需要の5倍もの電力を生産する緑の村

永井 潤子 / 2012年8月12日

「原発がないと経済や産業が成りたっていかない」とか「自然エネルギーで電力需要をまかなうというのは非現実的」と信じている人が、日本ではいまだに多いようだ。しかし、ドイツにはさまざまな科学的知見と最高水準の技術を生かして複数の再生可能エネルギーを複合的に利用し、“エネルギー自治“に成功している市町村がすでにいくつもある。具体例として模範的な緑の村、南ドイツ・バイエルン州のヴィルトポルツリート(Wildpoldsried) 村を紹介する。


ヴィルトポルツリート村は風光明媚なアルゴイ地方にある人口2570人の小さな村だが、最近は世界各地からの見学者が絶えない。「エネルギー転換をすでに実現した村」として有名になったためで、1996年に最初にエネルギー転換を提唱したツェンゲルレ村長は、いま見学者の対応に追われている。

ヴィルトポルツリート村は、現在自分たちが使う何倍もの量の電力を生産しているという。もちろん自然エネルギー100%だ。こういう結果になったのは、理想主義的な政治家たちの先見の明と村人たちの積極的な行動力のおかげだという。実際の行動開始は1999年にさかのぼる。この年、村の住民を対象に「2020年の村のヴィジョン」に関するアンケート調査が実施され、その結果をまとめた行動目標が村議会にかけられた。村議会は保守のキリスト教社会同盟の議員も社会民主党の議員も、全会一致でこの革新的な「2020年の村のヴィジョン」を承認した。

以来、この行動目標に沿って意欲的なエネルギー改革のプロジェクトが実施された結果、今では村の200カ所に太陽光発電施設と140カ所に太陽熱施設が存在する。また、バイオマスを使った村の暖房施設は、17棟の公共の建物と25軒の民家の暖房をまかなっている。村の暖房施設が夏も稼働しているのは、村最大の工場のためである。この工場ではエコハウスのための建築材料となる土塀のプレートが生産されているが、このプレートを乾かすために夏場でも暖房が必要なのだ。

これに加えてこの小さな村には地熱発電施設が5カ所、木屑などによる発電施設が4カ所、小型水力発電施設が3カ所、農家が営むバイオガス施設が5カ所もある。さらに2000年には180人の村民が400万ユーロ(約4億円)を出資して5基の風力発電機を設置した。ヴィルトポルツリート村の全再生可能エネルギー施設が去年あげた利益は、総額400万ユーロを超えた。

村の住民110人は目下さらに風力発電機を2基設置しようとしている。この風力発電機が近く稼働すれば、村の需要の5倍もの電力が生産されることになるという。この2基の風力発電機だけで、村の40軒の酪農家の1350頭の乳牛が生み出す利益の80%にあたる利益を上げることができるという。

余剰電力は売らなければ利益をあげられないわけだが、ヴィルトポルツリート村は近くに強力なパートナーを持っている。バイエルン州でもっとも革新的だといわれる電力会社、ケンプテンにあるアルゴイ・ユーバーラントヴェルク(AÜW、アルゴイ地方電力会社という意味)で、この電力会社は2022年までに電力の70%を再生可能エネルギーにするという目標を立てている。村で生産された余剰電力はこのAÜW社の子会社、アルゴイ・ネッツの送電網に送られる仕組みだ。ヴィルトポルツリート村は、電力の消費者であると同時に生産者でもあるわけで、こうしたケースが増えているため、生産者という英語と消費者を表わす英語を組み合わせてプロシューマー(Prosumer、生産消費者) という言葉が、最近はドイツのマスメディアなどでも使われるようになった。

もっとも、旧来の電力会社のシステムは、安定した化石燃料などによる少数の大規模発電所からの電力供給を前提につくられており、各地の、気候条件によって変動の激しい再生可能エネルギーには本来適していないし、余剰電力の貯蓄に特に力が入れられているわけでもない。自然エネルギーによる発電がますます増えるなかで電力の安定供給を維持するためには、1日の需要のピーク時を調整し、需要量と供給量のバランスをとる必要があるが、それに答えるのは「賢い送電網」といわれるスマート・グリッドである。電気の需要と供給をコンピュータで管理し、必要なところへ必要なだけ送るシステムの出番となる。

こうしたスマート・グリッドをテストする場所として、各種の再生可能エネルギーによる発電が行なわれているヴィルトポルツリート村ほど適した場所はない。というわけで、目下、この村でAÜW, シーメンス、ケンプテン大学、アーヘン工科大学などが協力して再生可能エネルギーと電力の移送に関するテストが行なわれ、さまざまな気象条件での電力の生産量と需要量、電圧の変動などがチェックされている。村の住民30人の家には電気自動車が一時的に配置されたが、電気自動車は停止時には大きなバッテリーと同じように余剰電力を貯蔵する役割を果たす。

