コロナ危機のドイツ、日々の暮らしはどう変わったのか  

池永 記代美 / 2020年4月12日

ワイン専門店の入り口の貼り紙。店内では、店員や他の客に2メートル以上近づかないよう呼びかけている。

日本より春の訪れが遅いベルリンは、今、桜や木蓮の花が満開だ。これから一年で最も美しい季節が始まると、いつもなら心が踊るこの時期だが、今年は多くの人が不安を抱えながら生きている。というのもドイツでもコロナウイルスが猛威を振るっており、 2020年4月11日現在、感染者が11万7658人、死者が2544人も出ているからだ 。コロナによる感染拡大を少しでも抑制しようと、ドイツでは3月中旬から様々な措置が取られてきた。そのせいで今までは当たり前のようにやっていた色々なことができなくなり、窮屈な日々が続いている。その一方、イタリアのような厳しい外出制限は出ていないため、いつもとさほど変わらない部分もある。コロナ厄難下のベルリンでの生活の一面を伝えたい。

ドイツに最初のコロナ感染者が確認されたのは今年の1月27日、ドイツ南部のバイエルン州でのことだった。それからしばらくも、新たな感染者が出たときは感染ルートが特定できたこともあり、ドイツではコロナに対する危機感はあまりなかった。ところが2月下旬、ドイツ西部のノルトライン•ヴェストファーレン州のハインスベルク市で感染者の数が急増したことで、人々の意識は変わった。この時期はカーニバルの季節で、カトリック教徒の多い地域を中心に各地で催し物が行われたのだが、同市の催し物に参加した複数の人が感染してしまったのだ。その後、ハインスベルクは瞬く間にドイツのコロナ•ホットスポットとなった。ドイツで感染が急に広まったのは、2月に冬休みを設けている学校が多かったことも理由の一つだ。「スキー休暇」とも呼ばれるだけあって、この休みを利用して毎年多くの人が、スイス、オーストリア、北イタリアなどにスキーをしに行くのだが、これらの地域では、後に大量のコロナ感染者が確認された。そこでスキーを楽しんだ人の多くが、自覚症状がないため気づかないまま、ドイツ各地にコロナウイルスを持ち帰ってしまったのだ。

スーパーのトイレットペーパー売り場。購入は一人につき一パックと書かれているのだが…。

今から一カ月前の3月12日、ドイツのコロナ感染者は2369人、死者は5人だった。その頃から各州が、学校や幼稚園を休みにすると発表し始めた。ドイツでは教育行政は州の管轄だが、コロナ抑制措置の法的基盤である「感染症保護法」も州が管轄であるため、 3月15日から休校とする州もあれば、ベルリンのように17日からという州もあり、全国 で16ある州の足並みは揃っていなかった。州によるばらつきは、他の分野でも見られた。コロナ•ホットスポットのスイスやオーストリアと隣接し感染者の多いバイエルン州は、独自の厳しい措置が必要だとして、3月17日から映画館やスポーツ施設を閉鎖し、飲食店の営業は6時から15時までに制限すると発表した。それより以前の3月上旬には、1000人以上の集会を禁止する州もあれば、500人以上を禁止とする州もあった。ドイツ東部ではコロナ感染者が少なく、南部と西部で感染者が多いなど、地域による感染状況が異なるため仕方なかったとはいえ、州による対応の違いは、市民の間に混乱を招いた。 イタリアのように外出禁止令が出るのではないか、品不足が起きるのではないかと心配する人たちが、食料品やトイレットペーパーの買い占めを始めた。実際に我が家の近くのスーパーマーケットではトイレットペーパーだけでなく、ウェットティッシュやキッチンペーパーも売り切れだった。食料品ではパスタと小麦粉の棚がスカスカになっていて 、さすがドイツと感心したのは、ジャガイモが売り切れていたことだ。

