アメリカの「パリ協定」離脱に対するドイツ・メディアの反応
アメリカのトランプ大統領は6月1日「地球温暖化防止のための国際的な枠組み協定『パリ協定』からアメリカは離脱する」と発表し、世界に衝撃を与えた。トランプ大統領のこの決定に対するドイツ・メディアの反応をまとめてみた。
トランプ大統領の離脱発表を前にドイツのメルケル首相が、ミュンヘンで次のように語ったことが大きく伝えられた。
ヨーロッパが他国を完全にあてにできた時代は終わりつつある。そのことを私はこの数日間に痛感した。ヨーロッパ諸国はこれまで以上に我々の未来のために闘っていかなければならない。我々ヨーロッパ人は、自分たちの運命を本当に自らの手で決めていかなければならない。
メルケル首相は、5月末にイタリアで開かれた主要7カ国首脳会議(G7サミット)とそれに先立ってブリュッセルで開かれた北大西洋条約機構(NATO)首脳会議などを振り返って、珍しくはっきりとこう発言したのだ。他国というのはどこか、名指しはしていないが、トランプ大統領のアメリカを指していることは明らかである。両首脳会議に初参加したトランプ大統領に、「西側共通の価値観」に根ざした国際協調への理解を求めたヨーロッパ側の説得が成功しなかった失望感をあらわにしたものと受け取られた。
「アメリカ・ファースト」を真正面に掲げるトランプ大統領が初参加した今回のG7サミットでの最大の難関は、地球温暖化対策だった。2015年12月にパリで開かれた第21回気候変動枠組条約締結国会議(COP21)で採択され、2016年11月に発効した「パリ協定」からの離脱をちらつかせるトランプ大統領に対して、フランスのマクロン大統領やドイツのメルケル首相らは説得に努めたが、全く功を奏さなかった。態度を保留したアメリカを除く6カ国、フランス、ドイツ、イタリア、イギリス、カナダ、それに日本の首脳も「パリ協定を迅速に実施する」ことで一致した。
トランプ大統領は帰国後の6月1日、ワシントンのホワイトハウスで「アメリカにとって非常にアンフェアなパリ協定から離脱する」と発表すると同時に、より公平な新たな協定について再交渉する可能性があるならば、応じる」と述べた。これに対し、フランス、ドイツ、イタリアは直ちに「再交渉はあり得ない」という共同声明を発表した。のちにドイツの報道週刊誌「デア・シュピーゲル」が伝えたところによると、日本の安倍首相はイギリスのメイ首相同様、この共同声明に名前を連ねることを拒否したということである。
フランスのマクロン大統領は YouTubeを使って英語でスピーチし、「トランプ大統領の決定はアメリカの国家と国民そして地球の未来にとって大きな間違いである」と批判した。協定の再交渉については「気候温暖化についてプランBはあり得ない。地球は一つしかなく、地球Bはないからである」と述べてトランプ大統領の要求を拒否した。マクロン大統領は「我々の地球を再び偉大なものにしよう」と訴え、アメリカの気候変動防止の研究者や運動家たちに対し、「フランスに来て、気候温暖化防止に共に闘おう」と呼びかけた。
ドイツのメルケル首相は、6月2日、ベルリンで記者会見し、「トランプ大統領のパリ協定からの離脱は、非常に残念である。これは私の気持ちを表すのに非常に控えめな表現である」と、ここでもいつになく、感情をあらわにした。「地球の未来を守るためには、パリ協定が必要である。何ものも我々を引き留めることはできない。母なる地球のために、ともに力を合わせて目標実現のために努力しよう」と人々に呼びかけた。ドイツは7月にハンブルクで開かれる主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)の議長国であるため、メルケル首相は気候温暖化防止の先頭に立つ形になる。
ドイツのヘンドリックス環境相(女性)は、「パリ協定」が締結の運びとなった時「長年の国際的な努力が実って歴史的な協定で合意が生まれた」と涙を流して喜んだことで知られるが、同環境相は今回ドイツのテレビで次のように語っていた。
「パリ協定」は完全に国際条約としての義務を伴うものである。正式な離脱通達は2019年11月以降初めて可能になる。それに1年間の離脱準備期間が加わって初めて離脱が実現する。それはアメリカの次期大統領選挙の頃とほぼ一致する。トランプ大統領の任期はせいぜい8年で、世界の温暖化防止協定はそれまで持ちこたえられるだろう。アメリカの離脱で国際的な温暖化防止の指導的役割に空白状態が生まれるが、その隙間を埋めるのはヨーロッパ、あるいは中国やカナダになるだろう。
