EU内の原子力をめぐる対立、マクロン大統領とメルケル首相の「アトミック・ディール」?
11月11日、ドイツのスヴェンニャ・シュルツェ連邦環境・自然保護・原子力安全相(9月の連邦議会選挙後、新政権樹立までの暫定相)は、第26回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP26)の開催地、英国のグラスゴーで、オーストリアなどとの5カ国の共同声明を発表し、「原子力は地球温暖化防止の解決策にはならない。原子力は危険であるほか、発電所の建設に時間がかかり過ぎるし、持続可能でもない」と改めて強調した。
欧州連合(EU)に加盟するドイツ、オーストリア、デンマーク、ルクセンブルク、ポルトガルの5カ国は、この共同声明で、原子力エネルギーを、気候温暖化防止に役立つ持続可能なエネルギーとして、欧州委員会が定めている、いわゆる「タクソノミー」基準、通称「グリーン・リスト」に加えることには反対だという意志を表明したものだ。シュルツェ連邦環境相は「地球保護は、危険で高価な技術に頼るべきではない。より安全で、安価、そして素早く提供できるのは、例えば、風力や太陽光によるオールタナティヴなエネルギーである」などとも語った。ルクセンブルクのカロール・ディーシュブール環境・気候・持続的成長相も「きわめて危険な原子力を、グリーンで持続可能なエネルギーと認定することはできない。原子力は危険であるばかりでなく、非常に高いものにつく」などと強調した。
5カ国がこうした共同声明を国連関連の会議で発表した背景には、EU加盟国のなかで、「2050年までにカーボン・ニュートラルを実現するためには、温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)を少ししか出さない原子力エネルギーを持続可能なエネルギーとして『タクソノミー』基準の中に入れるべきだ」というフランスの主張を支持する国が増えていることがある。特に欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長が10月末の首脳会議の後ブリュッセルで行なった記者会見で、原子力エネルギーを二酸化炭素を殆ど排出しない持続可能なエネルギーだと位置づけ、「安定的なエネルギーを供給する原発は、ヨーロッパの電力供給の安定のためには必要だ」と語ったこと、そして現在、原子力と天然ガスを「グリーン・エネルギー」として認めるための法律の準備を着々として進めていることが背景にある。同委員長のこうした決定がメルケル首相の同意のもとに行われたと伝えられ、そのことにショックを受けた人は少なくなかった。メイリード・マクギネス金融安定担当欧州委員は、原子力と天然ガスを持続可能なエネルギーとして「タクソノミー」リストに加えるかどうかという決定は、今年中に行われる予定だと語っている。欧州員会がその決定をした場合、欧州議会には、2カ月の間に異議申立をする権利が認められているだけだといい、異議申し立てが行われなければ、欧州委員会の決定は、効力を生じることになる。ブリュッセルの情報筋によれば、ドイツに緑の党の参加する新政権が樹立する前に、既成事実を作ろうと、11月中に成立させようという動きもあるという。
なお、「タクソノミー」というのは、元々は生物・分類学で使われる言葉で、分類という意味だという。「EUのタクソノミー」は、日本でも「EUの持続可能な経済活動のタクソノミー基準のリスト」として、経済関係者には知られているものだ。「EUタクソノミーは、企業の経済活動が地球環境にとって持続可能であるかどうかを判定し、グリーンな投資を促すEU独自の仕組みのことである。投資家、金融機関、企業に透明性を提供し、EU加盟国全体の基準を調和させ、環境的に持続可能なエネルギーの開発と投資を促進するために『グリーン』な経済活動と投資を規定する枠組み」などと説明されている。気候変動対策と経済成長の両立を目指すもので、分類の具体的なプロセスを定めたタクソノミー規則は、EU加盟国全てに適応され、国内法よりも優先されるという。この「グリーン・リスト」に原子力エネルギーも分類されると、莫大なEUや世界各国からの投資資金が、フランスなどの原子力関連企業に流れ、再生可能エネルギー促進のためにはあまり使われなくなる恐れがあると、原発反対派は憂慮する。