こうした混乱を収めるために3月16日、メルケル首相と全州首相が話し合い、全州が共有すべきコロナ対策の方針が作られた。ドイツ連邦政府のコロナ対策の基本的な考え方は、「感染者の数が爆発的に増加すれば 、感染者に十分な治療が施せなくなる。それを防ぐために、感染が広まる速度を抑えること」だった。そのためにはできるだけ人と人との接触、つまり社会的接触を減らすことが重要だと連邦政府は唱えてきたが、この方針にはまさにそれを実現するための具体策が盛り込まれていた。それまでコロナ対策ではほとんど表舞台に登場しなかったメルケル首相自身が記者会見を開き、以下の内容を発表した。

ドイツ連邦政府と州政府は、コロナ対策として社会的接触を制限するために以下の方針で合意した。

◎ 今後も営業を認めるのは、食料品を扱うスーパーマーケットや小売店、青空市場、薬局、ドラッグストア、ガソリンスタンド、銀行、郵便局、美容院、クリーニング店、ペットショプ、園芸用品店、ホームセンター、卸売市場、新聞の売店、宅配業など。

◎ 閉鎖しなければならないのは、バーやクラブ、劇場、オペラ劇場、コンサートホール、博物館などの文化施設、見本市、映画館、動物園や遊園地、賭博場、売春宿、スポーツ施設やフィットネス•スダジオ、プール、食料品以外の小売店、ショッピングセンター、子供の遊び場など。

◎ 禁止するのは、宗教を問わず人の集まる礼拝など、スポーツクラブ、趣味のサークル活動、市民大学や音楽学校のレッスンなど。

◎ 他には、病院や介護施設などの訪問は制限すること、宿泊業者は観光目的の宿泊は受け入れないこと、 飲食店は朝6時から18時の間のみ営業可能などの規制を、実施すること。

ずいぶん細かいことまで決めたものだというのが、私の最初の感想だった。しかし日本の中途半端な自粛や要請に比べると、店の経営者にとって、店を閉めるべきかどうか自分で判断せずに済んだのは、かえって精神的負担を減らしたかもしれないとも思う。この方針に基づいて政令を出すのは、前述したように州の任務だ。ベルリンの場合、すでにこれに近い内容の政令を3月14日に出していたが、メルケル首相による方針発表の翌日である3月17日には、その方針を100%政令には反映させず、必要に応じて修正したものを採用すると発表した。具体的には子供の遊び場や動物園は閉鎖しない、飲食店での飲食は18時までだが、それ以降もテイクアウトのサービスは提供して構わないといった内容だった。そこには庭のない集合住宅に住む子供たちや、独り住まいの人が多い大都市ベルリンならではの配慮が伺えた(これらの措置により生じる経済的負担を、ドイツ政府がどのように緩和しようとしているかは、こちらの記事を参照)。

メルケル首相が発表した方針を聞いて、コロナ危機で仕事が減ったから、ゆっくり美術館にでも行こうと思っていたという友人は、美術館が閉まることを残念がった。スポーツジムに定期的に通っている別の友人は、運動不足になることを気にしていた。しかし、そんなことを嘆いていた人たちは、まだ事の重大さを理解していなかったと言える。そんな市民に呼びかけるように、3月18日、メルケル首相は異例のテレビ演説を行い、事態の深刻さ、重大さを訴えた。しかし感染はさらに拡大し、3月22日には感染者は1万8610人、死亡者は55人に達し、この日メルケル首相は次なる措置を発表した。

その内容は、

◎ 一緒に住む家族や同居人以外との接触は極力避けること。

◎ 公共の場では、家族や同居人以外の者との距離を1.5メートル、可能であれば2メートル保つこと。

◎ 公共の場での滞在は、自分1人だけか家族•同居人でない者一名とのみ、もしくは家族など同居している者とのみ行うこと。

◎ 通勤、緊急の手助け、買い物、通院、会議や試験など避けられない用事、他者の介護や支援、単独で行うスポーツ、新鮮な空気に触れながらの運動やその他必要な用事以外の外出は極力避けること。

