“放射能に輝く”オリンピック
ジャック・ロゲ国際オリンピック委員会(IOC)会長が「TOKYO」と書いた紙を見せ、「トーキョー」と読み上げた瞬間、喜びに炸裂する日本の関係者と打ちひしがれるトルコの関係者の姿がテレビの画面に映し出された。「日本人がこんなに喜びの感情を表すことは珍しい」というコメントとともに、未明の東京で喜びの声を上げて踊る若者たちの姿がドイツのテレビにも映し出された。ネットで日本のニュースを見ると、2020年のオリンピック開催がもたらす希望や経済効果といった言葉が躍っている。しかし、ドイツのメディアに通奏低音として流れるのが、安倍首相が福島は安全だと言い切ったことへの不信感である。
9月7日、ブエノスアイレスからの映像が流れた後、ドイツ公共放送連盟(通称ドイツ第一テレビ、ARD)でもドイツ第二テレビ(ZDF)でも福島の原発、汚染水漏れを指摘する報道が続いた。以下、テレビと新聞からいくつかのニュースを抜粋してみた。
9月8日、ドイツ第一テレビは東京の特派員ウルリッヒ・メントゲン記者とのやり取りを生中継で伝えた。その中で同記者は、東京のコンセプトの素晴らしさ、プレゼンテーションの巧みさが決定の大きな原因だったと分析した。「福島が東京開催にとって批判的な点となったが、日本は廃墟となった原子力発電所を最終的にどのようにコントロール下におこうとしているのか」という番組司会者の質問に対して、メントゲン記者は「日本政府はIOC総会開催の直前に外国に向けたデモンストレーションとして、福島に4億ユーロ(470億円)の投入を決定した。しかし、このお金はあくまで汚染水対策のためであり、破壊された福島第一の施設全体をどうするかについては全く考えられていない。安倍首相が2020年までに原発は完全にコントロールできると言ったが、これは大胆な主張である。首相がどのように問題を解決しようとしているのか注目したい」と答えた。
第二テレビでは、東京開催を決定したIOC総会の会場でのトーマス・バッハ氏(後日、ロゲ氏の後任としてドイツ人で初めてIOC会長に就任が決定)とのインタビューを伝えた。「世界が不安定な状況にある中で、IOCは伝統的で、安全であろうと思われる開催地を選択した」というバッハ氏のコメント。そして、「福島の状況はコントロールできている」とIOC総会で語る安倍首相を映し出す。それに続いて福島原発の映像を背景に、日本からヨハネス・ハーノ記者が「今、この瞬間から世界が福島に目を注ぐことになるだろう。なぜなら福島の状況はコントロールされているという状況からは程遠いからである」と語っている。
オンラインで読める新聞記事をいくつか見てみよう。まず南ドイツ新聞だが、同紙は「放射能を出すオリンピックを最優先」という衝撃的な見出しをつけた。ブエノスアイレスから発信されたペーター・ブルクハート記者の記事は、「地震、津波、原発事故後、福島からは次々と恐ろしいニュースが流れてくる。IOC委員会では福島に対する不安が表明されたが、『安倍首相は、東京は世界で最も安全な都市の一つ。すべて制御可能であり、福島は東京には決して影響を及ぼさなかった』と微笑みながら力説した。IOCの委員たちは気にも留めていないようだが、まさに今から放射能を出すオリンピックが話題になっていくだろう」と述べている。
9月9日付のベルリンのターゲスシュピーゲル紙は「福島にもかかわらず2020年のオリンピックは東京で開催」と題する記事で、ほぼ1ページ全面を使ってなぜ東京が選ばれたかを分析している。福島の原発事故についても述べている。「7月中旬、東京から200キロメートル余り北にある福島で毎日約300トンの汚染水が漏れているという事実が表面化するまで、東京は世界が不安定な時代にあって安全なオリンピック開催地とされていた。東電は、参議院選挙の結果を待って初めて、ずっと以前からわかっていた危険を明らかにしたため、竹田東京招致委員長、安倍首相、猪瀬東京都知事に対する不信の声が上がった。『東京の放射線量はロンドン、パリ、ニューヨークやその他の大都市に比べて高いことはない』と竹田委員長は述べた。