既報の通り、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、10月12日、パリのエリゼ宮殿での演説で、前大統領から引き継いだこれまでの方針を転換し、小型モジュール原発(SMR)の開発や建設に多額の投資を行うなど「原発ルネッサンス」の方針を明らかにした。また、11月9日のテレビ演説でも「エネルギーを外国に依存する事なく気候変動対策の目標を達成するために、国内の大型原発の建設を再開する」ことを明らかにした。この演説の中でマクロン大統領は、最近のエネルギー価格の高騰にも言及し、「エネルギー価格を適正な範囲にとどめるためにも、二酸化炭素の排出の少ないエネルギーへの投資が必要だ」として、新たな原発の建設への国民の理解を求めたと伝えられる。
そのフランスは、最近ブリュッセルで、原子力を「クリーン・エネルギー」として「タクソノミー」リストの分類に入れるよう他のEU加盟国に強力に働きかけていたと言われ、実際にポーランドやチェコ、ルーマニアなど東欧諸国を中心に支持国を集めていると伝えられる。そうした中で、フォン・デア・ライエン委員長の発言の背後には、マクロン大統領とメルケル首相の間で、「アトミック・ディール」が行われたという見方がある。ついでながら、フォン・デア・ライエン氏を委員長に推薦したのが、マクロン大統領だったという経緯もある。ドイツの全国紙「ディー・ヴェルト」のブリュッセル特派員トビアス・カイザー記者は「マクロン大統領とのアトミック・ディール?メルケル首相は突然弱気になって譲歩した」というタイトルの記事を書いて、そのことを示唆した。また、バーデン・ビュルテンベルク州の州都シュトゥットガルトで発行されている新聞「シュトゥットガルター・ナハリヒテン」のクヌート・クローン記者は、ルクセンブルクのクロード・トゥルメ国土整備・エネルギー相やドイツ緑の党の欧州議会議員、スヴェン・ギーゴルト氏が「メルケル首相は10月末に開かれた、彼女にとって最後のEU首脳会議で妥協し、原子力と天然ガスの“グリーンウォッシング”に同意した事を非難した」と伝えている。“グリーンウォッシング”というのは、環境に配慮したという意味のグリーンと見せかけとかごまかしを意味するホワイトウォッシングを組み合わせた造語で、環境に配慮したように見せかけることを意味する。同記者はまた、ドイツの社会民主党(SPD)や緑の党の新政権にとっても、この事実は「爆弾が破裂するような危険なテーマ」であると述べ、欧州委員会が、そのための法案を11月中に、つまりはドイツに新政権が樹立される前に提出しようとしているのも、偶然ではないと指摘している。これが本当だとしたら、新政権樹立まで暫定的な首相を務めるメルケル首相(キリスト教民主同盟/CDU)の意向に、同じ暫定政権の閣僚であるシュルツェ環境相(SPD)が、国連関連の場で反対の意思表示をしたことになる。シュルツェ氏は新政権樹立の連立交渉でも重要な役割を果たしていると伝えられる。ドイツはまだ新政権が樹立していないため、複雑な状態にある。
メルケル首相の態度を伝えるこうした数少ない記事を読んで、「2011年のフクシマの事故をきっかけに大英断でドイツの段階的な脱原発を決定したメルケル首相が?」と私自身信じられないような気持ちになった。メルケル首相に裏切られたような感じで、同首相への好意的な評価が最後に否定的なものに変わってしまいそうな予感までする。ドイツにとって、フランスとの協力関係は非常に重要だし、欧州委員会の提案が、原子力と天然ガスの両方を「グリーン・エネルギー」と認めるよう提案している事も、メルケル首相の譲歩の原因だったのではないかという見方もある。ドイツは原発廃止と脱炭素の両方を成功させなければならず、そのためには天然ガスが必要だとされる。これが本当にメルケル首相の譲歩の原因だったのだろうか?メルケル首相自身はこの件について何も語っていないので、彼女の行動を理解することは難しい。マクロン大統領は、11月3日、フランスのワインの名産地、ボーヌにメルケル首相と夫のヨアヒム・ザウアー教授を特別に招き、長年独仏関係の発展に貢献したメルケル首相に感謝の意を表明し、フランス最高の勲章レジオン・ドヌールを授与した。かつての宿敵、ドイツとフランス両国の首脳の親密な関係を本来は喜ばなければならないのだが、こうした最近の動きを見ると素直には喜べないのも事実だ。
