ドイツ語圏のメディアは朝日新聞誤報問題をどう伝えたか
日本軍の「慰安婦」問題や福島原発事故の「吉田調書」をめぐる朝日新聞の誤報問題に関連して、日本では安倍首相をはじめとする政治家や他のメディアの朝日新聞へのバッシングが凄まじい。安倍首相は、ニッポン放送のラジオ番組に出演し、「慰安婦問題の誤報によって多くの人が苦しみ、国際社会で日本の名誉が傷つけられたことは事実と言っていいと思う」などと、あたかも朝日新聞の誤報によって「慰安婦」問題がつくられたかのような発言をして朝日新聞を批判した。以来日本社会での朝日新聞たたきはエスカレートしている。ドイツの新聞は、こうした日本の最近の異様な事態についてどのように伝えたか。
代表的な全国新聞、フランクフルター・アルゲマイネ(FAZ、Frankfurter Allgemeine)は9月16日の政治面に「日本のナショナリストたちがチャンスを嗅ぎつける」というタイトルの詳しい記事を掲載した。同新聞の東京特派員、カールステン・ゲルミス記者はこの記事を「安倍首相は長い間の抑制的な態度をこの日曜日、かなぐり捨てた」と書き始め、9月14日のテレビでの同首相の発言を引用している。
「このような報道は真実ではないことを、我々は世界に説明する道を探さなければならない」と安倍首相は日曜日のテレビで語った。安倍首相の言う“このような報道”というのは、第2次世界大戦中、日本軍が何万という韓国・朝鮮の女性たちを戦線の慰安所に拉致し、自由を奪って性奴隷として強制的に働かせたという報道である。安倍首相とその閣僚たちは、チャンス到来とばかりに戦時下の嫌悪すべき行為をなかったことにしようと試みている。きっかけは先頃,リベラルな朝日新聞が1980年代と1990年代に「慰安婦」問題を扱った際、偽りの証言を引用した記事を16回にわたって書いたことを告白し、訂正したことにあった。元日本軍兵士の吉田清治氏は1982年に「日本統治下の朝鮮で未成年を含む多くの女性たちを拉致して慰安所に連れて行った」と証言したが、のちにこの証言は嘘であることが判明した。
ゲルミス記者はこの後、朝日新聞がこの問題についての昔の記事をなぜ今になって訂正したかについてその理由を説明しようと試み,安倍政権の閣僚たちの歴史修正主義的な発言が最近ますます露骨になってきていることと関係があると見ている。
今年初め菅義偉官房長官がいわゆる河野談話の見直しを求める調査委員会を設置することを決めた時、朝日新聞は「安倍政権は河野談話の信憑性を疑問視するようなことをやめるべきだ」と批判した。1993年、当時の河野官房長官は、元「慰安婦」の女性たちが自らの意志に反して強制的に軍の慰安所で働かされたことを認めた談話を発表した。安倍首相は公式にはまだこの河野談話を支持しているが、国内では朝日の失策を利用し、他の安倍政権支持の新聞の助けを借りてこの問題を国際化しようとしている。朝日新聞は自らの信頼性を保つためにこの問題での間違いを訂正する必要があると考えたようだが、かえって安倍政権の閣僚たちの批判を浴びる結果になった。安倍政権の閣僚たちは朝日新聞のこの誤報問題を、政府に批判的なリベラルな新聞に効果的な一撃を加えるために利用しただけではなく、「吉田証言」が嘘だったことを、国家が認めて設置した戦時下の慰安所で若い女性たちに性暴力を加えた事実そのものを否定するために利用しようとしている。ドイツの閣僚が、のちに嘘だと判明した一つの証言のためにホロコーストそのものがなかったと主張することなど考えられるだろうか! まさにそれと同じことを日本の右翼、歴史修正主義者たちはしているのである。彼らは日本軍の関与を証明する記録はないと主張し、多数の韓国・朝鮮の女性たちの証言を「信頼できない」として無視している。拉致された女性たちの中には15−6歳の少女たちも多数含まれていた。
国家主義的な安倍政権を支持する読売新聞は、「朝日新聞はその間違った報道によって日本の名誉を傷つけた。日本が性奴隷の国だという国際社会での誤解を解くのは今後は難しくなった」と書いている。この記事は、日本の名誉を傷つけたのは日本軍の残虐行為でないような書き方だし、国際的な歴史家たちがあたかも吉田証言だけに頼って慰安婦問題について判断しているかのような印象を与える。しかし、日本軍によって少女や女性たちが強制的に慰安所に連れて行かれたことを否定するまともな歴史家は、日本以外の国では、ほとんどいない。
