監督はナチの台頭を予感させる時代背景の中で、コンシェルジュの人生を、それまで残っていた人間的な社会とヨーロッパ文明の象徴として描いたのではないかと思う。映画の展開が速く、分かりづらいところがあったので、監督の意図がはっきり分かるようになるまで、何度でも見たい映画だと思った。ドイツとイギリスの合作によるこの映画は、銀熊賞の審査員グランプリを受賞した。
評論家やジャーナリスト、一般観衆の間で金熊賞の呼び声が最も高かったのは、アメリカの独立映画系のリチャード・リンクレイター監督の「Boyhood」だった。この劇映画が画期的な点は、監督が暮らすテキサス州のオースティンで2002年から12年間同じ俳優を使って毎年、撮影し続けたことだ。主人公のメーソン役のエラル・コルトレーンは6歳の少年から18歳の青年までを演じている。両親は離婚、母親は新しい恋人を探すが、いつもふさわしくない男性を選んでしまう。こうした家庭環境の中でメーソン少年は面倒な姉妹との関係にも煩わされながら成長し、カレッジに入学するところまでが描かれる。アメリカの社会での青少年問題が12年間にわたって描かれるわけで、主演男優賞は成長する過程のメーソン役を演じた少年に与えるべきだと思った人も少なくなかったようだ。今年のベルリン映画祭の審査委員会が、金熊賞の最有力候補と見なされた「Boyhood」に銀熊賞の監督賞しか与えなかったことに不満な新聞批評も多かった。
ドイツ映画は今年コンペ部門に最多の4本が選ばれ、それぞれ見応えがあったが、入賞したのはディートリッヒ・ブリュッゲマン監督の「十字路(Kreuzweg)」の脚本賞だけだった。14歳の少女マリアは学校では普通の少女だが、家庭ではカトリックの原理主義の厳しい教えに従わなければならないという二つの世界に生きている。脚本を書いたのはブリュッゲマン監督(37歳)と妹のアナ・ブリュッゲマン(32歳)の兄妹で、ベルリン・クロイツベルク地区の住人だ。この映画を金熊賞に押すジャーナリストも多かった。
ドミニク・グラーフ監督の「愛された姉妹(Die geliebten Schwestern)」は、若き日の文豪フリードリッヒ・シラーとテューリンゲンの貴族の姉妹との恋愛関係をテーマにしたもので、シラーと妹シャルロッテが結婚した後も3人の親密な関係は続くが、姉カロリーネがシラーの子どもを身ごもると、3人の間にかろうじて保たれていたバランスが崩れるというストーリーの映画である。シラーはベートーベンの第九の「歓喜の歌」を書いた詩人でもある。「え、これ本当?」と驚くが、グラーフ監督は、唯一残されているシラーの姉への手紙から想像力を働かせて物語をつくりあげたもので、それが事実だった確実な証拠はないという。グラーフ監督にとっては「尋常でない愛のもとで人は生きていけるか?」がテーマだったというが、見応えのある美しいこの映画に何の賞も与えられなかったことに疑問を投げかけるドイツのジャーナリストも少なくなかった。
ベルリン映画祭は本来社会的なテーマを多く取り上げる映画祭だが、今年のドイツのコンペ参加作品ではドイツ連邦軍のアフガニスタン派兵の問題点をテーマに取り上げた「世界のはざまで(Zwischen Welten)」が印象に残った。ドイツ連邦軍の小隊長と現地の通訳の若い男性とその妹が主人公だが、戦闘の場面その他、ほとんどすべてをアフガニスタンで撮影したという。こうした軍隊の映画を作った監督が女性で、カメラマンンも女性。大けがをしながら生き延びた通訳の妹が大学で勉強を続けるという最終場面に、監督の「女性の視点」を感じた。ベルリン映画祭では年々女性の監督や制作者が増えている。
ドイツの4本目の映画、エドヴァルト・ベルガー監督の「ジャック」は、ベルリンに暮らす10歳の少年ジャックが主人公。ジャックは若いシングルマザーに代わって家事をこなし、幼い弟の面倒を一生懸命見る感心な少年だが、ある事件をきっかけに児童施設に入れられる。そこで年上の少年のいじめに遭ったジャックは、施設を飛び出し、弟を連れて家に戻るが、家には母親はいず、鍵もない。母親を求めてベルリン中を探すが、母親は何日も家に帰ってこない。数日後にやっと家に帰った母親に会うことができたが、新しい男性に出会った母親は自分自身の幸福を求めることに夢中だった。ジャック役のベルリンの少年、イヴォ・ピーチュカーが好演していて何度か涙を誘われた。記者会見でのイヴォ少年は、10歳とはとても思えないほどしっかりと記者たちの質問に答えていた。
同じ年頃の少年が主人公の映画はもう1本あった。オーストリアの参加作品「マコンド(Macond)」がそれだ。監督はドイツ生まれのイラン人女性、ズダベー・モルテザイで、これが初めての長編劇映画だという。マコンドというのはウイーン郊外にある大規模な難民収容施設の名前で、そこには22カ国からの難民およそ3000人が暮らしている。11歳のムスリムの少年、ラマザンもその一人で、彼はチェチェンから母親と二人の妹と一緒にオーストリアに逃れてきた。父親はチェチェンの戦闘で亡くなったという設定だ。監督は、ラマザン少年のマコンドでの日常生活を描きながら、少年が経験する理想と現実のギャップや母親に近づく男性の出現に揺れ動く感情に焦点をあてている。ラマザン役の少年ラマザン・ミンカイロフがドイツ語で好演しており、社会問題を少年の目線でとらえた静かなタッチの映画となっていた。
最後にフランクフルター・アルゲマイネ紙のアンドレアス・キルプ記者が最終日の記事のなかで「今年のベルリン映画祭は良い映画祭だったか?」と自問自答した後「イエス。ベルリン映画祭ならではの良さがあった」と答えていたことを付け加えておく。
なお、今年のベルリン映画祭での日本映画については別途詳しくお伝えする。