大海を見た蛙、井の中を探る

やま / 2017年7月2日

アムステルダム市ヤバ通り

アムステルダムに住む、マーニックス・ハークさん(29才)が、1年間自分の住むヤバ通りから一歩も外に出ないと決めたのは、去年の9月1日でした。「長さ600メートルの世界」という見出しで「南ドイツ新聞」に彼のプロジェクトが紹介されました。「週末にちょっと飛行機で旅行に出る」という世の中で、ハークさんの活動は全国紙に載るほどの新鮮さが感じられました。

ハークさんのこれまでの生活は、大都市に住む何百万人の若者の生活と少しも変わりませんでした。朝は、駅まで自転車で行き、約30分電車に揺られて、勤め先のオランダ・テレビ局に通い、夜、家に戻れば、洗濯物の片付け、そして、たまに飲みに行く時間が残るだけでした。隣り近所の付き合いは、挨拶を交わすぐらいで、どちらかと言えば上辺だけのつきあいでした。そのような生活を送っていた彼が今、通りの喫茶店のテラスに座り紅茶を飲んでいると、立ち止まり話しかけてくる人が絶えません。「どう、元気?」「ありがとう。元気です」。ヤバ通りの住民は今では、ほとんど彼の知り合いです。 「南ドイツ新聞(Süddeutsche Zeitung)」から

グローバル化が進むなか、周りの住民や環境の速い変化についていけない、隣り近所の付き合いがなく孤立してしまう、身の回りに生じる問題が多すぎて困惑してしまう等などと、西洋社会は泣き言を言っています。世界に飛び回らなくても、自分の目の前でこのような現象は事実生じているとハークさんは気がつきました。生活範囲を長さ600メートルのヤバ通りに集中することによって、今彼は「これからのまちづくりとは何か」と考えることができたようです。

「南ドイツ新聞」が記事を掲載してからまもなく、「ドイツ公共第2テレビ(ZDF)」が2分半ほどのオンラインニュースを放映しました。

「ヤバ通りには大勢の人が密集して住んでいます。私が気づいたこととは、ここには相互行為というものがなかったということです。もしここで私自身が心を開き近所の人たちに話しかけてみたら、何が起こるだろうかと興味がありました」。  「ZDF」のオンラインニュース番組から

去年の9月から1年間、ヤバ通りを去らないということは、いわば彼自身の反グロバール化プログラムと言えるでしょうか。プログラムの条件とは:この通りにあるもので一年間生活すること。家族の間で緊急事情や死亡例がある場合は、数日間ヤバ通りを出てもよい。ホームドクターはこの通りにいますが、専門医はいません。友達に合いたいときは、大抵はハークさんが家に招待します。毎年ある親族会には、今回はガールフレンドに代わりに行ってをもらいました。  「南ドイツ新聞」から

映画監督であり、技術者でもあるハークさんはウェブサイトを作り、1年間の体験を動画で紹介しています。ウェブサイトの名前「ヤッファ・ヤッファ」はこの通りにあるインビス(ドイツの軽食屋)の名前です。ここでケバブ用の肉をそぎ落とす作業を習ったこと、いままで気にも留めていなかった市の清掃人と道のゴミを集めたこと、レストランのウェイターとしての体験、そして彼が催した数多くのお祭りやイベントの様子など、今までにYouTubeで見られる動画の数は200近く上ります。オランダ語なので私には理解できませんが、動画を見ていると、彼が自由を愛する心の広い愉快なアムステルダム風の若者だという感じがしました。(ちなみに「南ドイツ新聞」に記事が載ったことを伝える動画では、ハークさんはドイツ語を使っていました)。そしてわずか「600メートルの世界」に暮らすハークさんはとても忙しい人であることがわかります。

「いつも同じ住民、店、日程で、時々は退屈ではありませんか?」
「その反対です。初めてここに住む人たちと触れ合うことができました。例えば、不治の病にかかっている女性が住んでいることや、飾りいっぱいの自転車に乗り、毎日大声で歌いながらヤバ通りを走っているのはワーヒッドさんであることなど、ここから数軒先で暮らしいて、今まで知らなかった人たちばかりです。もし、普通に大都市生活を送っていたら、これらの住民と知り合うことはまったくなかった思います」。彼が携帯で最近にかけた10件の電話番号をみると、全てがこの通りの住民の番号です。彼の話を聞いていると村の暮らしを思い出します。誰もがみんなを知っていて、話し合ったり、何よりも助け合うことです。このプロジェクトをとおして、都会人ハークさんが特に若者に言いたいのは、外にでなくても、“住み良い田舎”は今ここに在るということです。  「南ドイツ新聞」から

この1年間の生活費の一部はクラウドファンディングで集まったそうです。アムステルダム市は彼のプロジェクトが町づくり企画マネージャーに相当すると思ったのか、一時支援金を出してくれたそうです。ジェントリフィケーションなど、動画により彼が捉えた地域の変化はこれからの市の政策に役に立つことでしょう。

「休暇はどうしますか?」「友達、知り合いの大半は外国へ旅行に出ます」。彼は休暇をもちろんここで過ごします。3日間休みをとり、ある住民が留守にしているヤバ通りのアパートに移ります。多くの若者は生き甲斐とは何かを知るために、リュックサックを担ぎタイへ旅出ちます。ハークさんが彼らに呼びかけたいことは:「今住んでいるところに1年間居てみてください」。  「南ドイツ新聞」から

ハークさんの朝は、ヤバ通りが終わるところに座り、自転車通勤をする人たちに挨拶を送ることで始まります。アパートの壁にかかった大きな日程カレンダーは日に日に黒くなっていきます。ダルマの目に墨を入れるように、ハークさんは終わった日を黒く塗っていきます。今年の9月1日午後4時30分に彼のプロジェクトが終わります。最初に何をするかという質問に対し、「自転車用のアウトフィットに着替え、1階に置いてある自転車に乗り、海に向かいます。そして海に飛び込むのです」と彼は嬉しそうに答えていました。

関連リンク:
マーニックス・ハーク(Marnix Haak)さんのウェブサイト
http://www.jaffajaffa.nl/

「南ドイツ新聞(Süddeutsche Zeitung)」、ファビアン・ブッシュ(Fabian Busch)記者
http://www.sueddeutsche.de/leben/wohnprojekt-die-welt-auf-metern-1.3522690

ZDF、オンラインニュース
https://www.facebook.com/ZDFheute/videos/1628401050505470/

YouTubeに載ったハークさんの動画一覧
https://www.youtube.com/channel/UCBGh5MWWJFLwVkezSP0kNng

写真参照:
ヤバ通り、Google Maps から

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