隠されていたフランス原発事故の真実

永井 潤子 / 2016年3月13日

Unknown-23月はじめ、ドイツのマスメディアは、ドイツが2年前にフランスの原発事故によって深刻な被害を被る可能性があったことを報じた。1977年に建設されたフランスで最も古いフェッセンハイム原発は、アルザス地方のドイツとの国境近くにあり、南西ドイツの大学都市、フライブルクの町から約30キロしか離れていない。西部ドイツ放送と南ドイツ新聞独自の合同調査によると、この原発で2014年に起こった事故は、公式発表よりはるかに危険なものだったという。

2014年4月9日午後5時頃、フェッセンハイム原発第一ブロックの監視センターのアラームが同時に数カ所で鳴った。複数箇所での浸水を知らせるもので、これが事故の発端だった。核とは関係のない場所で水が溢れ出し、水量は3000リットルにも達した。その水がどうして原子炉の中心部に入り込んだか、専門家にとっても謎だというが、その後の成り行きは、技術的なトラブルの連続と現場の混乱としか言いようがない状況だったと言われる。電気系統の故障、自動安全システムの機能喪失、制御棒は動かず、原子炉を規則通りに停止させることに失敗したことなどが、事故から約2週間後の4月24日、フランス原子力安全庁(ASN)が当時のフェッセンハイム原発所長に宛てた書簡による問い合わせや説明要求などから推定されるという。Unknown-1

二つある安全システムの一つが機能しなくなったことが確認されたため、急遽緊急対策本部が設けられ、最終的には原子炉容器内の冷却装置にホウ素を投入するという緊急措置によって、原子炉を止めた。ホウ素には中性子を吸収する性質があるため、ホウ素の投入によって核分裂のスピードを遅くし、運転を止めることができる。ASNの問い合わせや説明要求に対する原発側の答えがないため、実際の状況について不明な点もあるが、原発の安全対策の専門家で、長年ドイツ政府の諮問機関であるドイツ原子炉安全協会(GRS)で各原発の安全性を審査してきたマンフレッド・メルティンス氏は次のように語る。

原子炉の心臓部でこうした事故が起こり、安全システムが機能せず、原子炉の稼動停止も通常の方法で行うことができなくなったとすれば、これは非常に深刻な出来事だと言わざるを得ない。制御棒の操作によってではなく、ホウ素の投入によって原子炉の運転を止めた例は、西ヨーロッパではこれまで1度もなかった。

この緊急措置は、言って見ればアウトバーンを高速で走っていた車に急ブレーキをかけるようなものだという。さらにこのホウ素投入による緊急措置もスムーズにはいかなかったとメルティン氏は見る。

原子力安全庁の書簡には、その際冷却装置内部の水の温度が目標より下がったことを批判する箇所があるが、これは、炉心内部の制御情報が得られなくなったことを意味する。炉心の温度についての情報が3分間得られなかったという情報もある。つまり、この間は原子炉が、いわば「めくら運転」されていたことになる。

別の専門家は、「そもそも原子炉区域外で漏れた水が、被膜ケーブルを伝わるなどして中心部の安全装置まで入ったこと自体、あってはならないことである」と言う。

しかし、このドラマティックな事故を、フェッセンハイム原発が所属するフランス電力会社(EDF)は、当時、「原発施設の原子炉区域外で水漏れが起こり、電気の配電盤に水が入ったため、自動的に稼動停止となった」と説明し、この事故は、国際原子力事象評価尺度(INES、0から7までのランクがある)の下から2番目に低い、レベル1と評価された。またウイーンに本部のある国際原子力機関(IAEA)にも、制御棒が動かなかったことやホウ素投入という異常な手段で原子炉の運転が止められたことなどは、報告すらされなかったという。フランス原子力安全庁自体も、事故直後フェッセンハイム原発の責任者からも、EDFからも事故の全体像についての報告はなく、2週間後の原子力安全庁側の問い合わせで、初めて詳細を知ることができたとしている。

imagesドイツのほとんどの新聞がこのニュースを伝えたため、波紋は大きく広がった。緑の党のシモーネ・ペーター代表は「フェッセンハイム原発の事故は今回に限らず、時限爆弾を抱えているようなものである。原発運営の当事者が運任せの賭博師のように運転し、安全を監督すべき官庁が両目をつぶり、原発が危険な状態に陥ったことが今回明らかになったが、こうした状態を受け入れることは到底できない。住民にとって切迫した危険を意味する老朽原発は、速やかに廃炉にするべきである」と語った。ペーター代表はまた、EU内の国境地帯の原発での事故が頻繁に起こるため、ヨーロッパの原発基準を見直すべきで、そのための首脳会議を開くよう提案した。ラインラント・プファルツ州のエベリン・エームケ・エネルギー相も「フランスは福島の事故から何も学んでいない」と批判した。