一方、「ディー・ヴェルト」のカイザー記者は、11月11日の「原子力をめぐるEU内の対立」というタイトルの記事の中で、オーストリアのゲアノート・ブリューメル財務相が「原子力を持続可能なエネルギーと認定するとしたら、それはとんでもない間違いだ。グリーンな資金を原子力に投資するなど、金融市場ではまともに受け取られないだろう」と語ったと伝えている。同氏はさらに、「原子力をタクソノミーのリストに加えるとしたら、それはEUの“伝統的な妥協”の産物で、その決定が価値のないものであることを誰もが知っている筈だ」とも述べている。「ディー・ヴェルト」の記事は、シンクタンクの「ヨーロッパ政治センター(CEP)」の経済学者、フィリップ・エックハルト氏もブリューメル財務相同様「原子力をタクソノミー・リストに加えたとしても、その影響力はあまり大きくないと見ている」ことも伝えている。こうした、いわば楽観的な見方とは反対に、私自身は、世界中の資金が原子力関連企業に流れるのではないかと心配する。
原子力をめぐるこうした議論とは関係無く、ドイツでは段階的な脱原発が、計画通り着々と進められている。フクシマ事故当時は17基稼働していたが、現在稼働している原発は6基に過ぎない。その内3基は今年中に稼働を停止し、残り3基は来年2022年中に稼働を停止する予定だ。ドイツの大手電力会社、エーオン(EON)や RWE、エネルギー・バーデン・ヴュルテンベルク(EnBW)の代表はいずれも、気候変動防止のために脱原発の計画を変更する意志がない事を表明している。RWEにとっては「原子力エネルギーの時代は終わった」のであり、EON のレオンハルト・ビルンバウムCEO(最高経営責任者)は、経済新聞「ハンデルスブラット」とのインタビューで、「ドイツの原発稼働停止の直前に、気候保護の為に原子力が重要な貢献をするという議論が起こるのは、心外だ。もう遅くて、誰の利益にもならない」と語ったという。また、EnBWの役員の一人、ゲオルク・スタマテロプーロス氏の答えは以下のようなものだった。「ドイツの脱原発は、2011年に政治的、社会的なコンセンサスのもとに決定され、法律も制定された。それによって原子力を電力の生産に利用するという問題は、ドイツでは解決済みとなったのである」。
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二酸化炭素だけが毒素とは思えません。私が暮らすアパートの前にある子供のための砂場は1986年、チェルノビル原発事故のあと、子供たちは入れないようになり、今では芝生の一部と砂場が駐車場となっています。同じような使用目的の転換は他にもたくさんあると思います。当時のドイツでチェルノビル原発事故のために、一般にどのような生活上の変換があったか、関心がある次第です。
人類の歴史から見て、小生は再エネへのエネルギー転換をこう理解しています。
人類は、火の発見、農業の開始、家畜の移動手段での利用、産業革命によって格段に進歩してきました。実は、これらはみんな、人類が体験してきたエネルギー転換なんです。こうして人類はエネルギー転換とともに変わり、ある意味で進歩し、豊かになってきたのです。でも、産業革命の基盤は有限な化石燃料です。資本主義自体、その化石燃料をベースに発展してきたものだと理解すべきです。でも有限なものを使っていては、人類は生き残れません。いずれそうではない無限のエネルギーに転換する時期がきてもおかしくない。それが今、はじまろうとしているのだと思います。
その時期に、産業革命と資本主義経済の申し子の原発や火力発電に依存したいと過去に縋り付くものもあれば、新しい道に進むものもあるのは当然です。でも新しい道に進まないと、人類の進歩の流れから取り残され、後から追っかけるしかなくなります。知人の日本人の大学の先生から最近、ミュンヒェンだったかどこかで、そういう視点で展示会をしていたのを見たことがあると聞きました。
フランスや日本など原発に依存したい国では、こんなこと考えられないでしょうが、そうしていると取り残されますね。(まさお)