スマートフォンは過去、これからはフェアフォン
みなさんは携帯電話を今までに何台購入したでしょうか。一般にドイツの消費者は2年おきに新しい携帯を購入するそうです。スマートフォンの画面を指先で撫でながら、私たちが無視している現実があります。携帯電話に用いられているコルタンなどの天然資源はコンゴ民主共和国で採掘されます。「ここは地獄だ」という見出しで始まる南ドイツ新聞のルポは、この鉱石を巡る問題を明らかにしました。
携帯電話の原材料は“血塗られた”鉱石
「モグラのように鉱山の穴に入っていくのは鍛え上げた体の男だ。ヘッドランプをつけた35歳の坑夫は7歳の時から週に7日間、毎日18時間、5キロに及ぶ坑道に入り資源を採掘しているという。坑道は狭く、息をすることも、身動きすることも苦しい。産出した鉱石は仲介人に買い叩かれる。最終的には国際市場で高値で取り引きされ、内戦で混乱しているこの国の強盗騎士の資金源になる」。
「女性たちは川沿いでかがみ込み泥の中からスズを掬い上げる。見つかった量が多い日の収入は300コンゴフラン(約35円)だ。これで油で揚げた饅頭が3つ買える。彼女たちが集めたスズがなければ携帯電話の生産が止まってしまうことを知っているのだろうか。ゴムぞうりをひっかけ、頭に大きく色鮮やかな布をまく彼女たちはもちろんスマートフォンを持っていない。アメリカ、アジア、ヨーロッパではほとんど誰でもが使っている携帯電話さえ持っていない」(南ドイツ新聞のルポから)
30年前に実用化された携帯電話は重さ800グラム、価格は4000ドルでした。重さも価格も手軽になった一方、携帯電話生産を巡る社会問題は複雑です。人間を使い捨てにする労働環境でスマートフォンは製造されています。「このところ、大手携帯電話メーカーの製品を委託製造している中国の工場で、劣悪な労働環境が原因で自殺する労働者が増えてる」といったニュースは、ドイツでも多くの新聞が伝えていますが、”スマート”なイメージに似合わない事件だと言えるでしょう。
短い携帯電話の寿命と“携帯中毒”
故障した携帯を店に持っていくと、「修理に出すよりも新しい製品を買うほうが安上がり」と答えはいつも同じです。企業が“計画的陳腐化”をしているのではないかという疑いの念が沸き起こってきます。取り外しできない携帯電話のバッテリーが、初めから18ヶ月後には充電できないように作られていたことは計画的陳腐化の代表例として挙げられるでしょう。
「最新モデルの技術は広告が約束するほど新しくはない。絶えず新しいモデルを持つという欲望は中毒患者の病状に似ている」といわれています。携帯電話を持つ14~19才の青少年600人を対象にドイツで行われた2012年度の世論調査によると、女子のうち61%、男子のうち47%が「1週間、携帯やスマートフォンなしではいられない」と答えたそうです。最近よく聞く言葉が「Phubbing」です。アメリカ、ニューヨークを本拠とする国際的な広告代理店が作った言葉で、「Phone(電話)」と、「Snubbing(そっけなくあしらう)」とを掛け合わせてあります。人と会っているのに、スマートフォンで受信するメールやフェイスブックに気をとられ、相手を無視する行為です。
世界中で毎年8万トンの携帯がゴミになります。リサイクルの進んでいるドイツでさえ携帯のリサイクル率は5%しかありません。この国では約8600万台の携帯が引き出しの中で眠っています。
フェアフォンのアイデアが生まれたのは、クリエーティブな活動家が集まるアムステルダムです。「このような問題を私たちは無視できるか。内戦地域で産出された”汚い”資源を使わずに、中国の劣悪な労働環境を改善して、目先の利益を考えずに携帯電話が作れないだろうか」と考えたのはオランダ人のバス・ファン・アベル(Bas van Abel)さんです。
