新政権樹立についてのドイツの新聞論調

永井 潤子 / 2021年12月12日

先週の水曜日、12月8 日は、ドイツにとって歴史的な日となった。この日、16年ぶりに社会民主党(SPD)の連邦首相が誕生し、ドイツ連邦共和国の歴史上初めてと言われる、3党連立による新政権が成立したのだ。それとともに16年間続いたメルケル政権が終わった。翌12月9日のドイツの新聞論調をお伝えすることにする。

「新首相のオーラフ・ショルツ氏を、ふさわしい連邦首相だと考えるか、そうでないかに関係なく、(きのう)12月8日はドイツにとって良い日だった」と書いているのは、南ドイツのアウグスブルクで発行されている新聞「アウグスブルガー・アルゲマイネ」だ。

激しい選挙戦の後、イライラさせられるドラマチックな(コロナ)危機の真っ只中にあって平和裡に、静かに政権交代が行われた。激情も、勝利の叫び声もなかった。それぞれ非常に異なる3政党が、共に新しいスタートを切るために、政治的な溝を克服して連立政権を樹立した。一方、敗北した側は、威厳を持ってその責任を新政権に引き渡した。そして連邦議会議員のほぼ全員が、政治の舞台を去るアンゲラ・メルケル氏の16年間の功績を讃えたのだ。

ゲスト席のメルケル前首相に対し、連邦議会議員のほぼ全員が、スタンディングオーべションで、その功績を讃えた。

「アウグスブルガー・アルゲマイネ」はこのように書いて、政権交代がスムーズに、そして和やかに行われた事を評価している。

南西ドイツのプフォルツハイムで発行されている新聞「ディー・プフォルツハイマー・ツァイトゥング」は、新首相の性格について触れながら、新政権の課題の緊急性を指摘する。

一般受けの効果を狙うというような傾向のない、そして自分自身を必要以上に重要視しない人物を連邦首相に持つことは、連立相手の緑の党と自由民主党(FDP)が騒ぎを起こしそうなことが予想されるなかで、ドイツにとって良いことには違いない。それでもなお、新たな信号連立政権に、最初の魅力が欠けているのは、新政権のせいではなく、コロナ・パンデミックのせいである。コロナの危機的状況が、他の全ての面を背後に押しやっている。樹立したばかりの新政権は、真っ先にコロナ危機のために速やかな行動を要求されているわけだが、他の問題、気候保護、デジタル化の推進、教育の促進、欧州連合(EU)内の対立、東西大国の対立、中国問題、これら全ての問題も、コロナ同様緊急の課題である。新政権にとってウオーミングアップしている時間はない。直ちに冷たい水の中に飛び込まなければならない。そこには大きなリスクが隠されている。しかし、そのことは、逆に政権に活気をもたらす可能性がある。

新連立政権を懐疑的に見ているのは、中部ドイツ、フランクフルトで発行されている全国新聞「フランクフルター・アルゲマイネ」だ。

SPDの連邦首相が16年ぶりに誕生した事は、政治的な奇跡と言えるだろう。半年前まではSPD党内でも誰も、この事を予想した人は、ほとんどいなかった。ショルツ氏はしかし、それまでなかったチャンスの到来を利用した。彼の自己確信の強さ、その忍耐力が報いられ、今やドイツ連邦共和国最高の政治権力を手にする事ができた。野党時代のSPDを率い、大連立時代の小さなパートナーとして“しもべ”役を果たしてきたこの人物に対し、かつては実現の可能性がないと見たために彼が連邦首相候補になるのを認めた党内の反対派でさえも、深々とお辞儀をしている。しかし、この奇跡の効果はいつまで保たれるだろうか?連立を組む3党の首脳部は、調和と新たな出発の気分に満ち溢れていると自画自賛しているが、ショルツ氏は、連邦議会での連邦首相選出の選挙にあたって、自陣営の少なくとも15人の議員の支持を得られなかった。新たにSPDの幹事長に選ばれたキューネルト氏は、支持を拒否した議員たちはSPDの議員ではないと主張しているが、証明することはできない。そして緑の党やFDPの議員の中にも、ショルツ氏を連邦首相にすることを拒否する人がいるということは、初日にして早くも、この連立3党がショルツ首相をどれだけ支持しているのかという疑問を持たざるを得ない。

東部ドイツ、ザクセン州のライプツィヒで発行されている新聞「ディー・ライプツィガー・ツァイトゥング」は次のように解説する。

ショルツ氏は「政治を説明する」と約束した。彼は最初の日にその事を始めるべきだった。政治を説明する事は、この、テンポの速い、そして憎悪と非難中傷、フェイクニュースに溢れた時代には、緊急に必要なことであり、信頼関係を築く基となるものである。今年同氏が主張してきたことが示すように、また2025年の選挙でも勝利を目指すと発言しているように、ショルツ氏には、自信と権力への意欲は欠けていない。しかし、彼に本当に指導力があるかどうかは、これから示さなければならない。特に3党の連立協定に書かれていないこと、つまり次の危機が訪れた時にその指導力が試される。その時、ショルツ氏は、メルケル氏と比較されるだろう。

