第62回ベルリン映画祭を振りかえる 1 - 今年の金熊賞は審査員の「面白い決定」?

永井 潤子 / 2012年2月23日

零下10度前後の寒さのなか、2月9日から開かれていた今年のベルリン映画祭は、いくらか寒さも和らいだ19日の日曜日、市民のための「映画デー」で11日間の華やかな幕を閉じた。世界3大映画祭の一つであるベルリン映画祭の特徴は、観客と監督や俳優など、制作関係者との間の対話が重要視されている点で、期間中市内各地の多くの会場で映画上映後観客と監督との間で熱心な質疑応答が行なわれるのが習わしとなっている。特に若い作家の実験的な作品を集めたフォーラム部門で、その傾向が強い。また、毎年痛感するのは、ベルリン映画祭当局が「タレント・キャンパス」などを通じて、世界中の若手映画制作者を育てる組織的、継続的な努力をしていることで、そうした活動を多額の助成金で支援するドイツ連邦政府の文化政策にも好感を抱く。世界中の映画関係者、愛好家が地元のベルリン市民とともに映画の醍醐味を味わうこの映画祭の雰囲気が私にはとても気に入っているのだが、ベルリン映画祭は社会性の強い作品、政治的なテーマの作品が集まることでも知られている。従って映画祭の期間中、世界中が抱える複雑な問題に集中的に目を向けることにもなるので、とても疲れる映画祭でもある。だが、毎年、この「映画の祭典」が終わった後、疲労困憊しながらも自分の世界が少し広がったような充足感を覚えるのも、また事実なのだ。

ベルリン映画祭は10以上のセクションに別れているが、もっとも注目されるのは、やはりコンペティション部門だ。金熊賞を射止めるのはどの作品か、各新聞は評論家やジャーナリスト、一般読者を集めて毎日星取り表をつくって金熊賞の予測をする。毎年、この予測通りには行かないのが普通だが、今年の金熊賞が2月18日に発表されると、専門家たちの間に波紋が広がった。金熊賞を射止めたのが、誰も予想していなかった映画、下馬評にも挙がらなかった古めかしい手法のイタリア映画「シーザー・マスト・ダイ」だったからで、彼らの最初の反応は「まさか?」とか「とんでもない!」といったものだった。この映画は警戒厳重なローマの刑務所に収容されている殺人犯を含む重罪犯人たちに、シェークスピアの古典的悲劇「ジュリアス・シーザー」を演じさせたもので、監督のタヴィアーニ兄弟は、この演劇プロジェクトの最初から、つまり役者選びから練習風景、舞台での公演の成功までの約6カ月のプロセスを撮影、1本の映画にまとめたのだった。セリフと言えばほとんどがシェークスピアの戯曲のセリフだけ。私は役者たち、つまり終身刑を含む服役者たちの面構えとか個性的な肉体に強い印象を受けたが、彼らが芝居を演じながら自分の犯した罪という現実をどう受け止めたかなどという深い意味は伝わってこなかった。ベルリンで発行されている日刊新聞「ベルリーナー・ツァイトゥング」は今年の審査員長を務めたイギリス人監督、マイク・リー氏が授賞式で、「面白い決定をした」と語って、「正しい決定」とか「説得力のある決定」をしたとは言わなかったことに注目していた。何十年も一緒に監督をつとめてきた80歳と82歳のタヴィアーニ兄弟に対するセンチメンタルな決定だと見る南ドイツ新聞や他に良い作品があるのに「過去の人」に最高の栄誉を与えたことを残念がる新聞もあった。

これに反して、多くの人がこれこそ金熊賞に価すると評価した作品は、ハンガリーのベンス・フリーガウフ監督(1974年生まれ)の「ジャスト・ザ・ウインド」だった。ハンガリーでのロマ族(ジプシーという言葉は差別用語として今は使われず、シンティ・ロマと総称される)に対する迫害をテーマにしたもので、実際にハンガリーでこの1年あまりの間に8人のロマ族が殺害されたという。そうした現実を背景にこの映画は、ある村でロマ族の一家が子どもを含めて全員殺害された事件を設定している。その事件の犯人については誰も語ろうとはせず、沈黙が支配するなか、別のロマ族の一家の恐怖心と不安は日を追って高まるばかり。父親は遠くカナダに出稼ぎに行き、妻と子ども、年老いた父親をいずれ迎えにくるつもりにしているが、うまく行かない。残酷な人種差別主義者に対する一家の恐怖心が見る者にも惻々と伝わってくる映画で、あるドイツ人女性評論家は「金熊賞はこの映画しかない。この映画以外の作品が金熊賞をとることになったら、それは正当な決定とは言い難い」と書いた。残念ながらこの女性が恐れた通りの結果になってしまったが、このハンガリー映画は金熊賞に次ぐ銀熊賞の審査員大賞を受賞した。