原発の安全問題はEU加盟各国に任せられ、EU全体としての安全監督組織は存在しない。原発も含めたエネルギー政策も各国独自の方針に委ねられている。フランスのオランド大統領は前回の大統領選挙中には、フランスの電力の原発依存率を2025年までに現在の75%から50%に引き下げると公約し、フェッセンハイム原発に関しては、大統領就任直後は、大統領の任期が切れる2016年末までに廃炉にすると約束していたのだが、最近はその姿勢が後退している。専門家によると、フランスの電力総需要量の原発依存率を75%から50%に減らすためには、現在稼働中の58基の原発のうち、17基を廃炉にしなければならない計算になるというが、オランド大統領はそれら原発の廃炉の具体案を発表していない。フェッセンハイム原発の廃炉に関しては今年6月に決定されると伝えられるが、同原発の廃炉の時期は、フランス電力会社がノルマンディー地方のフラマンビルに建設中の欧州新型加圧水型原子炉の稼働開始が予定されている2018年以降になるという見方も生まれている。

西部ドイツ放送や 南ドイツ新聞の調査報告を受けたバーバラ・ヘンドリックス・ドイツ連邦環境相はフランス政府に対し改めてフェッセンハイム原発の早期運転停止を求める申し入れを行ったが、フランス原子力安全庁は、「安全性の問題から見てフェッセンハイム原発を閉鎖する理由はまったくない」と反論している。オランド大統領も、セゴレーヌ・ロワイヤル・エネルギー担当相も、今のところこの申し入れに対して明確な返答をしていない。しかし、ロワイヤル・エネルギー相は、フランスの原発の稼働期間を原則40年から50年に延長する意向を示している。

稼働約40年になるフェッセンハイム原発はこれまで何度も事故を起こしており、ドイツ、フランス、スイスなどの反原発の市民運動家たちが何十年も前から、早期廃炉を求めてきた。2010年以降だけでも、レベル1の事故が16回も起こっている。ライン河畔にある同原発は,ライン河の氾濫による浸水の危険だけではなく、地震発生の可能性も憂慮されている。images-4

なお、ドイツにとっての原発事故の脅威は、フランスだけではない。昨年11月から12月にかけてベルギー原発でも連続して事故が起こり、ドイツ人を不安に陥れた。ベルギーの原発は、北部ドール(4基)と南部ティアンジュ(3基)の計7機がある。ベルギー政府は2025年までの全廃を決定していたのだが、電力供給に不安があるとして昨年停止予定だったドールの1、2号機(稼働40年を迎えている)の運転を、2025年まで10年延長することを決めた。また、原子炉圧力容器にひびが見つかり、検査のため2014年3月から停止していた残りの2基についても規制当局は昨年11月、安全が確認できたとして再稼働を認めた。しかし、12月、ドールの2基が故障で一時停止した他、さらにティアンジュの1号機も出火トラブルで一時運転を停止するなどの事故が立て続けに起こっている。ドール原発はオランダの国境から数キロ、ティアンジュ原発は、ドイツ西部の国境の町アーヘンから60キロ余りしか離れていない。

images-5ヘンドリックス環境相は12月下旬、「国境近くの住民はベルギー原発の安全性を信頼していない。ベルギー当局はその住民の気持ちを深刻に受け止めるべきだ」と厳しく批判したが、その後ドイツとベルギー両国政府は、原子力安全問題で緊密に協力していくことで合意している。いずれにしてもEUは難民問題だけではなく、原発政策でも深刻な問題を抱えている。ベルリンの新聞、ターゲスシュピーゲルは3月11日、「ドイツ及びその周辺には原子炉が128基もあり、その平均稼働年数は30. 6年に達している」と指摘した。また、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)副会長、アレックス・ローゼン博士は、福島原発事故5周年にあたってのAFP通信とのインタビューで「危険なのはフランスやベルギーの原発ばかりではない。東にはチェコやウクライナ、ブルガリアなどの原発もある。原発が存在する限り、大事故が起こる危険は絶えず存在する。チェルノブイリや福島のような大事故を起こさないための唯一の道は、すべての原発を停止することである」と強調していた。

 

 

3 Responses to 隠されていたフランス原発事故の真実

  1. 折原利男(埼玉県) says:

    ドイツが脱原発しても、EUの周り中から脅威を受けている実態が、よく分かりました。「原発が存在する限り、大事故が起こる危険は絶えず存在する。チェルノブイリや福島のような大事故を起こさないための唯一の道は、すべての原発を停止することである」というアレックス・ローゼン氏に全く同意します。日本でも、そのようなビラを配って訴える人がいます。

  2. koyori says:

    ためになる記事をありがとうございます。
    ただ一つ気になったのですが、炉心の冷却に使用したのは“フッ素”ではなくて“ホウ酸”だと思います。

    • じゅん says:

      重要なご指摘、ありがとうございました。ドイツ語のBorを日本語に直す時に、なぜかホウ素がフッ素となっていたことに不注意にも気が付きませんでした。フッ素ではなくホウ素ですので、お詫びして訂正いたします。なお、更に詳しい資料を読んだところ、加圧水型原子炉のフェッセンハイム原発に投入されたのは、粒状のBoacarbid (B4C、炭化水素)と書かれ、軽水炉の場合は水溶性のBoasäure(ホウ酸)が使われるとありました。AFP通信の日本語版ではホウ素を使って原子炉をシャットダウンとなっていました。