ドイツ語で「ジェンダーする」

ツェルディック 野尻紘子 / 2022年12月3日

ドイツ語は結構厄介な言葉だ。人物を表す名詞に、例えば日本語の友達や英語の friend のように、一語で男女両性の友達を指す、つまり男女を区別しない便利な名詞がほとんどないのだ。英語の friend に綴りも近いドイツ語の Freund は友達を意味する言葉だが、これは狭義には男性の友達しか指さない。それにも関わらず、ドイツの公的文章や一般の文章では通常、男性を指す名詞が広義に解釈された形で用いられ、それには女性も含まれる。そのために以前から、「女性は無視されている」と不満を持つ女性や「アンフェアだ」と考える男性が増えてきており、ちょっとした論争を引き起こしている。

この、人物を示す男性形の名詞に女性も含まれるという概念はドイツ語で Generisches Maskulinum(ゲネーリッシエス・マスクリヌム)と呼ばれる。独和辞典を開いても日本語訳の出てこない概念だが、直訳してみると「種属的男性名詞」とでもなるだろうか。この概念を適用すると、Arzt(男性医師)や Lehrer(男性教員)という言葉に、女性の医師や教員も含まれていることになる。男性名詞が、いつ頃からこのように使い始められたかは、学者たちの間でもよく分かっていないそうだ。言語学者のウルズラ・ドーレシャール教授によると、Generisches Maskulinum が現在、世間で大きな話題になっているのに、「それがドイツ語圏で一体いつから存在するのか、或は、どこから来たのかという質問は提起されてもいないし、答えられてもいない」という。

日本では、催し物などが「ご来場の皆様、本日は . . . 」などという短い挨拶で始まるのがごく当たり前だ。来客が男性であっても、女性であっても、男女が混じっていても「皆様」のひと言で用が足りる。ところが、ドイツ語の場合は違う。例えば、催し物に来ている人たちが男女混じっているとすると、挨拶の際には女性形と男性形の名詞を連ねて話しかけなければならないのだ。つまり、「Sehr geehrte  Damen und sehr geehrte Herren(尊敬するご婦人方と尊敬する紳士方)、本日は . . .」となる。市長が市民に演説する時などでも、話しかけの挨拶は「Liebe Bürgerinnen und liebe Bürger(親愛なる女性市民の皆さんと親愛なる男性市民の皆さん)、本日は . . .」が普通で、長たらしく、口がモゴモゴしてしまいそうになる。しかし、法文などでは、 男女平等などの項目以外では、人に関する言葉が全て男性形になっており、女性形の人間を示す単語が一切登場しない。

紳士とか婦人という言葉は古くからあったと思われるが、例えば市民などという言葉の女性形は、そんなに古くないと考えられる。歴史的に見て、男性にしか市民権を得る権利がなかった時代が長かったからだ。医師とか教員とかいう職業名も昔は女性形が無かったはずだ。そういう職に女性が正式に就けるようになったのは、20世紀初めごろからだ。大工や指物師、コックなど、考えてみると職人を表す言葉は全て男性形だ。

ロベルト・シンチンゲルの現代独和辞典に出ている Lehrer と Lehrerin の日本語訳

ドイツ語で、上に示したような男性形の名詞から女性形の名詞を作ることは大して難しくない。大抵の場合、男性形の名詞の後に、アルファベットの in を付けるだけで出来る。例えば、市民という言葉である Bürger に in をつけて Bürgerin にすれば、「女性市民」は出来上がるのだ。

色々な男性名詞から女性名詞を作ることがいつごろから始まったのかは定かでない。そういう可能性があっても、その必要性が感じられなかったり、或は、世間に関心がなかったりした時代は相当長かったのではないかと想像する。

しかし、「女性は様々な場面で無視されている」という意識がドイツで、特に女性の間で広まってきたのは1960〜70年代の頃からだ。ウーマンリヴの影響で、女性たちが「我々も社会の重要な一員なのに、我々はどこにも名指されていない」と目覚めたのだ。そして女性の社会進出が進むとともに、in の語尾のつく女性名詞がどんどん増えていった。適切な女性名詞が存在しなかったのだが、女性の社会進出で必要になったという良い例は、「女性政治家」という言葉だろうか。その最高峰は、2005年にアンゲラ・メルケル氏がドイツ連邦共和国の首相になり、首相の女性形名詞が必要になった時だった。結果的には、男性形の首相という名詞 Kanzler に in をつけて Kanzlerin にすることになったのだが、当時はまだ、「男性形の首相という言葉の前に、英語の Mrs. に相当する Frau を置いて Frau Kanzler としてはどうだろうか」という提案があったのも事実だ。また、2020年にはクリスティーネ・ラムブレヒト前連邦法相が、内閣に提出した倒産法の法案で、人物の表記を全て女性形にして、物議を醸したこともあった。

この in のついた女性形名詞の扱いは、ただしあまり簡単ではない。複数形を作ると語尾の in が innen になり、名詞が結構長くなるのだ。例を示すと、 男性市民の単数形は Bürger だが、それを元にして作られる女性市民の複数形は Bürgerinnen になる。男性と女性のことを一緒に話したり書いたりする場合は、名詞の男性単数形と女性単数形、或いは、それぞれの名詞の複数形を述べたり書いたりして「Bürger und Bürgerinnen」などとしなくてはならないので、そうするだけで、とても長くなる。社会の意識が進んだため、この長々しい女性複数形は演説や文章によく登場するようになった。これはポリティカル・コレクトネスに叶うものなのだが、読んだり聞いたりする者にも実は少々面倒だ。

そこで、単数でも複数でも男女を併合する書き方がいつからか生まれた。例えば、男女複数市民を指す場合は Bürger*innen と綴るのだ。「* 」は通常「ジェンダーの星印」と呼ばれる。そしてこれ以外にも、現在は BürgerInnen、或は Bürger-innen、Bürger_innen、Bürger:innen などの書き方のヴァリエーションがある。とにかく、こう書いておけば、女性も男性も漏れることがなく、文章などもいくらか短くなる。話す時は 「* 」や「:」のある箇所で、ちょっと息を止めるようにする。そうして、このような「* 」或は「:」付きのドイツ語を使用することを、ドイツ語では「ジェンダーする」という。

テレビ局の中には、率先してジェンダーする女性記者や男性記者がいるところがある。新聞社でも記者が合同でジェンダーの星やセミコロンを使おうとしている会社がある。また、製造業などでも社内でジェンダーすることを通している会社がある。しかし、反対にそれを無視、或は禁止している企業もある。好んで使用する人たちがいる反面、躊躇、拒否する人たちも少なくないのだ。世論調査機関のインフラディマップ社が2021年に行った調査では、ジェンダーすることに反対の男性は56%、女性が52%だった。現在もその結果に大きな変化はないと考えられるし、ジェンダーすることが、市民間の活発な話題のテーマとして消え去ることも当分なさそうだ。つまり、ジェンダーすることの将来はまだ決まっていないのだ。

なお、このようなジェンダー議論を受けて、人物に関する名詞の性別を明確にしないですむドイツ語の表現方法が近年生まれた。例えば、Student(男子学生 )という言葉の代わりに、勉強するという動詞の現在進行形を使って Studierende(勉強する人)という言葉を作るのだ。この Studierende は、Student という女性を排除する言葉を避けるために、現在多数の大学で頻繁に使われているようだ。ただ、Student と Studierende は厳密には同じでない。Student は大学で勉強する学生だが、 Studierende は勉強する人だから、大学に通っていなくてもいい。ドイツ語は結構厄介な言葉なのだ。

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