一方、ヴィルトポルツリート村の農家、マンフレート・ライヒャルト氏は、今では牛にえさをやったり、穀物を生産したりするのはやめて、農場の一角に雑草やトウモロコシ、家畜の糞尿などのバイオマス施設を建て、その運営にあたっている。バイオマスの発酵作用で得られるガスで電力を作り、それをAÜWの子会社の送電網に送っているが、発酵作用の後に残った滓が貴重な肥料になるという副産物もある。スマート・グリッドのテストに参加しているライヒャルト氏は、スマート・グリッドのおかげで、電力需要が少ないときに余剰ガスを施設の屋根裏に設けた貯蔵所で蓄えることができるようになった。同氏はテストのために配置された電気自動車が気に入っており、将来は自分で買おうかと思っているという。

将来の展望を別にしてもヴィルトポルツリート村はエネルギー転換をすでに成功させた村として高く評価され、ヨーロピアン・エナジー・アワードなど内外のさまざまな環境賞を獲得している。今年はじめにはローマの“Un bosco per Kyoto“ 賞(京都のための森林賞)を授賞した。この場合の京都は、1997年12月気候温暖化防止のために京都で開かれた「気候変動枠組み条約締結国会議」で採択された京都議定書から来ている。

ヴィルトポルツリート村では最初のアンケートから10年経った2009年にふたたびアンケート調査が行われ、改善の余地があるかどうかが村人に問われたが、答えは「改善の必要はなし、10年前のヴィジョンはほぼ実現された」というものだった。村の子供たちも早くから環境問題や自然エネルギーに関心を持つよう教育されている。幼稚園にも“環境週間“ というものがあり、環境問題に関する補修授業を受けた小学校低学年の生徒には、“エネルギー免許証“ が発行される。

写真:© ヴィルトポルツリート村(Gemeinde Wildpoldsried)

 

4 Responses to 需要の5倍もの電力を生産する緑の村

  1. みづき says:

    人口2570人の小さな村にこんなことが達成できるなんて、
    すごいですね。励まされます。
    「2020年の村のヴィジョン」を掲げてみんなで頑張ったという
    ところに驚きました。
    日本の自治体で、そこまで長い目で考えられる発想があるだろうか、
    中央政府も含めて、もっと行き当たりばったりで、政治を
    やってるのでは…と反省させられます。

    ところで、私は原発事故後から、たまに「上関町みらい通信」
    というウェブサイトを見るようになりました。
    山口県上関町に原発を誘致しようとしている人達がやっている
    ウェブサイトです。
    http://kaminoseki.jp

    「福島の事故をうけてもなお原発を誘致したい」という人達の心理が
    知りたくて読んでるんですが、今回の「緑の村」の記事を読んで、
    上関町のことを思い出しました。
    上関町は人口3200人程度らしいので、「緑の村」と似た規模ですね。

    「上関町みらい通信」の人達も、村の将来のことを考えて
    原発誘致を考えているのでしょうが「原発なんていう危険な物を
    抱え込まなくても、村を発展させるためにはもっと別の方法が
    あるよ」と言いたくなりました。

  2. サクラ says:

    記事およびレスポンスを大変興味深く、楽しく読みました。ドイツの緑の草原から大量に発生する刈り取った雑草の山はバイオマスに利用され、その滓が再び肥料になるという循環ですね。あの刈り取った雑草の山はどう利用されるのかと日頃眼にするたびに疑問に思っていました。賢いなあと感心します。緑が大好きな私は、日本の都市で空き地や草地はことごとく駐車場のコンクリートに覆われるのをいつも忌々しく思っています。一軒住宅のわずかな庭さえもコンクリートで覆って雑草の余地をなくし、隣家と密接して建つ新築住宅をみると、最近のそれはことごとく小さな窓であるのが特徴でした。 一世代使い捨てのようなミニ住宅が緑だった山を削ってどんどん建てられていく様子をこの夏目の当りにしました。 都市部はヒートアイランド現象でこの夏の最高気温は35,6度でしたが、同じ九州でも海と山に囲まれた大分県の田舎は北九州市よりるかに涼しかったのです。さて、北九州市は上関町に近いのですが、私も上関原発誘致に反対です。誘致すれば将来に禍根を残すことになるだろうと思います。上関がなくとも九州北部が原発に囲まれている状況は、海を隔てた韓国・中国をも含めてかなり憂慮すべき状況だと思います。

    • じゅん says:

      みづきさん、サクラさん、
      コメントをありがとうございました。フクシマ第1原発の悲惨な事故を経験したあとも、原発誘致の運動を続ける町が日本にまだあることに衝撃を受けています。美しい自然が失われてからでは遅いのです。ヴィルトポルツリート村のような例もあるのですから「町の将来を考え、ヴィジョンを持って別の道を歩んで欲しい」と上関町の人たちに言いたいですね。

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