メルケル前首相には花束が、ショルツ新首相には権力が渡された。連邦首相府での引き継ぎ。

南ドイツ、バイエルン州の州都、ミュンヘンで発行されている全国新聞「ジュートドイチェ・ツァイトウング(南ドイツ新聞)」は、新連立政権の目指す方向を評価する。

(立場の大きく異なる)3党が結んだ連立協定は、ごくわずかの合意点を示したものでもなければ、お粗末な妥協の産物でもない。その反対で、3党のうち2党がそれまで反対の意思表示をしてきた問題についても、はっきりした決定を下している。例えば、アウトバーンでのスピード制限(なし)、高額所得者への税率引き上げ(同じく、なし)、国の債務制限 (存続)の例が挙げられる。これらのことよりも、世界第4の経済大国に暮らす8000万人の人間が、将来カーボン・ニュートラルで暮らすためにこの国を改革するという、一つの大きな目標が示されている。ショルツ政権が目指すことは、必要なことである。しかし、その目標を実現するためには、市民一人々々の生活がドラマチックに変わる必要があることを意味する。こうした事は、これまでのどのドイツ連邦政府も行わなってこなかった。

このように書いた「ジュートドイッチェ・ツァイトゥング」は、「一層の進歩を目指そう(Mehr Fortschritt wagen)」というタイトルの連立協定は、旧西ドイツのブラント政権(SPD)が目指した「一層の民主主主義を目指そう( Mehr Demokratie wagen)」を踏襲するものであると見る。そして、こうした長期的な展望は、メルケル前政権が示してこなかった点であると評価する。さらに新たな信号連立政権が今後4年の間にその野心的な目標に向かって進む可能性は十分あるとも見ている。

ライバルの首相候補だったラシェット議員からも祝福を受けるショルツ新首相

首都ベルリンで発行されている新聞「デア・ターゲスシュピーゲル」も、新首相について好意的に書く。

オーラフ・ショルツ氏が、そもそもここまでの成功を収められた事は、小さな政治的奇跡と言っていいかも知れない。選挙戦での成功は、敵対陣営の弱さによるところが大きかった。しかしそれだけではない。敵対陣営の弱さを利用するためには自分自身が強くなければならないが、彼は強かった。彼は首相候補に最もふさわしいと思われたから、選ばれたのだ。ショルツ氏は、新しい出発を目指すと同時に、安定を象徴している。

今のドイツに必要なのは、まさにこの二つ、新しい出発と安定のミックスである。その意味ではショルツ氏に「彼個人のご成功を祈る」と言うことができるが、この国に暮らす人間のためにも、その成功を祈りたい。好むと好まざるとにかかわらず、彼はドイツ連邦共和国の連邦首相なのだ。従って(彼の行動は)私たちすべてに関わってくる。彼および私たちの成功にとって必要なのは、毅然とした態度、巧みな適応能力、そして調整能力などである。課題の大きさにはたじろぐかも知れないが、課題を解決するには勇気が必要である。

新連立政権の困難な状況について指摘しているのは、西南ドイツのマンハイムの新聞「デア・マンハイマー・モルゲン」だ。

ドイツ連邦共和国の4人目のSPDの連邦首相は、いずれにせよ、連邦政権の枠組みの中で、それほど特別の進歩的な役割を果たすことはできないと思われる。ショルツ新首相の約束は、安定ということである。彼は、年金制度の安定の問題は、例えば気候変動防止のための徹底的な行動よりも、政治的に重要な価値があると考えているに違いない。連邦政府の改革を担うのは、当面緑の党とFDPに任さざるを得ないのではないか。

ショルツ首相は「ドイツを改革して行く」としているが、コントロールのほとんど効かないパンデミックのコロナ対策が主要な課題となっている限り、その大きな構想を明らかに示すことすら、できないだろう。ショルツ首相とその新政権は、就任の初日から大きな困難にさらされており、その状況は、決して羨ましいと言えるものではない。

最後にもう一つ、東部ドイツの新聞論調を紹介する。「東部ドイツ出身のアンゲラ・メルケル前首相は、後継者に大きな建設現場を残した」と書いているのは、ドイツ東部、ブランデンブルク州のノイブランデンブルクで発行されている新聞「ノルトクリーア」だ。

キリスト教民主同盟(CDU)のメルケル首相は、かなり多くの東部ドイツの住民の間に連邦政権が自分たちの利益を代表していないという不満が高まっているのに対し、その対策を講じてこなかった。それに対し、新たな信号政権の連立協定には、東部ドイツの人たちに有利になる点がいくつか含まれている。例えば、(シュルツ氏が最優先課題とする)最低賃金を時給12ユーロに引き上げるという案や、これまで以上に多くの東部出身者を指導的なポストにつける、あるいは、電波の到達しない地域をなくすなどという事が連立協定には記されている。しかし、最低賃金というお金の問題が、全てではないのだ。東部ドイツの住民が、西部ドイツ人が頭で考え出した幻想劇に役立つように、自分達が引き立て役として利用されるという印象を持つ限り、東部ドイツの住民のフラストレーションは、執拗に残る事が予想される。

 

 

 

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