◎ 公共の場でも住居や民間施設内でも、人が集まってパーティーをしてはいけない。違反すれば、制裁を受ける。

◎ 飲食店は全て閉めること。ただし、テイクアウトや宅配サービスは可能。

◎ 美容室、ビューティーサロン、マッサージ業、入れ墨スタジオなど、身体のケアを提供する店は閉めること(医療関係は対象外)。

◎ 全ての事業所、とりわけ人の出入りする事業では、衛生上の規則を守り、従業員及び訪問者の安全対策を取ること。

ピクニックができるようになったのは嬉しいが、他のグループと5メートル以上の間隔をあけることが義務づけられた。

3月23日から2週間の期限付きで出されたこの措置は、すでに一度延長され 、目下4月19日まで有効ということになっている。これらの措置は、ドイツの憲法である基本法で保障されている集会の自由や移動の自由などの基本権を侵害するもので、よほどの理由がなければ講じてはならないものだ。コロナ危機はそれほどの非常事態だということだ。同居していない祖父母を訪ねたり、祖父母が孫の子守をしないよう呼び掛けられた。毎日のように会っていた親しい友人の顔も見られなくなった。そんな事態でありながら、イタリアやフランスと違い、少なくとも厳しい外出制限が出なかったことにホッとした人は多い。そこには感染は外出することで起きるのではなく、人と人が接触することで起きるのだという理にかなった判断と、散歩好きなドイツ人らしい考え方がよく現れているように思えた。

実際、「散歩権」が守れたことを喜ぶように、そして他にできることがあまりないからか、公園や水辺の景色のよい道を散歩する人がとても多い。その結果、お互いに気をつけていても、1.5メートルの間隔が保てない時がある。これからさらに気候が良くなれば、ますます人出が増えるので、少し心配でもある。なぜなら他の人から1.5メートル以上は離れるという規則を守らなければ、25ユーロ (約3000円) から500ユーロ (約6万円) の過料を課せられるからだ。また、散歩は構わないが一つのところに留まることは認められず、ベンチで読書をしたり、芝生で日光浴をしたりすると警察官に注意もされた。この点はその後修正され、一人もしくは家族や同居人とベンチに座ったり、他の人たちと5メートルの間隔をあければ芝生でゆっくりピクニックをしても良くなった。ただし、バーベキューや食事をすることは禁じられている。週末はベルリンから周辺の自然豊かなブランデンブルク州に、サイクリングやドライブに出かける人が多いのだが、あまり大勢の人がベルリンから押し寄せてくるのはありがたくないという、ブランデンブルク州側のコメントをラジオで聞いた。しかし実際には州境で検問があるわけではなく、州の境を超えての移動は自由にできる。ブランデンブルク州とベルリンを結ぶ列車も間引き運転だが運行している。

スーパーの入り口で中に入るのを待つ人たち。間隔をあけて立っている。

日常的なことで最も変化があったのは、スーパーマーケットでの買い物かもしれない。店内で他の客と1.5 メートルの距離を保てるように、入場制限が行われるようになったのだ。何人の客が店内にいるか把握するのは容易ではないと思ったが、必要は発明の母だ。店に入るには必ずショッピングカートを使わねばならず、その数を制限しているのだ。入り口にいる店員が押し手を消毒したカートを渡してくれたら、店に入れるような仕組みがいつの間にか出来上がっていた。入れない客は列を作って店の前に並ぶのだが、それも前の人から1.5メートルの間隔をあけて立つよう指示される。店内でも近くにいる客との距離の目安になるように、フロアには1.5メートルか2メートルごとにテープでマーキングがしてある。レジの行列も同様で、客同士が十分距離を保てるように、並ぶときに立つべき位置にマークがつけてある。レジ係と客との間は透明なプラスチック板で仕切られ、お互いにウイルスを移さないよう予防策が取られている。 このことを日本の友人に話したら、「ドイツ人はやっぱり几帳面なのね」と言われたが、最低1.5 メートルは “距離をあける=Abstand halten” という言葉はすっかり定着し、あちこちの店でこの言葉の書かれた貼り紙を見かける。今まで経験したことのないルールだが、多くの市民がそれに慣れ、素直に受け入れているように思う。