45分間の最後のプレゼンテーションで安倍首相は『私は状況を絶対に安全にするための対策に責任を負う』と語り、首相自身の名誉をかけてしまったのだ」とフェリックス・リル記者は書いている。さらに東京がいかに閉鎖的な都市かという点にも触れているが、これはほかのドイツの新聞記事には見られない視点である。そこでは「移民に対する障壁は高い。日本国籍を持たない人口は約2%に過ぎない。避難民を受け入れることもほとんどない。2010年には1202人が庇護を申請したが、受け入れられたのは39人。2011年には1867人のうちわずか21人しか庇護申請の認可を受けていない。世論調査では、外国人が増えることに反対する人が過半数を占めている。しかし、少なくとも1ヶ月間だけ世界の人々を歓迎するというアイディアには賛成できるようだ。2012年には東京オリンピック反対が過半数であったが、今年の春には賛成が72%、先週には92%にまでなった」と書かれている。このターゲスシュピーゲルの記事は、週刊紙ツァイトのオンライン版にも掲載されている。
オリンピックが決定してから約1週間を経た9月15日、ターゲスシュピーゲルは東京での開催が日本再生のシンボルとなるかという記事を掲載した。フェリックス・リル記者は、「竹田恒和招致委員長は2020年のオリンピック大会を日本再生のシンボルとしたいと述べたが、いったい何を再生するのか。人生がすっかり狂わされてしまった福島やその近隣に住む人々にとって、何かが変わりそうな気配はない。除染作業はいたるところで行き詰まっている。地震と津波がもたらした瓦礫はほとんど処理されたとはいっても、再生とは程遠い。さらに福島では核の惨事の全容すらいまだに解明されていない」と書いている。
最後にフランクフルター・アルゲマイネ紙の記事を紹介しておこう。ドイツ語の “Teuer Sand in den Augen der Sportfunktionäre” という見出しは実に翻訳しづらい。敢えて意訳すると「目をくらまされたIOC役員たち」とでもなるのだろうか。同紙のスポーツ部門副部長であるエヴィ・ジメオーニ氏の記事は、IOC役員に対する手厳しい批判で始まる。「役員たちが少しでもネットを見るか、新聞を手に取りさえすれば、毎日大量の汚染水が漏れている福島が不穏な状態にあることはわかるはずだ。彼らは2020年のオリンピック開催地を決定するという責任ある任務を持っているのだ」という文章だ。「東京の線量はロンドン、パリ、ニューヨークと同じだと安倍首相は言うが、これらの都市と東京との違いは、車で3時間の場所に何が起きるかわからない福島があるという事実だ。首相はプレゼンテーションで状況はコントロールされていると大胆に主張したが、この主張についてIOC役員は説得されるのではなく、憤らなければならなかったはずだ。要するに役員たちは、非常に単純な人たちだと思われることになってしまった。残念ながらそれは正しい」と続く。「スポーツの祭典が2020年に原発事故地の近くで開催されることに対して、IOCの関係者でないものが騒ぐのは不遜に思われるかもしれない。2011年3月の地震と津波以降、日々危険と隣り合わせの中で、驚嘆すべき平静さで運命を背負って生きていかなければならないのは日本の人々なのだ。しかし、安倍晋三首相を先頭にした日本の招致団が、自国の困難な状況によってIOCから同情を得ようとしたのは、もっと不遜に思える。日本の関係者たちは、IOCの決定が日本にとっていかに良かったかを示す印として、聖火を福島に持って来ようとさえしている。オリンピックがもたらす希望と夢への感謝というのだ。まるで競技場で汗を流す世界中のスポーツ競技者1万500人が、東京の少し北にある福島の状況を改善するとでも言わんばかりに。・・・(中略)IOCの委員たちは、オリンピックが実際に開催される7年後には世界はすっかり変わっていると言いたがっている。彼らは、放射性物質の半減期についても何も聞いたことがないのだろう」という文で記事は終わっている。
これらの報道を見ていると、2020年にオリンピックを開催する日本が世界に対していかに大きな責任を負ったかという重みが迫ってくる。