環境によくても、懐にひびく鉄道旅行

池永 記代美 / 2023年8月22日

夏は休暇に出かける人も多く、ヨーロッパ中で人の移動がほかの季節より盛んになる。地中海やスイスのリゾート地を目指すにしろ、パリやローマの観光名所を訪ねるにしろ、目的地に行くには交通手段を選ばなければならない。環境のことを考えれば、二酸化炭素の排出量が少ない鉄道を利用した方が、飛行機に乗るより良いことぐらい誰にでもわかっているはずだ。しかし、今回行われたある調査で、鉄道を使った方が飛行機より高くつく場合が圧倒的に多く、なかなか飛行機の旅がやめられそうもないことがわかった。

この調査を行なったのは環境保護団体グリンピースのオーストリア支部だ。鉄道で繋がっていないキプロス、マルタ、アイルランドを除く24の欧州連合 (EU ) 加盟国に、英国、スイス、ノルウェーの3カ国を加えた27カ国を対象に、マドリッド=パリ、ミラノ=プラハ、ベルリン=ワルシャワのように、各国の首都や主要都市を結ぶ112の区間について、鉄道と飛行機のチケットの値段を比較した。いずれも、ドイツ鉄道が発行しているバーン・カードのような割り引きカードや、航空会社のポイント・カードは利用せず、片道のチケットを購入する場合の値段を調べた。

グリーンピースの調査結果はこれから多くの人が夏休みを迎える7月20日に発表された。

鉄道も飛行機も、早く購入すれば安いチケットが手に入る早割り引きサービスを導入している場合が多い上に、利用日の直前にはラスト・ミニッツのチケットが出回ることもある。そこでこの調査では、チケットの購入時期を3つに分けて、それぞれの時期の鉄道と飛行機のチケットの値段を比較した。1つ目は出発直前の出発日の2日前と4日前、そして7日前に購入したチケットの値段、2つ目は出発1ヶ月前 (プラス・マイナス2日) に購入したチケットの値段、3つ目は出発4ヶ月前 (プラス・マイナス4日) に購入したチケットの値段だ。ちなみにこの調査は、今年の4月25日から7月12日にかけて行われた。

さて、気になるその結果だが、調査した112区間のうち79区間 (約71%) で、チケットの購入時期に関わらず、いつでも飛行機の方が鉄道より安いことがわかった。その逆で、鉄道チケットの方が常に安いのは23区間 (約21%) しかなかった。しかもその中には、エストニアの首都タリンとその隣国ラトビアの首都リガの間のように、首都間なのにローカル列車しか走っておらず、その接続も悪いため、300kmほどしか離れていない距離に10時間もかかる場合があった。鉄道の方が安い23区間のうち16区間は、チューリヒ=ウィーン間や、ブリュッセル=ハンブルク間のように格安航空会社が就航しておらず、6区間はスロベニアの首都リュブリャナとプラハやミラノを結ぶ区間のように、飛行機の直行便がまったくない区間だった。

破格の安さの格安航空便ができたことで、誰でも気軽に飛行機を使った旅行ができるようになった。

調査した中で、飛行機と鉄道のチケットの値段の差が一番大きかったのがバルセロナ=ロンドン間だった。最も安い航空チケットはなんと12,99ユーロ (約2078円) なのに対し、鉄道のチケットはいつ購入しても300ユーロ (約4万8000円) 以上し、高い場合は384ユーロ (約6万1440円) もするため、飛行機の約30倍の値段となった。両都市は1500kmも離れているが鉄道の所要時間は11時間弱で、列車の旅が好きな人なら耐えられる長さかもしれないが、チケットの値段のことを考えれば、鉄道を選ぶ人はまずいないだろう。