スーパーのフロアには1.5メートルから2メートルの間隔でテープが貼ってある。

もう一つの大きな変化は、コロナ危機までドイツの街では絶対見られなかったことだが、マスクを付けている人が増えたことだ。人が接近しやすいスーパーマーケットの中では3割ぐらいの人が付けている。外を歩いている時に付けている人は、1割から2割ぐらいだろうか。色や形が様々なものを見かけるので、買ったのではなく自分で縫ったものかもしれない。マスクについては、ドイツにおける感染症研究を統括しているロベルト•コッホ研究所が、当初は全く効果がないといっていたのだが、感染している人がマスクをすることによって、他の人にウイルスを移す危険性は下がると、4月初めに見解を変えた。ただしマスクの効果は、科学的にはまだ実証されていないという。しかし他人に安心感を与える効果があるのは確かだろう。その一方で、マスクをしたことで安心して、 他人との距離を保つという大切なルールをなおざりにしてはいけないという注意もなされている。

中華レストランのテイクアウト。店員と客ができるだけ接触しないよう、小さな窓のところで料理の受け渡しを行う。

外食をすることが多かった人には、レストランやカフェで食事をしたり人と会うことができなくなってしまったことは、とても寂しいことだ。店がコロナ危機を乗り越えられるかという心配もある。コロナ危機が長期化したとき、馴染みの店はテナント料は払い続けられるのだろうか、多くの店が潰れてしまうのでないかと心配になる。そんな中で、一旦完全に閉めたが、テイクアウトのサービスを始めるようになったレストランもある。テイクアウト用にメニューを工夫し、コックと店長だけといったように最低限の人数で、少しでも売り上げの減少分をカバーしようというわけだ。 カフェも同様で、コーヒーやケーキのテイクアウトサービスが今まで以上に増えた。このため再び大量の使い捨て容器が使われるようになったのは残念ではある。しかし今はそんなことを言っている場合ではないのだろう。コロナ危機を克服したとき、また環境保護の意識が復活するのか、気にかかるところだ。

コロナにより多くの犠牲者が出ているイタリアやスペインでは、少しでも社会的接触を減らすために、医療関係や社会生活を維持するのに必要な業務を担う企業以外は現在強制的に休業させられている。しかしドイツでそのような指示は出ておらず、今まで通り働いている人も多い。ある友人は、どうしても人との距離が保ちにくい電車やバスの利用は避け、自転車に乗って毎日出勤しているという。日本のように大部屋で多くの人が一緒に仕事をすることはドイツではほとんどない。彼女のオフィスも一つの部屋を2人でゆったりと使っているので、感染の心配なく仕事ができるそうだ。別の友人は、コロナ危機をきっかけに、在宅勤務をするようになった。通勤時間が節約できる分、楽だという。彼女は子供がいないが、子供のいる家庭で在宅勤務をするのはかなり困難なことのようだ。そんな人のためだろう、近くのカフェで、 使われていない店内の一角をオフィスとして貸し出すという貼り紙を見かけた。ベルリン中心部のあるホテルも、 部屋をオフィスとして8時間45ユーロ(約5400円)で貸すサービスを始めたという。

私自身もう2週間以上、公共交通機関は利用しておらず、ベルリンの中心部には出かけていない。食料品以外の店は閉まっているし、映画館にも美術館にも行けないので、 街中に出かける必要はないのだ。買い物のほとんどは家の界隈で済ませ、どうしても必要な時は車で出かけている。なので、ここに書いたことは、私の身の回りで起きた限られたことでしかない。実はなかなか可視化されない問題だが、家に閉じこもることが多くなり、家庭内暴力や子どもへの虐待が増えているという辛いニュースもある。それとは逆に、感染を恐れて買い物に出かけられない一人暮らしの高齢者のために買い物サービスをしたり、医療従事者のために無料で料理を提供するコックのネットワークができたり、ボランティア活動をしている人も増えている。コロナ危機で、私たち、そして私たちの社会のあり方が問われているように思う。

 

 

 

Comments are closed.