ビニールハウスの海

やま / 2014年6月15日

Erdbeer 1ベルリンの果樹園と呼ばれているヴェルダー地域産のイチゴを青空市場で買いました。ダンボール小箱に詰まれた、採りたてのイチゴは甘くて、旬を味あうことができました。寒いベルリンでも、春早々、イチゴが店に並び、これらの大半は南スペインのアルメリア(Almería)地方のビニールハウスで栽培されたものです。一時はイチゴに残った多量の殺虫剤が問題となりましたが、今は「ビオ・コントロール」のおかげで“安心”して食べられるそうです。

google eearth spanien rotEU諸国の消費者は、旬を問わず格安な野菜や果物を求めています。特に降水量の少ないアルメリア地方では、水を絶えず確保することは重要ですが、その地下水を大量にくみ上げ、以前には農薬を使用し、ビニールハウスで農産物の大量生産が行われました。農薬と化学肥料による地下水の汚染をさまざまな環境保護団体が公表し、この地方のビニール栽培の評価が下がりました。更に地中海を越えたモロッコからアルメリア地方に働きに来た日雇い農夫たちが沈黙を破り、低賃金、社会保険の無加入、スラム同様の住居、そして殺虫剤噴霧による呼吸器系の疾患とガンの発病など劣悪な労働環境を訴えました。スイスのある大手スーパーは、このような環境で栽培される農産物の仕入れを止めたそうです。フランスの大手食品メーカーは評判が落ちたスペインの農業地域から、人件費の更に安いモロッコへ生産地を移しました。2011年にドイツでは腸管出血性大腸菌が発生し、53人の死亡者が出ました。ビニールハウスで働く農夫のための衛生設備が不十分であることから、そこで栽培されたきゅうりに汚染の疑いがかかり、スペインの野菜が売れなくなったことが一時ありました。

03 almeria 1975「我々は、この地域の農業の名誉を傷つける批判から学んだ」とアルメリア地方のある水管理技師は語ります。問題解決の鍵は「ビオ・コントロール」。栽培を改善して「ビオ」レベルを得ることです。

例えば数人の従業員と共に農業を営むフェロン夫妻。サッカー場一面分ほどの広さのビニールハウスでは殺虫剤は絶対禁物です。以下南ドイツ新聞の記事です1)

ビニール屋根に開口が設けられ、いつも新鮮な空気が流れている。ビニールハウスの入り口には前後のドアが同時に開かない部屋が設けられていて、害虫が入るのを防いでいる。そこには消毒マットが敷いてあり、靴についた害虫の卵などがビニールハウス内に持ち運ばれないように配慮されている。それでも完全には害虫を駆除できない。そこでカメムシの一種やサラグモを使って害虫退治をしている。蜘蛛は害虫の卵や幼虫を、カメムシは成長したアブラムシを食べる。花粉媒介のためにミツバチや熊ん蜂がビニールハウス内を飛び回る。

2007年まではアルメリア地方の農家の40%が「ビオ・コントロール」の検査済みだったそうですが、現在はその割合が90%になりました。30年ほど前から活動している環境保護団体「Grupo Ecologista Mediterraneo」の理事長であるリヴェラさんは「管理および行政関係者や学者たちは地下水の汚染を深刻な問題と見ている。現在は持続可能という言葉を認識している新しい世代が職に就いている」と語っています。しかし付近の池や湖での化学肥料による硝酸塩汚染はひどく、水鳥の死亡率はまだ異常に高いそうです。「近くの池で釣った鯉は食べる気はしないが、ビニール栽培の野菜は安心して食べられる」と彼は保証します。

04 Almeria 2011縦横にビニール畑が連なるスペイン最大の野菜栽培地域アルメリア。スペイン産のトマト、ピーマン、唐辛子、なすそしてメロンの80%はここのビニールハウスで栽培されるそうです。ビニールハウス専用地域の広さはおよそ280km2。東京都23区の約45%に値する広大な大地は全てビニールで覆われています。地中海に面した南スペイン、アルメリアは正に「Mar del Plastico、プラスチックの海」です。

造船と金属製錬のための炭を作るために木が取り尽されて、豊かな森林地帯だったアルメリア地方が砂漠に変わり始めたのは、今から600年ほど前のことでした。1950年代に独裁者フランコがこの砂漠を再び都市化することを決めてから、あちこちに井戸が掘られました。地方から移転してきた家族に農業地が分け与えられ、今ではおよそ1万5千世帯の家族経営の農家が存在しているそうです。1970年代にビニールハウス栽培が取り入れられた後、シエラネバダ山脈から吹く冷たい風から夏野菜を守ることができます。突然降る激しい豪雨による被害を心配する必要もなく、雨がほとんど降らない夏は、地面が乾く恐れがありません。3年おきにビニールハウスのシートが張り替えられます。以前は農薬や化学肥料の容器といっしょにゴミ置き場に捨てられたビニールは、今は住宅の断熱材として再利用されているそうです。

「ビニールハウスの海」から栽培された野菜は安心して食べられるのだと思っているなか、独仏共同公共テレビ局アルテで「ビオの幻覚(Bio-Illusion)」という番組が放映されました。「ビオ農産物をまだ信用できるか?」と映画監督は問いかけ、アルメリア地方のビニールハウス栽培の問題が一つの例として紹介されていました。消費者が格安の野菜を、旬を問わずに要求するかぎり、この「ビニールハウスの海」で野菜が生産され、低賃金で働く難民が後を絶ちません。「ビオ・コントロール」を受けたといえ、ビニールハウスの中で働く何万人にもおよぶ農夫の労働環境はまだ十分に改善されていません。ともあれ、スペインの環境保護団体、人権保護グループ、労働組合などの圧力がかかり、諸問題について議論が交わされています。ビニールハウスで働く農夫の人権獲得への戦いを描いた映画が、スペイン各地の名画座で放映されているそうです。消費者の意識が高まれば「ビオ農産物を信用できる」時代がいつか再び来るかもしれません。

 

02 mar-de-plastico写真参照

  • google earth
  • アルメリア地方1975年、アルメリア地方2011、国際連合環境計画(UNEP)のHPから、http://na.unep.net/atlas/webatlas.php?id=172
  • ビニールハウスの海、http://noticias.eltiempo.tv/mar-de-plastico/

 

関連記事とリンク

  • 1)「Intensivgrün」Thomas Urban記者、Süddeutsche Zeitung, 2014年5月31日、6月1日
  • kann man Bio-Produkten noch trauen?、http://future.arte.tv/de/bio-illusion
  • ist Bio drein, wo Bio darauf stehet?、http://www.boelw.de/biofrage_05.html
  • Grupo Ecologista Mediterraneo、http://www.gem.es

 

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