トランプ大統領の離脱表明直後、2国間首脳会談のためベルリンを訪れ、メルケル首相と会談した中国の李首相は、会談後の共同記者会見で、「中国は協定を堅持する。国際社会とともに課題を克服し、低炭素で持続可能な経済成長を達成していく」と強調した。最大の温室効果ガス排出国の中国は、第2位のアメリカのオバマ前政権とともに、パリ協定の早期発効の流れを作ったが、アメリカの離脱で中国の存在感が増すのは確実だ。続いてベルリンを訪れた温室効果ガス排出国第3位のインドのモディ首相も、パリ協定を今後も全面的に履行する姿勢を明らかにしている。
ドイツの新聞ももちろん大きく取り上げたが、その見出しから記事の内容が推察できる。「全世界がトランプ大統領に反対」、一面トップにこういう見出しを掲げたのはベルリンの日刊新聞「デア・ターゲスシュピーゲル」で、サブタイトルは「パリ協定離脱の決定に対する反応は明白 ー アメリカ大統領の孤立」というものだった。同じくベルリンで発行されている日刊新聞「ベルリーナー・ツァイトゥング」は「アメリカでの気候変動に関する変化」と題する解説記事で、アメリカ国内でも共和党員を含む著名な政治家、カリフォルニア州をはじめとする州知事、企業家の多くが、トランプ大統領に背を向けている事実を示唆した。ミュンヘンで発行されている全国新聞「南ドイツ新聞」の見出しは「トランプに対する反乱」というもので、「アメリカ大統領の離脱決定以後、迷わずに地球温暖化防止の努力を今後も続けようという世界的な『同盟』が形作られつつある」というサブタイトルが付けられている。
フランクフルトで発行されている全国新聞「フランクフルター・アルゲマイネ」の見出しは「トランプの退位」 というもの。
パリ協定からの離脱を宣言したトランプ大統領は重大な過ちを犯し、アメリカの威信をドラマチックに傷つけた。国際的な協調や指導力よりも、大統領選の選挙公約「アメリカ・ファースト」の実現を重視する大統領は、アメリカを(パリ協定を締結していない)シリアとニカラグアと同等のアウトサイダーの地位に貶めた。国際的な責任を自ら放棄したトランプ大統領は、実質的にアメリカ大統領を「退位した」に等しい。希望が持てるのは、パリ協定からの離脱が実現するのが、2020年のアメリカ大統領選挙の後になることである。
トランプ大統領が国際的な役割を自ら放棄したことによって、自由社会で今後主導的な役割を果たすのは、アメリカではなく、マクロン大統領のフランスとメルケル首相のドイツを中心とするEUに移るのではないかと見る向きが多い。トランプ大統領の決定がもたらした唯一のポジティブな点は、EU内の結束が強化されることだという見方もある。EU加盟国の中でもナショナルな傾向が最も強いハンガリーのオルバン大統領まで、「トランプ大統領のパリ協定からの離脱にはショックを受けた」と語っていたのが、私には印象に残った。
ドイツの公共テレビの一つ、 「ドイツ第二テレビ(ZDF)」の世論調査「ポリット・バロメータ」の6月初めの調査によると、「ドイツとトランプ大統領のアメリカの関係は良好と言えるか?」という設問に「良好だ」と答えた人は29%に過ぎず、68%が「良くない」と答えていた。トランプ大統領就任前の2016年10月の調査では「良好だ」と答えた人が82%にのぼっていたから、ドイツ人の評価が急激に変化したことがわかる。また、「トランプ大統領のアメリカはヨーロッパの安全保障にとって信頼のおけるパートナーか?」という問いに対しても、今回「信頼がおける」と答えた人は25%に過ぎず、「信頼できない」と答えた人が69%にのぼった。一方、「トランプ大統領が初参加したNATO首脳会議とG7サミットの後、EU内部の結束が高まるか?」という設問では、89%が「イエス」と答えていた。
愚かな指導者を選んでしまうとどうなるのか、という反面教師的な出来事ですね。それにしても、こんなひどい判断をしてしまうとは。トランプは一期も全うできないのではないでしょうか。パリ協定からの離脱が実現するのが、2020年のアメリカ大統領選挙の後になるわけなので、現実に離脱とはならないのではと希望的観測を持ちます。
唯一のポジティブな点は、EU内の結束が強化されることだという見方もあるとのことですが、紹介していただいた、これらの詳細なヨーロッパのメディアの反応(ご苦労さまでした)をみると、ドイツ、フランスを初めとして、EU諸国が頼もしく思えました。