ゲルミス記者は、この後、高市早苗氏など安倍内閣の閣僚二人が日本のネオナチ団体,国家社会主義日本労働者党の代表、山田一成氏と一緒に写真を撮っていた事実や彼らの修正主義的な発言を伝えている。また福島原発事故での「吉田調書」をめぐっても、朝日新聞は窮地に立たされているとして、「国家主義的な安倍保守政権のもとでリベラルな新聞の砦としての朝日新聞の影響力は、今後薄れるだろう。議会での野党もすでに影響力を失っている」と結んでいる。
ミュンヘンで発行されているリベラルな全国新聞「南ドイツ新聞」(ジュートドイチェ・ツァイトゥング、Süddeutsche Zeitung)も、9月20日/21日付きの週末版でこの問題を取り上げた。その見出しは「首相対新聞」となっており,さらに「日本の首相は批判的な朝日新聞を“厄介払い”するつもり」というサブタイトルがついている。クリストフ・ナイトハート記者のこの記事も、表現は違うが、ゲルミス記者の論調とほぼ同じである。
「世界中の人たちが性奴隷にされた韓国・朝鮮の女性たちを不当にも想起するのは、朝日新聞のせいである」、先頃テレビ放送の中でこう言ったのは、日本の首相、安倍晋三である。朝日新聞は20年以上前、間違った証言をもとに「第2次世界大戦中、日本軍兵士が誘拐犯人として朝鮮の家々に押し入り,若い女性たちを誘拐して軍の慰安所で強制的に働かせた」と報道した。安倍首相は、朝日新聞に対し、この報道が間違っていたことを世界に対して説明するよう求めた。首相が反政府的な立場をとる日本で唯一のリベラルな大新聞に対して訂正を求めたのは、邪魔者を取りのぞこうとする新たな試みである。
20年前、朝日新聞は日本軍の慰安所に関する連載記事を16回にわたって掲載した。その際,同新聞はある日本人証言者の回想録に飛びついた。この証言者は「彼自身、朝鮮南部の済州島での誘拐作戦に従事し、200人の女性を誘拐した」と回想録に記した。2000年に死亡したこの著者がこの話をねつ造したことは、歴史学者や新聞の編集者たちもとっくに知るところとなっていた。しかしながら、同新聞はこれまで、そのことについて訂正してこなかった。安倍首相や日本の右翼は「慰安所は民間業者が経営していたもので,軍は慰安所に関与していなかった」と主張している。日本では婉曲に「慰安婦」と呼ばれる女性たちは、自由意志で売春をし、たくさん稼いでいたとも主張している。これが事実に反していることは、韓国側の資料や犠牲者の記録で明らかに証明されている。売春を強要された少女たちは、まだほんの子どもだった。にもかかわらず、安倍首相は朝日新聞が間違って引用した証言を訂正することによって、性奴隷の歴史そのものを世界から消すことができると期待しているようだ。韓国の女性に限らず、中国人、フィリピン人、インドネシア人などの20万人から30万人にも及ぶと見られる女性たちの性奴隷化が、あたかも朝日新聞の作り出した物語であるかのように、いまや多くの日本人が朝日新聞を非難している。朝日新聞の編集部は過去の記事の誤りを公式に訂正することによって報道機関としての自社の信頼性を取り戻そうとしたが、失敗に終わった。いま日本のほとんどすべてのメディアが朝日新聞をバッシングしている。朝日新聞はさらに原発事故の報道でも記事訂正を余儀なくされ、編集局長が辞任した。
朝日新聞の誤報問題をめぐる騒ぎには、日本の現在の政治状況が反映している。日本の野党は打ちのめされてしまった。21ヶ月前まで政権党だった民主党は、もはや雑音に過ぎなくなった。民主党はまず自滅し,次に安倍政権の意識的な攻撃の対象となった。自由民主党の政治家たちは福島の大悲劇の責任が当時の菅直人首相(民主党)にあるかのように非難し、日本国民の多数が彼らの主張を信じ、東電のだらしなさを何十年にもわたって見逃してきたのが安倍首相の属する自由民主党であることを忘れてしまったかのようである。野党を無力化した自由民主党は、今度はその矛先を朝日新聞に向けたのである。安倍首相はこれまでもメディアに対する政治的な干渉を続けてきた。日本でのもっとも重要な批判的新聞の信用を失わせたことによって、安倍首相は恥ずべき慰安婦問題に関する修正主義的な立場を、これまで以上に強めることができるようになるだろう。
スイスを代表するドイツ語の新聞「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」(Neue Zürcher Zeitung)も9月15日の紙面で「逆風にさらされる日本のリベラルな『旗艦紙』」のタイトルで、日本の異様な朝日新聞たたきを伝えた。