欧州議会選挙 -ドイツで見えてきたこと

池永 記代美 / 2019年6月2日

5月23日から26日にかけて、欧州連合 (EU) の立法府である欧州議会の選挙が行われた。前回の選挙は5年前の2014年で、その後、大量の難民が欧州にやって来たり、イギリスがEU離脱を決めたりと、EUはいろいろな試練に立ち向かわねばならなかった。それに伴ってEUに懐疑的な人たちが増え、今回の選挙はEUの今後を大きく左右する「運命の選挙」とまで言われた。全体の選挙結果については日本のメディアも詳しく報道したので、ここではドイツでの結果を中心に報告したい。

イギリスのEU離脱がまだ実施されていないため、今回の選挙にはEUに加盟する28カ国が参加し、有権者の数は約4億人にのぼった。 時差があったり、投票所の閉まる時間が国により異なったりしたため(一番遅いイタリアは26日の23時)、EU全体の大まかな結果が出たのは26日の深夜だった。その時、ほっと安堵した人が多かったのではないだろうか。というのも、予想されていたほどEU懐疑派に当たる右派の欧州保守改革連盟 (EKR、Europäische Konservative und Reformer)、 反EUの「自由と直接民主主義の欧州」 (EFDD、 Europa der Freiheit und der direkten Demokratie)、極右の「国家と自由の欧州」 (ENF、Europa der Nationen und Freiheit) の票が伸びなかったからだ。

各会派の得票率 % (カッコ内は2014年の数字)
欧州人民党(中道右派) EVP 23.83 (29.43)
欧州社会進歩派(中道左派) S&D 20.37 (25.43)
欧州自由民主連盟(中道リベラル) ALDE 13.98 (8.92)
欧州緑グループ•欧州自由連盟 Grüne/EFA 9.19 (6.66)
欧州統一左派•北方緑の左派同盟 GUE/NGL 5.06 (6.92)
欧州保守改革連盟(右派) EKR 8.39 (9.32)
自由と直接民主主義の欧州(反EU) EFDD 7.19 (6.39)
国家と自由の欧州(極右) ENF 7.72 (-)
無会派 NI 1.07 (6.92)
その他 3.20 (-)

 

ベルリンの大通りに並ぶ選挙用立て看板

その一方で、これは予想通りだったのだが、今まで議会の中核をなしてきた中道右派の欧州人民党 (EVP、Europäische Volkspartei)と中道左派の欧州社会進歩派 (S&D、 Progressive Allianz der Sozialdemokraten im Europäischen Parlament) が大幅に勢力を失った。日本のメディアの中には「親EU派が過半数を割った」と伝えていたところがあったが、それは正しくない。なぜなら、中道リベラルの欧州自由民主連盟 (ALDE、Allianz der Liberalen und der Demokraten für Europa) や欧州緑グループ•欧州自由連盟緑(Grüne/EFA、Die Grünen/Europäische Freie Allianz) も、もちろん親EU派だからだ。なので、今回の選挙結果を一言で表現すれば、EKR、 EFDD、 ENFのEU懐疑派も躍進したが、その一方でALDEやGrüne/EFAも勢いを伸ばし、EU議会の会派の多様化が進んだということだ。これにより、欧州委員会の委員長などの人選や、今後の政策の決定が困難になることは確かだろう。ちなみに、EU懐疑派については、EUに対する不信感という共通点はあっても、難民への対応やロシアとの付き合い方などの点で意見は異なり、 一つの勢力になり得るのか疑問視する声もある。

EU全体の結果に見られた二大政党の衰退は、ドイツではもっと顕著に現れた。全国区の選挙で、キリスト教民主•社会同盟(CDU•CSU)と社会民主党( SPD)の二大国民政党合わせても過半数を取れなかったのは、戦後初めてのことだという。 ドイツ公共第二テレビZDFの調査によると、現在連立を組むこれらの政党の政権運営に対する不満、党首の不人気、EU政策への取り組みが不十分といった有権者の評価が、この結果を招いたようだ。とりわけ今回の選挙はSPDにとって、大変厳しい結果となった。全国区の選挙で第三党になったのは、戦後初めてで、15.8%という得票率は1887年以来最低の数字だという。同じ日に行われたブレーメン州の州議会選挙でも、SPDは1946年以来ずっと州首相を出してきたのに、CDUに敗北した。このような大敗を喫した理由をSPDは、得意としてきた労働政策や社会福祉政策で力を十分発揮できなかった上に、有権者の関心の高い環境政策でも連立を組むCDU•CSUにブレーキをかけられてきたことにあると分析している。党内左派からは、連立を解消すべきだという声も上がっている。求心力を失った党首兼議員団長のアンドレア•ナーレス氏は、9月に予定されていた議員団長の選挙を前倒しにして、6月4日に行うことを急遽決めた。体制の立て直しを図ってのことだが、もし彼女に反発する議員が多ければ、連立政権の行方にも影響を与えるかもしれない。

ドイツの政党の欧州議会での所属先は、キリスト教民主•社会同盟(CDU•CSU)が欧州人民党 (EVP)、社会民主党 (SPD)が欧州社会進歩派 (S&D)、緑の党が欧州緑グループ•欧州自由連盟 (Grüne/EFA)、自由民主党 (FDP) が欧州自由民主連盟 (ALDE)、左翼党が欧州統一左派•北方緑の左派同盟 (GUE/NGL)、ドイツのための選択肢 (AfD) が自由と直接民主主義の欧州 (EFDD)

 

5月24日に行われたFFFには緑の党のアナレーナ•ベアボック共同代表も参加した(横断幕を持つ右から3番目の女性)