同じように、鉄道の方が10倍以上高い区間は、ロンドンとスロバキアの首都ブラスチラバの間 (15.5倍)、マドリッド=ブリュッセル間 (15倍)、ブダペスト=ブリュッセル 間 (12.5倍)、ローマ=ウィーン間 (10.2倍) などがある。調査した112区間のすべての種類のチケットを平均すると、鉄道の旅は空の旅より50%高くつくこともわかった。その区間を移動するために利用しなければならない鉄道会社が多くなるほどチケットの総額が高くなることや、乗り換えの必要がなく運行に関わる会社が少ない夜行列車より、日中走る列車の方が高いことも調査で明らかになった。

今回の調査では、ドイツの都市を出発地もしくは目的地にする31の区間についても、分析が行われた。ドイツ鉄道には早割り引きサービスがあるため、約半分に近い15区間で、常に、もしくは購入時期によって鉄道チケットの方が安いことが分かった。ドイツは欧州の中央に位置し、各国の都市と良好な鉄道網で結ばれているので、もともと鉄道の旅に向いているのかもしれないが、その中でも最もおすすめの列車の旅は、ベルリン=プラハ間だという。毎日6本の直行列車が走っていて、エルベ川渓谷の景色を楽しみながら、4時間半ほどで到着する。4ヶ月前に買えば、チケットは29.9ユーロ (約4784円) しかしない。それに対して、飛行機の場合は直行便がないため、デュッセエルドルフかワルシャワで乗り換えが必要で、値段はほぼ100ユーロ高い129.99ユーロ (約2万798円)、所要時間も列車の旅より長くなる。環境への負荷で比較すると、一人の乗客が列車の旅で排出する二酸化炭素 (CO2) は10kg以下、それに対して飛行機を使うと30倍以上、300kg以上のCO2が発生するそうだ。

それに対して、鉄道の方が割合として最も高くなるのは、ケルンとマンチェスターの間で、チケットは飛行機の5倍から10倍するという。そのせいもあるだろう、2022年には7万1000人がこの区間の移動に飛行機を利用し、合計1万5000トンのCO2が排出された。グリーンピースの試算では、もし飛行機を利用した7万1000人全員が鉄道を利用していれば、CO2の排出量はその7分の1で済んだはずだという。

ドイツの「新幹線」とも言えるICEは、100%再生可能エネルギーによる電力で走っているという。©️Deutsche Bahn AG/Wolfgang Klee

グリーンピースはドイツの特徴として、ドイツの空港にはイタリア、スペイン、英国ほど格安航空会社が進出しておらず、ドイツの格安航空会社Eurowingsは、RyanairやeasyJetなど、他の格安航空会社ほど、極端に安いチケットを出していないことを挙げている。また、ドイツは欧州で、国内航空便に鉄道より高い付加価値税を課す数少ない国(航空19%、鉄道7%)で、そうした政策のため、他国より鉄道の競争力があるそうだ。

ドイツでは今年5月から、1ヶ月49ユーロでドイツ全国のローカル列車と公共交通機関乗り放題という定期が売り出されており、鉄道の利用客が増えているという。

環境により良い鉄道での移動を普及させるために、他の国もドイツのように鉄道に対する税制を優遇すべきだが、今回調査を行ったグリーンピースの交通問題担当者マリザ•ライゼラーさんは喫緊の課題として、航空業界などからの抵抗が多くまだ導入されていないケロシンへの課税を「1リットルにつき50セント行うべきだ」と、強く主張している。そうすれば航空チケットは高くなり、飛行機を使うことが魅力的でなくなる上に、462億ユーロ (約7兆3920億円) の税収が見込まれ、それを鉄道網の拡充に使うことができるというのだ。

今回の調査区間の中で最も飛行機代が安かったのは、ある格安航空会社が販売するブラスチラバとクロアチアの首都ザグレブ間のチケットで、9.99ユーロ (約1598円) だった。常識で考えて、それで利益が出るとは思えない。消費者である私たちは、環境のことだけでなく、格安航空会社の職員が、安価なチケットの皺寄せを受けていることも忘れてはならない。

関連記事:やめるべき飛行機旅行 (2019年8月11 日)

資料:グリーンピースの航空チケットvs 鉄道チケット料金比較調査

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