もうひとつ、多くの人が評価したのが、コンペ部門にノミネートされたドイツの3本の作品の一つ、クリスチアン・ペッツォルト監督(1960年生まれ)の映画「バルバラ」だったが、こちらは銀熊賞・監督賞を受賞した。旧東ドイツの1980年夏、女医のバルバラは西側への移住申請をしたため、首都ベルリンの病院からバルト海沿岸の小さな村の病院の小児科に左遷され、シュタージ(秘密警察の機能を持つ国家保安省)の監視を受ける身。西側の恋人の援助を受けて密かに逃亡のプランを練り、いよいよ逃亡決行の日が来た。しかし、バルト海の荒波を乗り越えて迎えにきたボートに乗せたのは、バルバラが特別に面倒を見ていた少女の患者で、彼女自身は村に残った。同僚であり上司であるアンドレーに惹かれるようになったためだった。タイトルロールのバルバラ役を演じたのは、2007年に同じペッツォルト監督の映画「イエラ」で主演女優賞を受賞したニナ・ホス、その相手役のアンドレーを演じたのは、ほとんど無名のロナルド・ツェーアフェルト。肉付きの良い大きな身体に、ほんわかした可愛らしい童顔が乗っているというこの俳優の魅力も、映画の質に貢献している。ドイツ人男優には珍しいキャラクターの発見は、今年の映画祭の収穫だという説もある。

みどりの1kWhの2人が評価したデンマークの歴史映画、ニコライ・アーセル監督(1972年生まれ)の「ア・ロイヤル・アフェアー」は、脚本賞と主役のミケル・ボー・フォースガードが主演男優賞受賞に輝いた。デンマーク人なら誰でも知っているという歴史的事実を映画化したものだそうだが、今年生誕300年を祝っているプロイセンの啓蒙君主、フリードリッヒ2世の治世と同じ頃、同じような改革に取り組んだデンマーク王が1770年代にいて、その改革の中心的役割を果たしたドイツ人侍医と王妃との恋やそのドイツ人医師、ヨハン・フリードリッヒ・シュトゥルーンゼが改革反対派の反撃を受けて処刑されたことなど、私はまったく知らなかった。王妃の子どもたちがさらに改革を進めたという。ヨーロッパの歴史に対する知識が少し深まったが、歴史映画としてもレベルの高いものだったように思う。

最優秀主演女優賞は、ヴェトナム系カナダ人、キム・ニュエン監督(1974年モントリオール生まれ)の「ウオー・ウィッチ」で主役を演じた、13歳の素人のアフリカ人少女、ラシェル・ムワンザに与えられた。アフリカの内戦で両親を殺され、反乱軍の兵士になることを強制された少女の運命という難しい役割を、自然体で演じていた。フランス語圏の映画関係者たちは、この映画を金熊賞に押す人が多かったと聞く。

もうひとつ、フランスとスイスの国籍を持つ女性監督、ウルズラ・マイアー監督(1971年生まれ)の「シスター」が特別表彰を受けたのも嬉しいことだった。スイスの美しい山岳風景を背景に上と下の世界の格差、つまり世界中からお金持ちが集まるリフトの上のスキー場を中心とする裕福な社会と下の貧しい暮らしをする人たちの対比がテーマだ。上のスキー客の物を盗んでは暮らしの足しにする少年が主人公だが、一緒に暮らすお姉さんが、実は少女時代に彼を産んだ母親であることも映画の後半で分る。先進国での社会問題を扱った映画で、少年役がすばらしい。

今年のコンペ部門受賞者は、ヨーロッパ勢が中心となったが、こういうことはベルリン映画祭としては珍しい現象だと言える。

 

 

One Response to 第62回ベルリン映画祭を振りかえる 1 - 今年の金熊賞は審査員の「面白い決定」?

  1. みづき says:

    私は世界の映画祭ごとの特徴を知らなかったので、
    「ベルリン映画祭が社会問題重視、観客との対話重視」だと
    知って、へえ〜と思いました。
    重い歴史を抱え、多様な文化の分岐点となったベルリンの街に
    とてもふさわしいですね。
    ドイツ人は、政治問題を熱く語るのが好きなので、
    その意味でもぴったりと言えます。

    2月の、一年で一番寒い時期になったのは、
    「寒くて暗い時期を映画祭でパーッと乗り切ろう」
    みたいな意図もあるんでしょうかね。

    私は「バルバラ」が特に面白そうだと思いました。
    ストーリー読んだだけで胸がいっぱいに…。
    でも、こんなふうに感じるのは、私がベルリンに
    住んでるからで、ほかの場所から来た人はほかの
    映画にもっと興味を持つのかもしれません。