EU全体では、二大政党から緑グループとEU懐疑派に票が流れたが、ドイツでは緑の党の一人勝ちとなった。気候変動など環境の問題こそ、ドイツだけで解決できる問題ではなく、EUで取り組まなければならない、しかし他の党に任せていたのでは遅々として何も進まない -と、環境問題解決の推進力になれるのは緑の党しかないと強力にアピールしたことが功を奏した。昨年末からドイツでも毎週金曜日に行われている生徒たちによる気候変動対策の強化を求めるデモ、Fridays for Future (FFF) も緑の党の後押しをした。 5月24 日の金曜日には、ドイツの200カ所以上の街でFFFのデモが行われ、合計32 万人が参加した。 デモに参加した若者たちの多くは選挙権を持たない生徒だったが、若い世代がいかに真剣に環境問題について考えているかというメッセージは、多くの人に伝わったはずだ。

しかし、ドイツで環境問題を重視するのは、若者だけではないことも今回の選挙で明らかになった。年齢別の投票行動をみると、18歳から24歳までの若者たち (34%) だけでなく、25歳から34歳まで (25%) や35歳から44歳まで (24%) の年齢層でも、緑の党の得票率が一番高かった。緑の党は45歳から59歳の層 (24%) になってやっとCDU/CSUの26%にトップの座を奪われたが、その差はわずか2ポイントだった。EU全体で見ても、緑の党グループの得票率は2014年の選挙では、7つある会派のうちの6番目でしかなかったが、今回の選挙では、8つある会派のうちの4番目の勢力となった。 今回の選挙では気候変動が重要なテーマになることが予想されると選挙前にこのサイトで紹介したが、それが証明されたことになる。

緑の党の躍進にどれだけ影響を与えたかは定かではないが、選挙の一週間ほど前にアップされたRezoという26歳のユーチューバーの動画が議論を招いた。それは「CDUの破壊」という題名の55 分もあるもので、彼はその中で主に環境破壊、他には貧富の差の拡大などについて、この36年の間にいかに状況が悪化したかを詳しく説明した。そして36年のうちの29年間、政権の主を担っていたのはCDUだとして、「選挙に行こう、でも、CDUに票を入れるな!」と呼びかけたのだ。Rezoの批判の矛先は、現在CDUと連立を組んでいるSPDや、温暖化の責任は人間にはないと主張する右翼ポピュリスト政党「ドイツのための選択肢(AfD) 」にも向けられた。選挙までにこの動画は1千万回近く再生され、CDUやSPDを慌てさせた。 CDUは自己弁護とも取れる11頁もある長い文書をPDFで発表したことで、かえってセンスのなさを暴露した。おまけに党首のアンネグレート•クランプ=カレンバウアー氏は選挙の翌日、この動画を念頭に、「これは世論操作に等しく、何らかのルール作りが必要だ」と、言論の自由を侵すとも取られかねない発言をし、大顰蹙を買った。この一件は、FFFの運動にも見られるように、若者世代と50歳代から60歳 代が中心の政治家たちとの間に、価値観や関心の違いがあるだけでなく、 コミュニケーションの方法にも大きな隔たりがあることを語っているように思える。

一人の青年が、大政党を窮地に追い込んだ?選挙後もクリックする人が後をたたない話題のRezoの動画「CDUの破壊」

今回の選挙では世代間の分断だけでなく、都市部と地方の分断も明らかになった。例えば、人口の多い都市の順位でトップのベルリンから9番目のライプツィッヒまで、全ての都市で緑の党が第一党になった。都市には大学があり、若者が多いこともあるため、当然の結果とも言える。しかし州レベルではCDUが強かったバーデン•ヴュルテンベルク州の州都シュトゥットガルトや、CSUが強かったバイエルン州の州都ミュンヘンだけでなく、旧東ドイツに位置するライプツィッヒでも緑の党が第一党になったことは特記すべきことだ。では、地方の結果はどうだったかというと、ここにはさらなる分断が見られた。つまり旧西ドイツ側ではCDUやCSUが、旧東ドイツ側ではAfDが強かったのだ。AfDは政府の難民政策を非難することで票を伸ばしてきたが、今は都市部との経済格差に不満を持つ人や既存政党に不信感を持つ人たちなど、従来は左翼党を支持していた人たちの票も取り込んでいる。AfDが第一党になったブランデンブルク州とザクセン州は今年の9月1日に、第二党になったチューリンゲン州では10月27日に州議会選挙が行われる。この3つの州のAfD支部代表は、同党の中でも極右に属する政治家たちだ。二大政党や左翼党が、票を取り戻すための有効な政策を、それまでに打ちだすことは可能だろうか。

このように、ドイツの抱える問題が改めて明らかになった今回の選挙だが、喜ばしいこともあった。それは投票率が前回の48.1%から61.4%に、大幅に上昇したことだ。数にすると前回より790万人ほど多くの人が投票したことになる。この傾向はEU全体にも当てはまり、 全体の投票率も42.61%から50.97%に上がった。今までは選挙に無関心だったがEU懐疑派のポピュリスト政党に魅力を感じて選挙に行った人もいれば、そうしたEU懐疑派に勝たせてはならないという危機感から投票所に向かった人たちもいたはずだ。さらに気候変動というテーマが、若い人たちを動員した。ドイツでは教会、組合、文化人、芸術家たちだけでなく、家具店のIKEAや大手スーパーマーケットらの小売業界、化学産業連盟など、ちょっと珍しい団体も投票を呼びかけるキャンペーンをはった。 それらの呼びかけが効果を上げたのかもしれないが、EUが動揺している今だからこそ、 EUを形成していくのは自分たちだという意識がEU市民に定着してきたこともその理由だろう。

参考:

2019年欧州議会選挙の結果

Rezoの「CDUの破壊」

 

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