イギリスの原発新設計画に対する抗議行動

永井 潤子 / 2015年5月17日

世界中で原発の新設は経済的に採算が合わなくなっているにもかかわらず、今なお国の莫大な助成金を得て、原発新設を計画する国が少なくない。ヨーロッパではイギリス南西部サマーセット海岸にあるヒンクリー・ポイント原発に新たに原子炉2基を増設する計画(ヒンクリー・ポイントC計画)に対してイギリス政府が前例のないほどの財政優遇措置を発表、EU委員会が昨年10月、当初の態度を変更して、この計画を許可した。これに対し、ドイツ、オーストリアなどの環境保護団体や市民運動家たちの間で激しい抗議行動が起こっている。

ヒンクリー・ポイント原発2基の現在の総発電量はおよそ840MWだが、増設される予定の加圧水型原子炉2基の発電量は、3,260MWにも達するという。増設計画を請け負うのはフランス電力(EDF)やフランスのアレバ社、それに中国広核集団(CGN)と中国核工業集団(CNNC)からなるコンソーシアムで、その建設費用は当初の見積もりの2倍近い、総額312億ユーロ(約4兆円)に上ると予想される(出資比率は中国側が30−40%、アレバが10%程度、その他15%程度)。原子力推進の方針を明らかにしたイギリスの前キャメロン政権は、契約時の2013年10月、216億ユーロ(約2兆8000億円)に対して政府保証を与えるなど、さまざまな優遇措置を決定した。建設費用は今後さらに増大すると予想されている。

また、イギリス政府はフランス電力に対し、増設された原発で生産された電力を1kWhあたり11ユーロセント(約15円)という高い価格で35年にわたって買い取ることも保証した。しかもこの金額は固定額ではなく、35年間のインフレ率に応じてスライドされるため、この期間中のフランス電力の利益はさらに増加することになる。ファイナンシャル・タイムズの試算によると、インフレ率を2%と低めに見積もって計算しても、35年の間にはこの額は1kWhあたり35セント(約47円)という高額になるという。ちなみに現在、ドイツの大規模ソーラー施設で発電された電力が 再生可能電力優先法(EEG)によって買い取られる金額は1kWhあたり8.9ユーロセント(約12円)で、しかもこの金額はインフレ率にスライドされることはなく、期間も20年間で、35年間に比べれば短い。

その上さらにイギリス政府は、ヒンクリー・ポイントC原発の発電量が市場の状況が原因で減少したり、あるいは稼働を停止しなければならなくなったりした場合には、その損失額をEDFに対して補償することも約束した。つまり、こうした事態に至った時には、EDFの損失をイギリスの納税者が負担しなければならないことを意味する。

そのほかキャメロン政権は、EDFに対して、この原発増設計画の契約の特定条項を変更しないことを約束したと伝えられるが、その詳細は公表されていない。

さらに最終核廃棄物の処理問題、その費用分担などに関する具体的な取り決めはなされなかった。契約には、こうした問題についての取り決めは記されていない。

国によるこうした助成措置が原発新設を実現させるための主な前提条件となっているのは、通常の市場経済では、原発新設は全く採算が合わないためである。EDFは、イギリス政府との交渉で、国家の大幅な助成策を建設請負の条件としたのだ。

個々のプロジェクトに対する国の優遇措置は、EU委員会の許可を得なければならない。原則的にはヨーロッパ内の競争原理を維持するために、このような国家による助成措置は禁止されているが、その助成措置がEU全体の利益に叶うと見なされた場合には、例外的に許可される。

昨年末で任期を終えた前EU委員会の競争原理担当のアルムニア委員(スペイン人)は最初イギリス政府の助成措置に懐疑的で、EU委員会は2014年3月には、このような原発助成措置はEU域内の競争力と加盟国間の取引に重大な悪影響をもたらすという見解を発表していた。ところが、何ヶ月にもわたる交渉の後、任期終了直前のEU委員会は180度方向転換し、同年10月初め、「イギリス政府の方針はEUの助成金政策に合致する」という決定を下した。28人の委員中賛成派は16人で、過半数を僅かに上回る決定だった。当初はイギリスの原発助成措置を「ソ連の計画経済のようだ」と批判していたドイツ人のエッティンガー・エネルギー担当前委員も、最終段階では賛成に回った。EU委員の態度変更の理由として、EUとの交渉でイギリス政府が若干譲歩したことが挙げられているが、あまり説得力がない。この決定の数週間後、新たなEU委員が任命され、アルムニア前委員に代わって競争原理担当委員になったヴェスターガー委員(デンマーク人)は、原発批判者で、彼女の下で決定が下されたら、違った結果になっただろうと見られている。

このEU委員会の決定に早速異議を唱えたのが、オーストリア政府で、ベルギー政府と共にEU の競争原理の法律に違反するとしてEU司法裁判所に提訴した。原発を持たないオーストリアのファイマン首相は「オーストリアはこのEU委員会の決定を決して受け入れない」と強調している。ドイツの環境保護派や市民団体は、ドイツ政府にオーストリア政府の提訴に加わるよう求めているが、これまでのところその気配はない。野党の緑の党や左翼党も連邦議会でドイツ政府にオーストリア政府の提訴に加わるか、あるいはドイツ政府独自で提訴するよう提案したが、多数派に拒否されてきた。今年3月に野党側が行った新たな提案は、連邦議会の委員会で審議されることになった。

2022年までに原発からの完全撤退を決めたドイツ政府がEU委員会の決定に異議を唱えることを躊躇している理由として、ドイツ人のエッティンガー前エネルギー担当委員が賛成票を投じていること、イギリス政府の原発に対する助成措置に正式に反対すると、同様に競争原理違反という批判のある、ドイツの大企業が再生可能エネルギーの賦課金を免除されている問題に跳ね返ってくることを心配しているのではないかなどと推測されている。

こうした状況に直面して、ドイツ、オーストリアの環境保護や市民運動団体、それに消費者団体は、イギリス政府の原発新設に対する前例のない助成策を許可したEU委員会の決定を取り消すよう、EU司法裁判所に提訴するとともに、この提訴を支援するよう大規模な署名運動を開始した。先ごろシェーナウ電力会社(EWS)のマネージャー、セバスチアン・スラデック氏をはじめ、ドイツ、オーストリアの市民団体代表らがベルリンで行なった記者会見によると、この署名運動には31の団体が参加しているという。シェーナウ電力会社は、南西ドイツの小さな町、シェーナウの市民たちの反原発運動から生まれた市民運営の電力会社で、再生可能エネルギーによる電力を供給していることで有名である。スラデック氏によると、EWSの提訴に賛同する署名は、すでに7万5000筆以上に達している。イギリスの原発新設が実現すると、それに追随する国々が現れることが予想される。ヨーロッパに原発ルネッサンス時代が到来するのを防ぐため、ヨーロッパ市民の反対の意志を結集する署名運動だという。ヨーロッパに暮らす人であれば国籍を問わず、署名の権利があるというので、私も署名した。

https://www.ews-schoenau.de/kampagne.htm

なお、原発推進の動きが高まる一方で、フランスなどですでにスタートしている原発新設計画では、建設費用の高騰や技術的、政治的な困難などで、遅れが目立っていることも付け加えておく。

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