「粋な、賢いスマートフォンを望むユーザーの大半は不正な生産環境について関心がない。キャンペーンによって消費者の興味を引くことができるかもしれない。彼らはひどい状況について一時は憤慨するだろう。しかしこの怒りは間もなく消えてしまう。自分たちでフェアな携帯を作ってみたらどうか。今までの製品よりも人間らしい環境で携帯電話を生産する方法はある。このような製品が購入できると知れば、消費者は考え直すのではないか。そして大手メーカーも改善を試みるのではないか」と工業デザイナーであるバス・ファン・アベルさんはフェアフォンの発想を説明します。
今年の初夏にヨーロッパでオンライン販売が始まりました。反響は大きく、生産が始まる前に、クリスマス前には届くという携帯電話の注文が殺到しました。2ヶ月後には2万500台を突破しました。アベルさんたちが期待していた以上のユーザーがフェアな製品を望んでいたことが分かりました。ブログにより消費者は生産の過程について情報を受けることができます。定価325ユーロの内容も詳しく公表されています。フェアフォン・メーカーのスタッフはアムステルダムに約10人、ロンドンに1人、中国の木欄に1人。サッカーチームほどの人数で携帯電話会社が創立できるということは、彼らにとって意味のある体験だったそうです。
フェアフォンと他の製品の違い
独立した組織が、労働者の権利が守られるように作業条件を決め、工場を監査します。ただしこのような監査を承諾する工場が中国中部にみつかるまで時間がかかりました。大手携帯メーカーの製品を1台組み立てるのに工員が得る収入は2~3ユーロ(約300~400円)です。フェアフォンの場合は1台に付き9.5ユーロです。
バス・ファン・アベルさんは、オランダにある政治財団のために“血塗られた”鉱石について調査をしたことがあります。コンゴ東部の紛争、民兵、少年兵などの現実をじかに見ています。「世論の圧力がかかり大手メーカーがコンゴの鉱石から手を引きオーストラリアなどで代わりを購入する例はある。しかし、それではコンゴの人々は助からない。NPOとして現状を批判して理想を掲げるのは簡単だ。しかしフェアフォンは企業として“理想”を製品に取り入れなければいけない」と考え、彼らはコンゴに残り”きれいな”鉱石を探しました。携帯の生産には30~40種類に及ぶ天然資源が必要です。「紛争地帯で取れた鉱物不使用」という認証を取得したスズとコルタンがやっと見つかりました。
フェアフォンのバッテリーは利用者にも簡単に取り外しができます。バッテリーの充電効率が悪くなっても携帯電話全体を捨てる必要はありません。スタッフの一部は携帯電話の寿命を延ばす研究をベルリンのフラウンホーファー研究所と共同で行っています。
普通、充電のために使うUSBケーブルは携帯電話メーカーや各製品により異なり、使用済みの携帯と同様にゴミとなってしまいます。しかし、フェアフォンには付属品がありません。ユーザーは今まで使っていた付属品を使用できます。電子機器においての完全な循環系社会の実現にはほど遠いかもしれません。理想社会はフェアフォンもすぐには実現できません。ファン・アベルさんたちは1台に付き、機器廃棄物を処理するために3ユーロ、リサイクルのために2ユーロの予算を組みました。
「フェアフォンで世界を救うことは決してできない。全ての問題が解決できるとは思っていない。このプロジェクトが転換の発端になれば良いと思っている」とファン・アベルさんたちの目標は現実的です。
私は同じ携帯電話を8年前から使っています。WhatsAppやViberを通じて無料で海外に住む家族と通信することはできませんが、電話としての機能を果たしています。ほぼ2年おきに新しい携帯を購入している主人が「いい加減に新しい携帯を買えば」と私に勧めたのはフェアフォンです。携帯電話を私が購入拒否しても社会問題は解決できません。どうせ買わないといけないのなら、良心的な製品を持つほうが気持ちが良いでしょう。「傷がつきにくく、長持ちするフェアフォンのスクリーンは日本製だ」と主人は私の関心を引くのに一生懸命です。今持っている携帯がいつか壊れたら、この製品に決めようと思いました。
フェアフォンの公式サイトは http://www.fairphone.com/
写真は全て http://www.flickr.com/photos/fairphone から引用