ディ・ツァイトのルポ「プラスチックの世界に捕らわれる」

やま / 2015年7月12日

eisbär-poster地下鉄の駅で見たポスターは、ベルリンで行なわれるキャンペーン「2015年7月3日はビニール袋なしの日」の宣伝でした。市のマスコットは熊ですが、ポスターの熊は北極熊です。地球温暖化の影響で生息地が脅かされている白熊が「参加してください」と市民に呼びかけています。今回、週刊新聞ディ・ツァイトのルポを読んだ私は、「ベルリン市民がビニール袋の使用を1日やめるだけでは、まさに焼け石に水では?」と思ってしまいました。

「多分、知っていることだと思うけれど、面白いよ」と主人が薦めたのは、海におけるプラスチックの汚染についての記事でした。石油を原料として製造される合成樹脂を一般にドイツではプラスチックと呼びますが、ナイロン、セルロイド、セロファン、ポリエステル、発泡スチロールなど種類は多く、地球はすでにプラスチック・プラネットです。

北海海岸に流れてきたフルマカモメの死骸を生物学者ニルス・グーセさんが解剖するところから記事は始まります。彼の所属する研究所とオランダの学者たちの共同プロジェクトは「北海のプラスチック汚染のインディケーター・フルマカモメ」と呼ばれる調査です。

フルマカモメはカラスぐらいの大きさで、体は灰色と白い羽毛で覆われている。年中、海洋に生息する。餌は魚類、甲殻類、軟体動物などで、全て海で取れるものだ。生物学者ニ-ルス・グーセさんは2羽のフルマカモメの死骸を取り上げて観察する。スカペルで鳥の腹を切る。腹に脂肪層がまったくない。胸の筋肉が衰弱している。「この鳥は栄養分が不足して、自分の筋肉を燃焼していたのに違いません」と彼は言う。腹腔にあった胃の大きさはテニスボールよりもやや小さい。胃を切り開く。普通、栄養不足で死ぬ動物の胃は空である。この鳥の胃は何かでいっぱいだ。胃の中から出てきたのは、ナイロン製の短い紐、発泡スチロールの破片、薄みどり色のスポンジの角、濃い緑色のプラスチックの欠片、ラップやビニールの切れ端だ。(中略)今までの調査の結果:北海に生息するフルマカモメの97%はプラスチックを食べていた。胃の中にあったプラスチックの破片の数は平均約30個。「これはホモサピエンスの残り物です。今の地球はプラスチック世紀と言えるでしょう」と彼は語る。

3年前、このサイトで紹介した鳥の死骸の写真は、ゴミベルトが浮遊する北太平洋にある島で撮られたものでした。プラスチックを餌と間違え、飲み込み、飢え死にしていく鳥が、環境保護の先進国といわれるドイツの北海でもまれではない、という事実は意外でした。北太平洋で広さが中部ヨーロッパほどある“浮遊する廃棄物置き場”を、アメリカの海洋学研究者であるチャールズ・J ・ムーア氏(Charls J. Moore)が発見したのは1990年代の末でした。原因は陸上から流されるゴミです。最近の「サイエンス」の発表によると、中国が海へ流す廃棄物の量が年間130万~350万トンに及ぶます。続いて量が多いのはインドネシア、フィリピン、ベトナム、スリランカと、太平洋を囲む国々です。このアジア諸国のように、ゴミが風に飛ばされて川や海に流れるような廃棄物置き場は、ドイツでは今は禁止されています。プラスチックは採集され、リサイクルされるか燃やされています。「それでは北海のプラスチックはどこから流れてくるのだろう」と記者は問いかけます。

答えの一つは過去にある。プラスチックが木材、皮、金属の代わりとなったのは、長持ちして、腐乱しないからだ。フルマカモメが飲み込んだプラスチックの多くは数十年前に生産されたものだ。ドイツでプラスチックのリサイクルについて考え始めた時代よりも、ずっと前に生産されたものだろう。ビニール袋は完全に磨り切れるまで10年~20年間、海を浮遊する。ペットボトルは分解されるまで450年間、釣り糸は600年間、海中に残ると推測されている。

以前、無関心に捨てられたプラスチックが海に流れ、今になって環境にどのような影響を与えているか、ヘルゴランド島で見ることができます。ヘルゴランド島は、1890年からドイツ国領となった北海の小さな島です。白い砂浜と赤い崖、そして空気が良いので有名です。春になると約2万羽の海鳥が島で巣を作ります。

海鳥は普通、海藻を集めて巣を作る。しかし、ここ数年、繁殖時に見られる巣は妙な色をしている。遠くから見ても、赤、青、黄、緑が目立つ。海鳥が海藻だと思い、ナイロンの網の切れ端を集めて巣を作る。海藻とは違いナイロン、ビニールなどで出来た糸は嘴で引き裂くことが出来ない。羽にナイロンが引っかかり動けなくなって、鳥は死んでいく。巣がある崖は砂岩で出来ているために崩れやすい。仮にクライマーが鳥を助けたいと思っても、岩が崩れて、人が落下してしまう危険が大きすぎる。助けが来ない鳥の死骸は何年もの間、巣に吊り下がっているままだ。

海鳥の多くは1年に1度、1個の卵を産みます。雛がナイロンの糸に引っかかり巣立ちが出来ずに死んでしまうと、その年には繁殖しません。プラスチックにより北海の生物多様性が失われつつあります。海鳥だけではなく、アザラシ、アシカ、スナメリ、そして多数の魚類にとってプラスチックは、今、最大の脅威となっています。

1950年代にプラスチックの大量生産が始まった当時、コンテナによる船の貿易の「勝利の行進」が始まりました。コンテナ船が益々大型になり1度に輸送されるコンテナの数も増えて、輸送コストが下がり、利益が上がります。今の世界はプラスチック・プラネットであり、且つトランスポルト・ワールドです。ドイツで売られている多くの商品は中国で生産されて船で輸送されています。

フラット・スクリーンをアジアで製造して、ドイツで売るほうが、企業にとっては安上がりであると同様に、商船にとってゴミを陸上で処分するよりも、海に捨てしまうほうが安上がりだ。使用済みのプラスチックを広い海に捨ててもたいして害にはならないと、1隻の船の船長は考えるだろう。しかし、世界の海は今、そのように考える商船でいっぱいだ。ロッテルダム港とハンブルグ港がある北海は、世界で最も船の航行が多い海だ。

ハンブルグ港に入る船の数は年間1万隻弱と言われています。その結果は海岸線100メートルにつき、落ちているプラスチックのゴミの数は平均712個だそうです。ハンブルグから北へ140km離れた町、サン・ペター・オルディング。自称「北海で1番の海岸(幅はパリのシャンゼリゼーの2倍、長さはベルリンのクーダムの4倍)」は海水浴を楽しむ観光客に人気があります。1年に2回、町の住民は観光客とともに海岸のゴミ集めをします。前回集めたプラスチックの量は1260㎥、コンテナ36台に相当します。

ゴミ一つ落ちていない海岸を見渡すのは市清掃局の局長であるヨハネス・マーンセンさんだ。彼は足元を見る。プラスチックはもう見えない。見えるのは砂だけだ。白、銀色、ベージュ色、グリーン。グリーン?確かに緑色の砂粒だ。良く見ると、赤い粒も青い粒もある。これは砂粒ではない。「ミクロ・プラスチックです」とマーンセンさんは粒となったプラスチックを示す。

大きさが5mm以下のプラスチックをミクロ・プラスチックと呼びます。最近の調査の結果では、ミクロ・プラスチックは古いプラスチックの砕けたものだけではなく、現在、使用されているアウトドア・レジャー用品の粒子だということが分かりました。キャンピング、登山、ダイビング、パドルなど自然の中で楽しむレジャーがドイツでは人気があります。レジャー用品や衣類は、防水耐久性、防風性、透湿性などの長所を持つ化学繊維で作られています。汚れた衣類は洗濯機へ。数々の研究所の調査によると、化学繊維の衣類を洗濯機で洗うと、1着に付きおよそ1900個までの細かな繊維が、水とともに流れるそうです。もちろん、綿や毛の衣類を洗うと同じように繊維は落ちますが、化学繊維と違い、腐食して残りません。市の浄化処理場では化繊のくずの一部を取り出していますが、大部分は処分できません。ミクロ・プラスチックが含まれているのは衣類だけではありません。シャンプー、クリーム、リップスティック、洗剤などに入っています。環境保護団体BUNDはこのような製品をネットに公表しました。(リンク

既に10年前にイギリスの海洋学者リチャード・トムソン氏はプラスチックの粒子が北大西洋の海水に浮遊していることを指摘した。10年前の海水と今日の海水を比べてみると、見つかったミクロ・プラスチックの数が3倍に増えていた。と同時に世界のプラスチックの生産量も3倍に増加していた。海に漂うプラスチックの粒子が、海洋生物にどのような影響を与えるかは、まだ十分に研究されていない。プラスチックには、海水中にあるDDT、PCB(ポリ塩化 ビフェニール)、PAK(多環芳香族炭化水素・たかんほうこうぞくたんかすいそ)といった発癌性物質を集中的に引き寄せる性質があることが調査の結果で分かった。

「今の生活水準、安全性を維持しようとするならば、プラスチックなしの社会は考えられない。人類は今、自然に対する巨大な野外実験をスタートした」という、アルフレッド・ウェーゲナー研究所の生物学者、ラース・グートウ氏の言葉で記事は終わります。

 

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DIE ZEIT, 25. Juni.2015, Im Plastik gefangen von Roland Kirbach

ミクロ・プラスチックの入っている商品のリスト。公表された600点以上の製品のなかに、資生堂の製品も見られた。www.bund.net

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